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大阪歯材販売会社事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
大阪歯材販売会社事件
事件番号
大阪地裁 − 平成9年(ワ)第13269号
当事者
原告個人1名

被告歯材販売会社
業種
卸売・小売業・飲食店
判決・決定
判決
判決決定年月日
1998年10月30日
判決決定区分
一部認容・一部棄却
事件の概要
 原告は、平成7年10月2日、英語の翻訳及び貿易の担当として、月額25万円の約束で被告に雇用された女性である。

 原告は、平成7年10月23日から28日まで、被告代表者A(男性)と2人で香港に出張した際、ホテルにおいて、Aはセフティーボックスの使い方がわからないと言っては原告を呼び寄せ、原告の面前でズボンを下げ、キャッシュベルトの中から金やパスポートを出した。また、Aは原告と上海に滞在中の同年12月頃、ホテルの部屋で原告と2人になった際、「X社の社長が中国人の女性を事務員として雇用している。その女性は社長の女と違うか。」等と言いながらベッドに横になり、ベッドの半分空いているところを手で叩き、原告に対し、ここに横になれという仕草をした。更にAは、上海において顧客を招待した席で、原告に対し、「○さん、昨晩あなたはどうやって私の部屋に入ってきましたか。」と周りに聞こえるような声で言い、原告を困惑させた。

 原告は、同月、上海で現地法人の手続きを行い、その後原告は上海に残って被告商品の販売活動を開始したが、被告は原告が一時帰国した際に、当初の条件にはなかった商品代金の支払いやノルマ達成義務を原告に課する契約書への署名を求め、上海で営業を再開した平成8年2月以降、被告は原告に対し、商品代金の支払いや商品の供給などで原告の活動を妨害したと主張した。原告は、Aによるセクハラ及びこれに関連する嫌がらせ、上海での営業活動に関するいじめにより体調を崩し、子宮内膜症と診断されたことから、Aによる一連の行為は、原告に対する不法行為を構成し、被告はこれによって原告が被った損害を賠償する責任があるとして、慰謝料150万円を請求した。また、原告は、被告に対し、平成7年12月分及び平成8年2月から5月分までの未払い賃金102万2755円の支払いを請求した。
主文
1 被告は、原告に対し、91万7422円及び81万7422円に対する平成8年5月26日から、内10万円に対する同年7月1日から、それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 原告は、被告に対し、10万3700円を支払え。

3 原告のその余の請求及び被告のその余の反訴請求をいずれも棄却する。

4 訴訟費用は、本訴反訴を通じこれを3分し、その1を被告の、その余を原告の負担とする。

5 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
 原告にセーフティーボックスを開けさせ、ズボンをずり下ろして下着をあらわにし、キャッシュベルトを取り出したAの行為は、確かに近くにいた原告に不快感を与える行為であり、無神経な行為として非難されるべきではあるものの、このような性的不快感を与えるに過ぎない行為は、これが不法行為と評価されるためには、この行為が、原告に対し性的不快感を与えることをことさら意図して行われたことを要するというべきである。しかしながら、この行為をAがかかる意図をもって故意に行ったことを認めるに足りる証拠はないから、これが不法行為を構成するとする原告の主張は理由がない。なお、原告は、その後被告が原告に対し倉庫業務を命じたことが、原告が被告のセクハラを咎めたことに対する嫌がらせであると主張するが、Aの行為と、原告が倉庫業務を命ぜられたことが関連すると認めるに足りる証拠はない。

 上海のホテルの部屋で、Aがベッドで横になり、ベッドの空いている部分を手で叩き、原告に対しそこに横になれという態度を示した行為は、社長であるAが、女性であり、かつ1従業員に過ぎない原告とホテルで2人きりでいる状況のもとで、明らかに原告をベッドに誘うような行動を取ったものであって、社長と1従業員という両者の関係、ホテルの1室で2人きりであったという状況等に鑑みると、この行為は、原告に対し、雇用契約上の地位を利用して性的関係を求めた行為として、いわゆるセクシャル・ハラスメントに該当し、不法行為を構成するというべきである。

 上海滞在中に、Aが顧客を交えての夕食の席上、「○さん、昨晩あなたはどうやって私の部屋に入ってきましたか。」と言ったことが不法行為に当たると原告は主張するが、性的不快感を与える発言は、常に不法行為となるのではなく、これが雇用契約上の地位を利用し、ことさら性的不快感を与えたり、あるいは性的関係を強要したりした場合に不法行為になると解すべきところ、仮に事実が原告主張の通りであるとしても、この発言がいかなる趣旨でなされたものか明らかでなく、これが雇用関係上の地位を利用し、ことさら性的不快感を与えたり、あるいは性的関係を強要したりする意図でなされた発言であるとまでは認められない。したがって、この発言が不法行為を構成するとする原告の主張は採用できない。

 原告は、その他にも、被告による新しい契約書への署名強要、上海での営業活動への嫌がらせが不法行為を構成すると主張するが、いずれも故意に原告を困惑させることを目的として行われたものであることを認めるに足りる証拠はないから、いずれも、不法行為を構成するとは認められない。

 Aの行った不法行為は、Aがその社長としての地位を利用して行ったもので、被告の職務に密接に関連する行為であるから、民法44条、商法78条2項及び261条3項により、被告は、右行為により原告の蒙った損害を賠償する責任がある。Aの行為は不法行為を構成するものの、手の動きでベッドに誘うような行為をしただけであって、原告の身体に触れたこともなく、また、原告が誘いに応じないと分かると、直ちに右行為をやめたことに照らすと、その違法性の程度はそれほど高くないというべきであるから、原告が蒙った精神的損害
に対する慰謝料の額は、10万円が相当である。(反訴 略)
適用法規・条文
民法44条、商法78条2項、261条3項
収録文献(出典)
労働判例754号29頁
その他特記事項