判例データベース
国立K大学教授名誉毀損事件
- 事件の分類
- セクシュアル・ハラスメント
- 事件名
- 国立K大学教授名誉毀損事件
- 事件番号
- 京都地裁 − 平成6年(ワ)第2996号
- 当事者
- 原告個人1名(男性)
被告個人1名(女性) - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1997年03月27日
- 判決決定区分
- 棄却(控訴)
- 事件の概要
- 原告は、昭和47年にK大学東南アジア研究センター(以下「センター」という。)助教授となり、教授を経て、平成2年4月からセンター所長を務めた男性であり、被告はK大学の女性教授である。
被告は、平成6年1月25日付けのK新聞に手記を記載したほか、同年2月の「大学でのセクシャルハラスメントと性差別を考えるシンポジウム」において、「セクハラは小事か」と題する文書を配布した。この手記の内容は、原告による3件の比較的軽微なセクハラの事実のほか、1人の女性に対するレイプに始まるすさまじいまでのセクハラが行われたというものであった。
被告は、センター勤務環境調査改善委員会で調査した結果、原告は、平成5年1月に秘書に応募したAに対し、「時には添い寝することも秘書の仕事」という趣旨の発言をし、Aが驚いて採用を断ったところ、センターに勤務していたAの姉や同僚を辞めさせる旨告げる等の脅迫をした。また、同年4月出張先のホテルの部屋で、秘書Bに抱きつき、着衣を脱がそうとし、秘書Cに対しても同様の行為をし、ホテルのエレベーター内で非常勤職員Dに抱きついた。これらの行為によって原告の私設秘書全員が辞職願を提出した。
また、昭和57年、原告はEと何度目かの食事の後、飲酒後ホテルの部屋に誘い、突然Eの手を握り、Eがこれを振り払うと、「何で振り払った」と怒鳴り、Eを平手で数回殴り、殴打と罵倒を繰り返した後、Eを抱きしめ、キスをし、隣に座らせた後、自ら着衣を脱いだ上、Eに対し「君も裸にならないと対等ではない。」と言ってEに着衣を脱ぐことを求めた。Eは躊躇したが殴られることを避けるため着衣を脱いだところ、原告はEが下半身に何もつけない状態になるや否や、Eの上にのしかかり、性交渉を2度持つに及んだ。その後Eは原告の勧めに従い、事務補佐員としてセンターに勤務し、原告との性的関係は婚姻した後も続いたが、昭和63年3月退職して両者の性的関係は終了した。Eは、平成5年12月に、自分が調査に応じたのにセンターが全く原告を処分する様子がなかったため、匿名で弁護士会人権擁護委員会に対し、人権救済の申立てをした。
一方原告は、平成5年8月に、混乱を生じさせたことについて遺憾の意を表明し、センター所長を辞任し、更にEが人権救済申立てをした直後の同年12月、教授職も辞任し、出家をした。原告は、被告の手記や配布文書の内容は伝聞に基づいて作成されたものであって真実でなく、原告の名誉を毀損する箇所があり、これにより原告の社会的評価は失墜し、精神的苦痛を被ったとして、被告に対し不法行為に基づく損害賠償としての慰謝料1000万円を請求した。 - 主文
- 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 - 判決要旨
- Eが、昭和57年にホテルの1室において性的関係を原告に強要されたことは、原告に性交渉と直接関連する暴行、脅迫をしたことが認められ、原告の威圧の下に行われたものであるから、「レイプ」というべきものである。更に同年4月から昭和63年3月まで原告から強要され続けた性的関係は、原告がセンターの実質的な人事権を有していた教授であり、一方Eはセンターで研究を行いたいという希望を持つ学生ないし非常勤職員であり、原告に逆らえば、解雇、推薦妨害、学会追放等の不利益を受け、自らの研究者としての将来を閉ざしかねない構図の中で、暴力的行為を伴いつつ、形成、維持されたものであったといわざるを得ず、それゆえ、セクシャル・ハラスメントに該当するというべきである。
原告は、Eと性的関係を継続していた当時、Eは原告宅を幾度も訪れ、原告の妻とも会い、プレゼントを受けたこともあること、ホテルで逃げ去ることもせず、着衣を自ら脱ぎ、2度の性交渉を拒むことなく、その後も6年間にわたり原告と性的関係を続けたこと、Eの夫に明かしたとする昭和63年から5年間何の措置もとらなかったことを挙げ、原告との性的関係がEの意思に反していたとはいえない旨主張する。しかし、強姦の被害者が意に反した性交渉をもった惨めさ、恥ずかしさ、そして自らの非を逆に責められることを恐れ、告発しないことも決して少なくないのが実情であって、自分で悩み、誰にも相談できないなかで葛藤する症例(いわゆるレイプ・トラウマ・シンドローム等)もつとに指摘されるところであるから、原告と性交渉を持った直後あるいは原告の研究室を退職した直後にEが原告を告発しなかったことをもって原告との性的関係がその意に反したものではなかったということはできない。してみると、本件手記の事実記載部分のうち、改善委員会を設置して原告のセクハラの調査を行った過程で、1人の女性の、レイプに始まるすさまじいまでのセクハラの証言が浮かび上がった等という部分については真実であるとの証明がなされたというべきである。
被告は、K新聞に原告を擁護する趣旨の小論が掲載されたことからその反論をする必要があると考え、手記を公表したわけであるが、これに対して、原告の事件は根深い政治的背景を窺わせるものであるのに、セクハラ問題に矮小化されており、原告の家族の人権も侵害されている旨、本件手記を批判する小論がK新聞に掲載されたことから、被告はセクハラは矮小な問題ではないこと、原告の家族の人権侵害をいうのは問題のすりかえであること、本件手記は伝聞ではなく相当の根拠に基づいたものであることを主張するため、公開シンポジウムの席で文書を配布した事実が認められる。被告の本件手記の基となったものは、Eの人権申立て書の写し、公刊物、調査に当たった助手の説明であるが、同助手の説明は認定事実とほぼ符合する具体的な内容のものであり、信用性は高いといえる。本件手記の事実記載部分は真実ないし真実と認めるに足りる相当な理由がある上、その論評としても通常人ならば持ち得るであろう合理的な論評の範囲を出るところはないと認められる。
事実記載部分については、内容が公共の利害に関する事実であり、かつそれが真実であって、専ら公益を図る目的で公表したことが認められるときは、その事実記載部分の公表は違法性を帯びないというべきである。また、記載内容が真実であると証明できなくても、真実であると信ずるに足りる相当の理由があると認められるときは、その事実記載部分を公表して名誉を毀損したことの責任を問われないというべきである。論評部分については、その前提事実が真実ないし真実と信ずるに足りる相当の理由がある場合は、その事実を前提として通常人が持ちうる評価ないし意見として合理的な範囲にあるものと認められるときは、相当な評論として、その論評の公表は違法性を帯びないというべきである。
そうすると、被告が本件手記及び同文書を公表した行為は、その各事実記載部分については真実もしくは真実であると信ずるに足りる相当な理由があり、その各評論部分については通常人が持ち得る合理的な論評の範囲を超えるところがない相当なものであるから、結局、原告の名誉を違法に毀損したことの責任を負うものではないというのが相当である。 - 適用法規・条文
- なし
- 収録文献(出典)
- 判例時報1634号110頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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