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M市議会議員事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
M市議会議員事件
事件番号
千葉地裁松戸支部 − 平成11年(ワ)第1049号(甲事件)、千葉地裁松戸支部 − 平成12年(ワ)第7号(乙事件)
当事者
原告個人1名

被告個人1名
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2000年08月10日
判決決定区分
甲事件 一部認容・一部棄却、乙事件 棄却(確定)
事件の概要
 原告(女性)と被告(男性)はともに松戸市議会議員である。

 被告は、平成11年9月17日、議会棟2階廊下において、原告に対し、後から「おはようございます」と声をかけた上、振り向いた原告に対し、「男いらずの○○さん」と呼びかけた。原告は直ちに「失礼だから取り消しなさい」と発言の撤回を求めたが、被告は、「ユーモアだから取り消さない」と、これを拒絶した。

 原告は、自ら発行する市議会リポートに、被告の本件行為に関して、「取消しも謝罪も拒否、××議員のセクシャルハラスメント」という見出しの記事を掲載し、周辺の住宅に投函し、松戸市役所職員に配布した。一方、被告は、本件訴訟提起後、活動報告誌に原告の名前を横書きに太字で書き、その上に小文字で振り仮名のように「オトコいらず」と付記し、松戸市民に郵送・新聞折込み等により配布した。

 原告は、被告の「男いらず」発言はセクシャルハラスメントに該当すること、被告は市議会議員であり、その職業上の地位からしても違法性が極めて高いこと、被告はそれまでも原告に対し一連の性的発言をしており、これは原告の人格権を著しく侵害するストーカー行為に極めて近い性格を持った不法行為であることを主張して、被告に対し、290万円の損害賠償を請求した。また、被告が活動報告誌に、原告の名前に「オトコいらず」とルビを振った行為は、セクシャルハラスメントの定義に当たり、名誉の侵害が後々まで長く影響する違法性の高い名誉毀損行為であると主張した(甲事件)。

 これに対し、被告は、「男いらず」とは、男性に頼らない自立した女性への賛辞であって、セクシャルハラスメントではないこと、被告の言動は個人的なものであり、原告は即座に反論したくらいであるから、到底傷ついたとは思えないこと、被害者と目された女性の一方的な判断のみでセクシャルハラスメントと決定されて良いものでないことは、法治国家では当然であることを主張した。また、被告の活動報告誌の「オトコいらず」の表現には侮辱の意味はないと否認した。その上で、被告は、原告が市議会リポートの中で被告の個人的言動を独断的にセクシャルハラスメントと決め付け、この記事が掲載されたリポートを大量かつ無差別に投函し、市役所職員にも配布するなどしたことは、被告の名誉を故意に傷つけ、信用を失墜させる不法行為であるとして、慰謝料30万円を請求した(乙事件)。
主文
1 被告は、原告に対し、金40万円及び内金10万円に対する平成11年11月30日から、内金30万円に対する平成12年3月30日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 原告のその余の甲事件請求及び被告の乙事件請求を棄却する。

3 訴訟費用は、これを3分し、その1を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

4 この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 「男いらず」と呼びかけた行為の不法行為性

 被告が原告に対し「男いらず」と呼びかけた場所は、議会棟2階廊下で、決算委員会開始直前であり、被告の後には議員が1人おり、原告の後には職員が1人いたが、被告は原告の後約14メートル離れた位置から大声で呼びかけたもので、原告と被告とは個人的に親しい間柄ではなく、原告は日頃から被告の言動を不愉快に感じ、避けていたような関係にあったことから、被告の発言を冗談やユーモアとして受け止める状況にはなかった。

 「男いらず」すなわち「男性を必要としない」との言葉は、色々な意味を持ち得るが、男性と性的な交渉を持たない女性あるいは持つことができない女性、性交渉の相手にされない女性、男性から相手にされない女性、恋人のいない女性等に対して「皮肉・からかい・侮辱」として使用されることがある。被告は、原告に対し、「からかい」「皮肉」を言い、「揶揄」し、「挑発」する意図で「男いらず」と呼びかけたものであり、被告の主張する「賛辞」などではなく、原告にとって極めて不愉快なものであったことを示している。

