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名古屋市大学教授事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
名古屋市大学教授事件
事件番号
名古屋地裁 − 平成12年(ワ)第630号
当事者
原告(反訴被告)個人1名

被告(反訴原告)個人1名(A)

被告N市
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2003年01月29日
判決決定区分
一部認容、一部棄却
事件の概要
 原告(反訴被告)は、旅行代理店勤務時代に、被告A(反訴原告)のシベリア旅行の手配をしたことから知り合い、平成10年7月のシベリア調査旅行に通訳として加わった。その後原告は帰国した際被告の研究室でアルバイトをし、モスクワに戻ってから被告Aと手紙やカードのやりとりをしており、平成11年3月に被告がモスクワを訪れた際に、被告Aと観劇等をした。

 平成11年6月、被告A、訴外女性らがモスクワで調査を行い、ホテルの被告の部屋で原告を交えて食事や打ち合わせを行った。その後訴外女性は先に帰国したため、被告Aと原告のみがホテルに宿泊することになり、被告Aは原告を自室に誘い、ドアを開けたまま、あらかじめ入手していた性的不能治療薬バイアグラを服用している旨を原告に告げ、間接的に自分の性的意図を明らかにする趣旨の発言を行った。その後、被告Aはドアを施錠しようとして原告に気づかれて失敗したが、会話が進む中で、次第にあからさまに性的な話題を持ち出し、原告に対する性的意図ないし恋愛感情を示し、原告が結婚するまでの一時的な性的関係を希望するかのような言葉を繰り返した。憤慨した原告は自室に戻り、翌日以降予定の日程に従い調査旅行を続けた後にモスクワに戻ったが、道中、被告Aは悪意はなかったと原告に謝罪し、帰国して自分の秘書として働いて欲しいと頼んだところ、原告は結論を留保した。

 その後原告は、この出来事をセクハラとして問題にすべきか否かを確認するため、一連の経緯をまとめた文書を友人・知人に送付し、被告Aの秘書として雇用されるための履歴書の提出の前に、大学にこの文書を提出した。また、同時期に女性少年室にも相談を行った。

 大学は、被告Aの行為がセクハラとの認識を持つ一方、原告の求めるものが不明であったため、文書を送付して、セクハラへの一般的な対応の仕方を説明し、学内カウンセラーへの相談の配慮等の提案をした。

 原告はこれを受けて、7月28日付けの文書で、セクハラ委員会で審議して、被告Aに厳重な処分をするよう切望する旨の意向を示したが、夏季休暇中で委員会の日程調整に手間取ったため、不満を募らせた原告は、市の人事課あてに文書を送付し、被告Aによる本件セクハラ又はストーカー的手段を含んだ計画的犯行だとして、厳重な処分を要求し、更に本件セクハラ行為は監禁未遂、強姦未遂だと訴えた。

 9月以降、大学では調査を行ったところ、結論が出る前に、原告は大学の手続きには解決の遅延や委員会の人員構成の不公正等の不適正な点があると主張して、年内の処分決定、解決遅延の責任と監督責任を怠った慰謝料200万円の要求を行ったが、大学はこれを拒否し、12月20日被告Aの行為はセクハラに該当するとして、戒告処分とした。

 原告は、本件セクハラにより精神的損害を被り、研究室で就労する機会を失って経済的損害も被ったほか、被告市が迅速適切な対応をしなかったため、一層大きな精神的損害を被ったとして、被告Aに対しては民法第709条により、被告市に対しては使用者責任として、主位的に民法第709条、予備的に国家賠償法第1条により、更に、被告市独自の責任として、セクハラの予防義務、相談苦情対応機関の設置義務、迅速に解決すべき義務及び説明義務、守秘義務違反を主張して、損害賠償400万円、弁護士費用50万円を請求した。
 一方、被告Aは、原告による文書配布等の一連の行為により、被告Aが実際にセクハラ行為を行ったかのような報道がなされたが、この名誉毀損による精神的苦痛を慰謝するための慰謝料として、100万円の支払いを求めた。
主文
1 被告市は原告に対し、120万円及び、うち100万円に対する平成11年12月7日から、うち20万円に対する平成12年2月28日から、各支払い済みまでの年5分の割合による金員を支払え。

