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大阪大手運送会社事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
大阪大手運送会社事件
事件番号
大阪地裁 − 平成10年(ワ)第732号
当事者
原告個人1名

被告個人1名A

被告S運送会社
業種
運輸・通信業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1998年12月21日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(控訴)
事件の概要
 被告会社は、貨物運送事業等を行う大手運送会社であり、被告Aは被告会社のドライバーとして勤務する男性である。原告は、平成9年9月1日、被告会社に第1期オフィスコミュニケーター(男性ドライバーと組んで、徒歩で市内のオフィス街を回り、軽貨物、書類、貴重品を集配する業務を行う女性)として雇用されたが、同月25日よりオフィスコミュニケーターの制服を着用しながら事務作業に従事していた。

 平成9年10月4日、オフィスコミュニケーターの歓迎会が開催され、原告、被告Aらがこれに参加した。一次会終了後、原告は帰宅しようとしたが、被告Aに懇願されカラオケボックスに入った。部屋に入室後、原告は被告Aの命令に従ってその横に着席し、同僚と歓談していたところ、突然被告Aが原告の両肩を押さえつけてソファーに押し倒し、倒れこんだ原告の上に乗りかかり、顔を近づけ、とっさに顔を覆った原告の左手甲にキスをした。原告は被告Aを避けようと席を移ったが、被告Aが突然原告の額にキスをし、席を移動する途中尻餅をつく形になった女性のスカートをめくろうとし、これを遮ろうとした原告のスカートをめくろうとスカートに手をかけた。また、被告Aは「何で逃げるの」と言いながら原告の服の裾を引っ張り、原告に無視されると、「そんなんやったらこの会社でやっていかれへんで。」と言った。更に被告Aは仕事の話を始め、原告のブラウスのボタンを外したので、原告は胸を抑えて席を立った。原告は部屋に戻って席に座り、被告Aの業務に関連する話を黙って聞いていたところ、被告Aは原告に対し、「今日のこと旦那に言って旦那が支店に電話したりなどせんようにしてや。」「もっと軽く考えんとこの会社ではやって行かれへんで。」「この会社は上に行った者が勝ちやねん。」と言い、更に「今から家に帰って旦那とやるんやろ。」「激しいセックスしたらあかんで。」などと卑猥な発言を続け、原告から「何言ってるんですか。」と言い返されると、いきなり原告を抱き寄せようとした。被告Aはソファーに腰掛けた原告の背後から、脇の下を通して原告の胸を掴み、着ていたジャケットをめくろうとし、更にブラウスを引っ張ってめくろうとした。原告は被告Aに対し、「いい加減にしてください。」と言い、「帰ります。」と叫ぶと、被告AはBに対して「絶対に帰すな。帰したらお前明日からどうなるか分かっているな。」と恫喝したが、原告はBと一緒に部屋から出て帰宅した。
 原告の夫は、同月7日、被告会社大阪支店に、電話で、原告の受けたわいせつ行為について苦情を申し立て、同支店課長が被告Aを連れて原告宅を訪問し、原告の夫、父母に謝罪し、話合いでの解決を申し出た。その後原告は出勤せず、同月27日、被告らに対し、200万円の慰謝料の支払い、謝罪並びに本件の概要及び被告Aが謝罪したことを記載し、今後このようなことがないように指示する文書を全従業員に配布することを求めたが、被告会社は被告Aのわいせつ行為は確認できなかったと回答した。そこで原告は、被告Aに対し、不法行為に基づく損害賠償として220万円の慰謝料等を、被告会社に対し、このわいせつ行為は被告会社の事業の執行につき行われたものであるとして、民法715条に基づき同額の損害賠償を請求するとともに、被告会社の責に帰すべき事由により出勤できない状態に至ったとして、未払賃金を請求した。
主文
1 被告らは、原告に対し、連帯して、110万円及びこれに対する平成9年10月4日から支払い済みまで年5分の割合による金員の支払いをせよ。

2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。

3 訴訟費用は、原告に生じた費用の10分の1を被告会社の、4分の1を被告Aの各負担とし、被告会社に生じた費用の5分の4及び被告Aに生じた費用の2分の1を原告の負担とし、その余は各自の負担とする。

