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大阪府知事候補事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
大阪府知事候補事件
事件番号
大阪地裁 − 平成11年(ワ)第8121号
当事者
原告個人1名

被告個人1名
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
1999年12月13日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(確定)
事件の概要
 被告は大阪府知事であり、本件当時知事選の候補者として選挙運動中であった。原告は本件当時21歳の大学生の女性であり、被告の選挙の運動員として活動していた。

 平成11年4月8日、被告は選挙運動用自動車に女性運動員2名とともに乗車し、原告は後続のワゴン車に、運転手を含め3名とともに乗車していた。走行後しばらくしてワゴン車が停止すると、毛布を手にした被告がワゴン車に運動員と交代で乗り込み、原告に対し、「風邪引いて可哀想に、毛布、お前にもかけてやるわ。」と言って、原告と被告の両方の腹部から足元まで覆い隠すように毛布をかけ、いきなり毛布の下から右手を原告のズボンの中に入れ、ショーツの上にはいていた下着用の短パンの上から、原告の下腹部をゆっくりと触りながら、左手で原告の太股あたりを触るなどした。原告は予期せぬ被告のわいせつ行為にパニック状態に陥ったが、トイレを訴えてワゴン車を停車させた。原告がトイレから戻ると原告が乗り移ろうとした選挙運動用自動車は既に出発しており、原告はワゴン車に再び戻らざるを得なくなった。原告がワゴン車に戻ると、被告は、右手を原告のズボンの中に入れて、腹部から下の方に手を伸ばし、短パンの下にはいていたショーツの中にまで入れてきて、ゆっくりと原告の陰部を人差し指と中指で弄び、太股の付け根を触るなどした。更に被告は、左手を原告のズボンの上から原告の太股の内側に入れてきて、股を広げさせようとしたが、原告は踏ん張って抵抗し、このようなことが数回続いた後、被告は左手で原告の左の太股の内側を触り続けた。原告は恐怖感から抵抗不能の状況であり、このような状況に乗じて被告は、これらの行為を約30分間続けた。ワゴン車を降りる際、被告は原告に対し、「お前になあ、誕生日プレゼントになあ、ヴィトンの鞄と財布買うたで、取りに来い。飯でも食いに行こう。」と言った。

 原告は、翌9日、大阪地方検察庁に対し、被告を強制猥褻罪で告訴したところ、被告は選挙妨害とのコメントを出し、記者会見でも選挙妨害であると繰り返した上、同月16日、原告を虚偽告訴罪で大阪検察庁に告訴した。

 原告は、圧倒的な力関係の差を利用して、原告の体調がすぐれぬこと、原告がわいせつ行為を嫌がっていることを十分認識しつつ、走行中の車内で原告に対し長時間にわたって執拗にわいせつ行為を継続し、かかる行為によって原告は体が震えるほどの屈辱感、恐怖心を味わったこと、さらに、本件に関して被告がメディアに対して行った発言や、被告による虚偽告訴行為によって、原告の名誉が侵害されたのみならず、原告の被害は社会的耳目を集めることとなり、その結果、原告は自宅にも帰れない、大学にも通学できないなど私生活の平穏も害されることとなったことを主張し、被告に対して慰謝料1000万円、弁護士費用200万円を請求した。
主文
1 被告は、原告に対し、1100万円及び内金800万円に対する平成11年4月16日から、内金300万円に対する同年10月26日から各支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 原告のその余の請求を棄却する。

3 訴訟費用は被告の負担とする。

4 この判決の第1項は、仮に執行することができる。
判決要旨
1 わいせつ行為による慰謝料について

 原告が受けたわいせつ行為は、1度の機会におけるものとはいえ、ワゴン車の中で、被告の支配下にあり、原告との性交渉を望むような発言すらしていた者を含む同乗者に囲まれ、当時21歳の誕生日を迎えたばかりの女子大生であった原告が、風邪で高熱もあり容易に抵抗できなかった状況下で、被告により約30分間にわたり、ズボンや下着の中に手を差し入れられたり、指で陰部を直接弄ばれたというものであり、その行為態様は執拗かつ悪質である。また、被告はわざわざ毛布を1枚持って車両を乗り換えるなどわいせつ行為の計画性も窺われるし、わいせつ行為後も、被告は自らの行為を反省するどころか、原告に海外ブランド品を交付することにより事を解決しようとするなど、原告の人格を蔑視する態度をとっている。

