判例データベース

宮城県大学副手事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
宮城県大学副手事件
事件番号
仙台地裁 − 平成10年(ワ)第73号
当事者
原告個人1名

被告個人1名
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1999年06月03日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(控訴)
事件の概要
 原告はS大を平成8年3月に卒業し、4月より絵画専攻の副手に採用された女性であり、被告はS大学の教授で、原告の指導教官の男性である。

 平成8年8月、原告と交際しており被告とも極めて親しい間柄にあった男性Aと被告が2人になった際、Aが被告に対し原告と交際している旨打ち明けたところ、被告は驚き、「お前、原告と寝たのか。彼女は処女だったのか。」と凄い剣幕で問い詰めた。これに対しAが原告は処女ではないと言うと、被告は人が変わったように激昂し、Aを怒鳴りつけた。

 同月16日夜、原告は被告から話があるから迎えに来るようにとの要請を受けて、自車を運転して被告を迎えに行った。被告は乗車後、「お前のアパートでコーヒーでも飲みたい。」と言い出し、原告が断ると、人気がなく暗い場所に停車を命じた。停車後、被告はAが以前交際していた女性のことを話し出し、Aは女癖が悪い等の中傷をし、それでも交際を続けるのかと問い質した。これに対し、原告が「はい」と答えると、被告は原告の髪の毛をつかんで引っ張り、「何でAなんだ。何でだ。何でだ。」と狂ったように何度も怒鳴り、原告の頬を挟むようにして叩いた。更に、被告は原告の両腕を掴みながら、「どうしてAと寝たんだ。先生もお前をずっと抱きたかったのに我慢してきたんだ。お前が大学で働けるのは、俺が推薦したからなんだぞ。もう面倒は見ない、勝手にしろ。」などとわめき続けた。更に被告は、原告の両腕を掴んで、力ずくで引き寄せ、無理矢理キスをし、シートを倒して原告の上にのしかかり、原告のブラウスの下から手を入れてきて、ブラジャーの中の胸を触り、更にスカートの中から手を入れてショーツを引き下ろし、姦淫しようとしたが、未遂に終わった。被告は一旦助手席に戻ると、原告の髪の毛を引っ張り、原告の顔に手をかけて被告の性器に近づけ、拒否する原告のあごを持って、被告の性器に無理矢理持っていき、口内に性器を押し込んだ。この後被告は、再び原告を運転席に押し倒し、原告の上に乗りかかって姦淫し、再び性器を原告の口内に押入れ、姦淫した。被告は、行為を終えると、原告に対し口止めをし、「いつだって抱いてやるから。」等と言って3度ほどホテルに誘ったが、原告はこれを断り、被告を自宅に送った。

 同月18日から2泊3日で、版画ゼミ主催の合宿が行われ、その際に原告はAに対し、口淫を除いて被告の行為を打ち明けた。するとAは、「何で最後まで抵抗できなかったんだ。普通の女性ならそうはならない。」と怒り、冷たい態度になった。

 同月23日、原告は不審に思った両親からの問いに対し、本事件を打ち明け、Aとともに警察に強姦被害を届け出た。翌24日、被告は原告の父から問い詰められて、あっさり謝罪したが、このときAの女性関係等を非難し、原告の就職の面倒を見るなどと言った。また、被告はAに対し、原告が異性関係にいかにだらしがないかと述べ、これがばれないように強姦の作り話をしているだけであり、その証拠に、原告は2度にわたって口淫してくれた等と虚言を並べ立てた。Aは被告の発言を受けて原告に対し、「君は2度も口に入れたんじゃないか。告訴どころじゃない。悪いのは君だ。」などと非難した。

 原告は、Aの言葉にひどく傷つき、同月26日、このような騒ぎを起こした自分が馬鹿だった、被告に謝れば被告とAの仲も元通りになるだろうし、この騒ぎを終わらせれば自分はどうなっても良いという気持ちになって、被告宛の謝罪文を被告の下駄箱に入れた。その後、原告は被告に対する告訴を取り下げた。