4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
 被告Aが二次会において原告に対してなした一連の行為は性的嫌がらせということができ、原告に対する不法行為に該当するというべきである。

 被告Aは、ドライバーとオフィスコミュニケーターとの懇親を図るために本件飲み会を企画し、原告に誘いかけ、二次会に誘い、嫌がる原告に対し仕事の話を絡ませながら性的嫌がらせを繰り返したのであるから、この性的嫌がらせは、職務に関連させて上司たる地位を利用して行ったもの、すなわち、事業の執行につきされたものであると認められる。この点、被告会社は、原告が既に配置転換され、被告Aは原告の上司でなくなったこと、被告会社は男性ドライバーとオフィスコミュニケーターとの私的な飲み会を禁止し、現に被告Aから本件飲み会が開始される時点で被告会社には内緒にしておくようにと発言されていたので、本件飲み会が被告会社の事業の執行と関係がないことは明らかであることを主張する。しかしながら、原告はオフィスコミュニケーターの仕事が体力的にきついため、事務作業に従事させたこと、その際に配置転換の辞令を交付したわけでも、オフィスコミュニケーターの制服を回収したわけでもなく、被告会社主催の第1期オフィスコミュニケーター歓迎会にも招待したことが認められ、これらの事実に照らせば、事務作業は原告の体力が回復するまで一時的に命じたものに過ぎず、被告Aと原告との上下関係を完全に切断するものとは言い難い。また、被告会社は、男性ドライバーとオフィスコミュニケーターとの私的な飲み会をしないように通知していたと認められるが、単に口頭で通知を繰り返したにとどまるもので、現に12名もの従業員が本件飲み会に参加したことに照らせば、被告会社の通知は従業員にはさほどの重みを持って受け止められていなかったものと認められる。してみれば、単に被告会社の通知に反して飲み会が開催されたというだけで、本件飲み会において行われた被告Aの行為が被告会社の業務執行性を失うと解すべきではない。

 被告会社において女性に対するわいせつ行為ないし性的嫌がらせが頻発していたことを認めるに足りる証拠はなく、被告Aが本件飲み会の他にわいせつ行為ないし性的嫌がらせを行っていたと認める証拠もないから、被告会社が一般的な職場改善策を採るべきであったとは直ちにはいえない。そして、被告会社は、被告Aに対し、懲戒処分こそ行っていないものの、本件飲み会を開催したことを理由として賃金の減額を伴う降格処分を行っていることが認められる。また、原告の職場である事務所は、原告の他にも複数の女性従業員が勤務し、被告Aが職務に関しこの事務所を訪れることがないことが認められる。そうすると、原告は被告Aから職務に関連して性的嫌がらせを受け、その結果人格権及び性的自由を害されたものであって、被告会社への出勤が困難であるとするその心情は理解することができるものの、原告が事務所に出勤したとしても被告Aと顔を合わせる現実的危険性は乏しく、原告が再度性的嫌がらせに遭う可能性があったとは認められないこと、被告会社が一般的な職場改善策を採るべきであるとまではいえないことを考慮すると、原告が平成9年10月7日以降出勤しないことが被告会社の責に帰すべき事由によるものであるとはいえないというべきである。

 被告Aは、原告に対し、被告会社の事業の執行について性的嫌がらせを行ったと認められるのであるから、被告Aは民法709条に基づき、被告会社は民法715条に基づき、性的嫌がらせによって原告が被った損害を賠償する義務を負うところ、特に原告は、被告会社に雇用されて約1ヶ月しか経過していないのに、その上司たる被告Aに仕事の話を絡められながら性的嫌がらせを受け、そのことにより人格権及び性的自由に対する重大な侵害を受けたこと等の諸般の事情を考慮すると、原告が被告Aの不法行為によって被った精神的苦痛を慰謝するには100万円をもって相当とする。また弁護士費用は10万円をもって相当とする。
適用法規・条文
民法709条、715条
収録文献(出典)
労働判例756号26頁
その他特記事項
本件は控訴された。