更に原告は、被告の知事としての政策に関心を持ち、全面的に信頼を寄せて被告の選挙運動員として活動していたにもかかわらず、被告はこのような原告の信頼を裏切って、選挙運動用のために走行中のワゴン車の中でわいせつ行為に及んでいる。これらに照らすと、被告の行為は極めて悪質で、強く非難されるべきであり、原告の受けた精神的衝撃ないし屈辱感も極めて大きいというべきである。これら事実を総合すれば、本件わいせつ行為により原告が被った精神的苦痛を慰謝するには、200万円が相当である。

2 虚偽告訴に関する名誉毀損行為による慰謝料について

 原告の告訴がわいせつ被害を受けた事実に基づくこと及び被告の告訴行為が虚偽の事実に基づくものであるから、被告の告訴は、現職の知事の立場にある権力者が、わずか21歳の女子大生を虚偽の事実により罪に陥れようとしたという極めて特異かつ異例な違法性の強い行為と評価し得る。しかも被告は、芸能活動を行い、参議院議員を経験した後、現在は大阪府知事であるという極めて高い知名度を有しており、自らの発言が、その虚実はともかくとして、マスメディアを通じて直ちに全国に報道されることを十分に認識し、その上で、自己の見解を流布させる意図で、あたかも原告が被告を陥れているかのごとき発言を繰り返した。被告のこの行為は、自らわいせつ行為をしたにもかかわらず、その知名度を利用して、原告によって陥れられたかのごとき虚偽の事実を一方的に流布させて、原告の名誉を不当に侵害したものである。

 以上のように、現職の大阪府知事である被告が、自己のわいせつ行為の被害者である女子大生に対して、逆に虚偽告訴し、これに関連して意図的に虚偽内容の記者会見をした上で、この内容を全国に報道させたことにより原告を大衆の好奇の目に晒したという名誉毀損行為の極めて異常な態様に鑑みれば、これにより原告が受けた精神的苦痛は、わいせつ行為それ自体によるものよりも甚大であるというべきであって、これにより原告が被った精神的苦痛を慰謝するには500万円が相当である。

3 記者会見等の名誉毀損行為による慰謝料について

 被告は、本件訴訟の第1回口頭弁論期日において、請求原因事実について争うことを明らかにせず沈黙する態度をとりながら、同日の記者会見においては、態度を一変させて、原告の主張について、「真っ赤な嘘」「明らかな選挙妨害」「でっち上げ」等と発言し、この記者会見の内容は直ちに全国に報道され、その後の府議会における答弁においても同様の発言を繰り返し、更にこれが全国に報道されるという極めて異例な経過をたどった。このような被告の一連の行動は、公開の法廷においては反論の機会を十分に与えられながらこれを行使せず、他方で、原告には何らの反論の機会すらない記者会見あるいは府議会の場等で、自己の高い知名度により、その発言が直ちに全国に報道されることを意図した上で、一方的に自己の言い分を表明して原告を誹謗しているのであって、その手法自体、著しく社会常識を逸脱した行為であるといわざるを得ない。また被告は、「判決により相手方に何らかの金員を支払わなければならないことは不愉快極まりなく、1円たりとも払いたくない。」と述べながら、他方で、「800億円でも支払う。」と不見識な発言をするなど、民事訴訟による紛争解決機能を全く無視し挑戦する姿勢を示し、民事訴訟による紛争解決を求めた原告の態度自体を著しく愚弄している。

 また、被告は、当裁判所が原告のプライバシー保護のため、原告の申立てに基づき訴訟記録の一部について閲覧制限をした点を捉え、あたかも、これにより本件訴訟の場において十分な反論ができなかったかのごとき発言をしているが、この制限はあくまでもその閲覧等を一般人に対して制限するものであって、訴訟当事者の訴訟活動については何らの制限も加えておらず、このことは民訴法92条1項の規定により明らかであって、被告の発言は、民訴法の規定及び当裁判所の決定の趣旨を意図的に歪曲したと疑われても仕方がない極めて不当なものである。

 被告による一方的な発言により、原告は、本来被害者であるにもかかわらず、ことさら被告を陥れるために虚偽の事実を申し立てたり、被告の反論の機会を奪っているかのように誤解されるかもしれないとか、さらに世間の好奇の目に晒され続けるのではないかとの強い不安感を抱くことにより、著しい精神的苦痛を受けたことが認められる。

 以上のように、被告は、自己の高い知名度を利用して、原告には何ら反論の機会すらない記者会見等の場において、原告を侮辱し非難する発言を繰り返すことにより原告に対して著しい名誉毀損行為をし、その発言内容がマスメディアを通じて連日のように全国に報道された。これにより原告が被った精神的苦痛を慰謝するには、300万円が相当である。

4 弁護士費用について

 本件不法行為と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害は、100万円と認めるのが相当である。
適用法規・条文
民法709条、710条
収録文献(出典)
判例時報1735号96頁
その他特記事項