判例データベース

千葉病院長事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
千葉病院長事件
事件番号
千葉地裁 − 平成10年(ワ)第2825号
当事者
原告個人1名

被告個人1名
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2000年01月24日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(控訴)
事件の概要
 原告は、昭和54年から公立A病院に准看護婦として勤務している者であり、被告は平成6年10月、A病院の病院長代行に就任し、平成7年1月から病院長の職にある。

 被告は、A病院に赴任してしばらくたった頃から、日常的に、挨拶の言葉とともに、看護婦の肩、背中に手をかけたり、臀部を軽く叩いたり、ねぎらいの言葉とともに肩を軽く揉むなど、身体に接触する行為をするようになり、原告に対してもこれら身体に接触するような行為をすることがあった。

 原告は、平成9年6月3日、被告と公用車で出張し、被告に命じられて運転をしたが、その際車内で被告は原告の左肩や左大腿部付近を叩くような形で触った。平成10年月6月9日、原告は被告に同行するに当たり、運転免許証を持参していないから運転できない旨を伝えたが、被告は原告に運転を命じ、助手席に乗って、原告の左肩から胸にかけての部分と左大腿部を触った。また、同年7月頃、原告がレントゲン写真を見ていたところ、被告がその背後を通りかかり、原告の臀部を手のひらで撫で回して立ち去った。原告は驚いて振り返り、被告の背中に向かって「何をするんですか。」と抗議の言葉を投げつけた。

 同年8月19日、原告は総合案内から、外科のKという患者が苦しがっているから外科外来で最初に診察して欲しいとの連絡を受け、これを被告に伝えたが、被告はTを最初に診察するから、Kについては他の医師に診察してもらうよう指示した。これに対し原告が、Kを先に診て欲しい、どうしてTをいつも特別扱いするのか、などと反論したため、被告は、「バカヤロー、お前は俺の言うことに従えばいいんだよ。」などと原告を怒鳴りつけ、原告も、「それなら1人でやればいいでしょう。今日は付きませんから。」と言って、診察室を出て行った。原告はその日のうちに婦長に報告し、翌日総婦長を通じて被告から反省文を出させる指示を受けたため、当日の事実経過をまとめて提出した。

 原告は、被告から自己に非のないことについて怒鳴られ、反省文を書かされたことに憤り、これまで大目に見ていた面のあった被告の行為についても許せない気持ちになり、被告のセクシャルハラスメントを婦長に訴えた。原告から事情聴取した事務長は被告に確認したところ、被告は気軽な気持ちで原告の身体に触れたことがあり、それが不快感を与えたならば謝罪してもよいが、その前提として8月19日の件について原告が反省文を書くべきことを事務長に話した。
 原告は、被告が院長という立場を利用して、原告の意思に反して、長期間にわたり執拗にわいせつ行為や卑猥な性的言辞を繰り返し、これによって原告は、体重の減少、胃痛、不眠、頭痛が恒常化し、退職しかない、死んでしまいたいなどと思いつめるまでに至ったとして、被告に対し慰謝料500万円、弁護士費用50万円を請求した。これに対し原告は、原告に対しセクハラ行為を行ったことはないこと、本件提訴は8月19日に原告が職場放棄しようとしたことについて被告が叱責し、反省文を書かせたことに対する逆恨みとしか考えられないこと、被告の病院経営に対する反発から、被告を追い落とそうとする職員らによる陰謀であることを主張して争った。
主文
1 被告は、原告に対し、金80万円及びこれに対する平成11年1月23日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 原告のその余の請求を棄却する。

3 訴訟費用はこれを2分し、その1を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 被告の原告に対する加害行為の存否