 その後、原告はショックからやや立ち直り、被告に対し、原告やAに謝罪をしないのはどういうわけかと問い質した。これに対し被告は、「もう2度としない。」「絵はいつでも見てやる。」と、原告をなだめようとした。 原告は、同年11月8日、本事件をS大学に報告し、これを受けてS大学は被告に自主退職を勧告して自宅謹慎処分に付し、平成9年2月3日、最終処分として、被告に対する戒告処分が行われた。
 原告は、被告の本件行為により、基本的人権である性的自己決定権を侵害され、これが被告の原告に対する圧倒的な力関係を悪用して行われたものであり、極めて悪質であること、被告は原告の両親やAに対し虚偽の事実を述べ、これにより原告は更なる精神的苦痛を受けたことを主張し、1177万円の損害賠償を請求した。
主文
1 被告は、原告に対し、金700万円及び内金600万円に対する平成8年8月16日から、内金100万円に対する平成10年2月14日から各完済に至るまで、各年5分の割合による金員を支払え。

2 原告のその余の請求を棄却する。

3 訴訟費用はこれを5分し、その1を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
 被告は、本件行為は、原告との合意に基づくものである旨供述し、被告は原告を副手として信頼し、原告はAとともに被告の家に宿泊し、被告に対しプレゼントをするなど家庭的なつきあいをしていたことから、原告は被告に対して親密な感情を抱いていたものであって、このような感情が、本件性的行為をする下地になっていたかの如き供述をする。しかし、当時原告には、すでに結婚を前提として性的関係を有していたAがおり、本件行為の前日には、原告がAを家族に紹介していること等に鑑みれば、原告が被告に対し、そのような感情を抱くような事情があったとは到底認めることができない。

 被告は原告を呼び出した目的についいて、合宿に当たり、原告とAが特別な行動をとらないように注意するためであった等の供述をしているが、そのようなことであるならば、若い女性を夜間に呼び出し、暗がりの現場に停車させて注意する必要性は全くないことは明らかである。被告は原告車の構造上、原告の協力なしには性的行為に及ぶことは出来ないと主張するが、原告と被告の体力差や原告の恐怖心等からすれば、被告が、狭い車内であっても、原告の抵抗を排除しながら本件行為に及んだと認めることに何ら不合理な点は見出しがたい。

 原告が被告に謝罪する内容になっている本件メモについては、その作成の際の状況として、原告が全くの孤立無援の状態となり、気力も失せ、自らも怪我をしていなければ強姦ではないのではないかとの気持にさえとらわれるような混乱した精神状態にあったことが認められる。このような状況の下で、自らを責め、自分が謝りさえすれば全ては収まると考えてメモを作成するに至ったとする原告の尋問の結果は、十分に理解が可能なものである。

 被告は、原告の信頼を裏切ったばかりか、教授と副手との立場を利用し、Aへの嫉妬に駆られた挙句、本件行為に及んだものであり、これによって被った原告の精神的苦痛が筆舌に尽くしがたいものであることは、容易に推察することができる。更に被告は、その後も自己の過ちを認めないばかりか、原告が混乱した精神状態の下で本件メモを作成したのを奇貨として、原告の両親やAを誤解させ、原告を孤立化させる結果となったことによって、更なる苦痛を与えた上、その後も反省の色は窺えず、このような被告の行動態様は極めて悪質である。これに加えて、被告は刑事訴追を免れる一方、S大学からの自主退職の勧告にもかかわらず、依然として教授職に留まり続け、S大学からの戒告処分以外には格別の社会的制裁は受けておらず、その上、原告に対する慰謝は何らなされていない。
 以上の事情を総合考慮すると、本件における原告の精神的損害に対する慰藉料としては、600万円をもってするのが相当であり、その弁護士費用としては、100万円とするのが相当である。
適用法規・条文
民法709条、710条
収録文献(出典)
判例時報1800号53頁
その他特記事項
本件は控訴された。