2 原告の被告市に対するその余の請求及び被告Aに対する請求を棄却する。

3 被告Aの請求を棄却する。

4 訴訟費用は、本訴反訴を通じて、原告に生じた費用の3分の1を被告Aの,被告市に生じた費用の2分の1を原告の負担とし、その余を各自の負担とする。
5 この判決第1項は、仮に執行することができる。
判決要旨
 被告Aは、旅先のホテルで独身女性と二人きりになった状況を利用して、原告に対し恋愛感情をほのめかしたり、性的関係を望むかのような発言をするなどセクハラを行ったと認めるのが相当であるが、あらかじめバイアグラを飲んでいたこと、ドアを施錠しようとしたことは、少なくとも本件原告を自室に誘った夕食の時点から計画的に行おうとしていたことが認められる。そしてセクハラの目的をもって原告を自室に誘うに当たり、Aは、自分が本件調査旅行の代表者として参加者の行動に事実上影響を与える地位にあり、他方原告は被告Aの意向に従って行動せざるを得ない立場にあることから、このような行為に及んだと認められる。

 原告は、本件セクハラ行為が強姦未遂と主張するが、被告Aが施錠に失敗した以外に被告に暴行等しようとした形跡はなく、年齢差(被告A64歳、原告33歳)からみても強姦等の行為に出ようとしていたかは疑問がある。原告は本件セクハラ行為によって、PTSD被害を被ったと主張するが、診断書もなく診断やカウンセリングを受けた形跡も認められず、その後の活動等をみても旅行中の調査活動は予定通りこなし、通訳のアルバイトなどにも支障があった様子がないし、多数の友人・知人に極めて積極的に相談を持ちかけるなど、抑うつ的な傾向はほとんど認められず、他の精神的症状についても認められない。

 被告Aの本件出張は、学長の命令に基づくものであり、かつ被告市の海外派遣基準に該当するから、本件調査旅行は教育公務員特例法第20条の職務研修に当たるというのが相当であるところ、教員のこのような職務研修上予定された調査活動等は、国家賠償法第1条第1項所定の公権力の行使に当たるというのが相当である。したがって、被告Aが職務を行うにつきなした違法有責な行為について、被告市は国家賠償法第1条第1項に基づき、原告に生じた損害を賠償する責任がある。また、本件は国家賠償法が適用される場合であるから、民法第715条の適用は排斥される。

 本件セクハラ行為当時、原告と被告Aとの間で秘書就任に関する勧誘が継続しており、未決定の状態にあったから、本件セクハラ行為によって、原告は一種の期待権を侵害されたといえなくもないことや、その他の一切の事情を考慮すれば、原告の精神的苦痛に対する慰謝料は100万円が相当であり、弁護士費用のうち20万円が本件セクハラ行為と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

 男女雇用機会均等法第21条は、セクハラの対象を雇用する女性労働者に限定しており、人事院規則10−10は、国家公務員を対象とする規定であり、被告市セクハラ防止要綱は被告市の雇用する職員の雇用環境の確保と、職員の利益の保護及び職員の能力発揮を目的としているものであって、職員以外の保護を目的としているものではないから、いずれも本件セクハラ行為に適用になるものではない。

 原告は、被告市のセクハラ予防義務を主張するが、被告市が本件セクハラを予見できる証拠はなく、苦情処理機関の設置や迅速適切な説明義務についても、原告主張のような法的義務を負うものではないから、その違反が独立して損害賠償責任の根拠になるということは困難である。

 本件は、国家賠償法が適用される場合であるから、被告市のほかに被告Aが個人責任を負うものではなく、同被告に対する民法第709条の主張は失当である。
 本件は、主要部分については原告主張のセクハラ行為が認められ、原告による本件文書送付等は、大學等に本件セクハラ行為による被害を申告し、行政上の処分を要請するなどの正当な目的に基づいて行われたと認めることができるから、原告のこれらの行為が被告Aに対する事実無根の誹謗中傷ということはできず、違法に同被告の名誉を侵害する場合には当たらない。
適用法規・条文
04:国家賠償法1条
収録文献(出典)
労働判例860号64頁
その他特記事項