 被告自身、原告が特に印象に残る女性であること、原告を含む看護婦の肩、背中、臀部等を触る、叩くなどの行為をしたことがあったと供述していることなどに照らすと、被告の行為の具体的態様も一部原告主張のようなものであることは否定できない。しかしながら、他方で、原告が、被告の行為に対し、重ねて同様の身体的接触することを躊躇させる程度に強い抗議をし、又は強い不快感を表したことを認めるに足りる的確な証拠はないし、原告から話を聞いた婦長はこれを深刻なものとは受け取っておらず、原告もそれ以上相談しようという気配を見せなかったこと、8月19日の事件までは喜々として仕事をしているように見えたのみならず、周囲の者に、被告と仲が良いような印象を与えていたこと、原告自身もセクハラについて考えるようになったのは、同事件の後からと供述していることに加え、同事件の経緯及び職員中に被告に対する反感が相当程度に存在していたことなどを総合して考えると、原告は、同事件までは、被告と親しく話しをしたりする関係にあり、被告の身体的接触行為について快くは思わないまでも、強いて拒絶したり、ことさら問題行為として取り上げたりするまでの意思はなかったところ、8月19日の事件で被告に罵倒され、反省文を書くよう言われたことを契機として、従前の被告の行為を含め、被告のことを許せないと考えるようになり、本件訴訟に至ったことが推認される。

2 不法行為の正否

 本件のように、男性たる上司が部下の女性に対して何らかの身体的接触行為を行った場合においても、そのことだけから直ちに相手方の性的自由ないし人格権が侵害されたものと即断することはできないが、接触行為の対象となった相手方の身体の部位、接触の態様、程度、接触行為の目的、相手方に与えた不快感の程度、行為の場所・時刻、行為者と相手方との職務上の地位・関係等の諸事情を総合的に考慮して、当該行為が相手方に対する性的意味を有する身体的な接触行為であって、社会通念上許容される限度を超えるものであると認められるときは、相手方の性的自由又は人格権に対する侵害に当たり、違法性を有すると解すべきである。

 この基準に照らすと、肩及び背中に対する接触行為については一概に接触が許されない部位とまではいうことができず、これが直ちに性的意味を有する身体的な接触行為と評価することはできないし、被告が原告以外の看護婦に対しても挨拶の際に同様の行為を行っていることなどに照らすと、これがすべて被告の原告に対する何らかの性的意図に基づくものとまで評価することはできず、法的レベルで見て社会通念上許容される限度を超えるものであるとまでは評価し難いというべきである。しかし、臀部に対する接触行為については、接触を許容することが通常では考え難い性質のものであり、原告がこれを許容したことを認める証拠はない上、平成7年から同9年まで長期間にわたり反復、継続してなされていること、しかも病院長である原告から1職員に過ぎない看護婦である原告に対してなされたものであることなどに照らせば、その性質において社会通念上許容される限度を超えるものであるといわざるを得ない。

 平成9年6月及び同10年6月における被告の原告に対する行為については、その接触の部位が肩から胸にかけての部位及び大腿部であること、その行為は自動車内という閉ざされた空間内で、しかも2人きりの状況で行われたものであること、両行為はいずれも嫌がる原告に強いて公用車の運転を命じた上で自らは助手席に座り接触に及んでいるという経緯に加え、両者の病院における地位・関係に照らせば、被告の行為が原告に対する性的意味を有する身体的な接触行為であり、社会通念上許容される限度を超えたものであることは明確で、原告の性的自由及び人格権を侵害した違法行為というべきである。また、平成10年7月における被告の行為は、その接触の部位が臀部であることに加え、その態様や行為状況に照らせば、同様に、原告の性的自由及び人格権を侵害した違法な行為というべきである。

3 損害額

 本件不法行為の内容、その他の諸事情、特に被告は、本件病院において違法行為が起こらないよう、病院長として積極的措置を講ずべき立場にあったにもかかわらず、被告の指示に従うべき准看護婦という立場にある原告に対し本件のような行為に及んでいることを考慮すると、原告が被告の不法行為によって被った精神的苦痛を慰謝するための慰謝料としては70万円が相当である。また、被告の不法行為と相当因果関係を有する弁護士費用としては10万円を認めるのが相当である。
適用法規・条文
民法709条
収録文献(出典)
判例時報1743号99頁
その他特記事項
本件は控訴された。