 被告の行為は、アメリカ雇用機会均等委員会(EEOC)の「セクシャルハラスメントに関するガイドライン」における「相手の望まない性的性質を持つ口頭の行為」に当たり、「かかる行為が、個人の職務遂行を不当に阻害し、不快な労働環境を創出する目的もしくは効果を持つ場合」に該当する。また被告の行為は、雇用機会均等法21条の「職場において行われる性的な言動に対するその雇用する女性労働者の対応により」「当該女性労働者の就業環境が害されること」に該当し、松戸市の「職場におけるセクシャルハラスメントの防止に関する要綱」2条3項の「職場における職員の意に反する性的な言動により、職員の職場環境が不快なものとなったため」「職員が職務を遂行する上で看過できない程度の支障が生ずること」に該当する。

 被告は、市議会議員であり、事業主や松戸市の職員ではないから、雇用機会均等法や松戸市の要綱の直接の適用はないが、被告が原告に対し「男いらず」と呼びかけた行為は、原告の意に反する性的な言動であり、これにより原告の就業環境が害され、市議会議員としての職務を遂行する上で看過できない程度の支障を生じさせたものであるから、環境型セクシャルハラスメントに該当し、原告の人格権・名誉を侵害した不法行為である。そして、被告の「男いらず」の発言は、市議会議員としての保持すべき品位を欠いた女性蔑視の侮辱的な発言であり、その発言の内容・回数(1回)、発言の前後の状況、その後の経緯、これにより原告が受けた精神的苦痛の内容・程度その他諸般の事情を考慮すると、原告が被告の発言により受けた精神的苦痛に対する慰謝料は、金10万円が相当である。

2 活動報告誌に「オトコいらず」と記事を書いたことの不法行為性

 被告が原告の名の上に「オトコいらず」とルビを振り配布した行為は、セクシャルハラスメントの定義に該当し、名誉毀損に当たるものと認められ、その態様も「オトコいらず」の言葉を活字にして配布し、原告とオトコいらずとの結びつきを多くの人に刷り込む行為である点において、単発の「男いらず」発言と比べ、名誉の侵害が持続する違法性の高い名誉毀損・人格権侵害行為である。被告は、原告が訴訟提起してまで、「男いらず」という言葉が非常に不愉快であると表明している最中に、あえて同じ「オトコいらず」という言葉を用いた活動報告誌を不特定多数の人に対して配布するという違法性の高い方法で原告に対しセクシャルハラスメントに当たる名誉毀損・人格権侵害の不法行為をしたものであり、これは被告の執拗さ・害意の強さを示すものである。このように、被告が活動報告誌に「オトコいらず」と書き、市民に配布した行為は、原告が「男いらず」との言葉に不快を表明した後に敢行されたものであること、これにより原告が受けた精神的苦痛の内容・程度その他諸般の事情を考慮すると、原告が受けた精神的苦痛に対する慰謝料は、金30万円が相当である。

3 原告のリポートの不法行為性

 原告が市議会リポートにおいて、被告が原告に対しセクシャルハラスメントをしたことを公表したことは、形式的には被告の名誉を毀損する行為に当たる。ところで、名誉毀損については、当該行為が公共の利害に関する事実に係り、専ら公益を図る目的に出た場合において、摘示された事実が真実であることが証明されたときは、その行為は違法性を欠いて不法行為にならない。本件において、市議会議員が議会棟内で同僚議員に対してセクシャルハラスメントをしたという事実は、職務の公共性、場所の公共性から見て、まさに公共の利害に関する事実に当たる。原告は、市民の中でセクシャルハラスメントをなくしていくためには、まず足下で起きた事実を市民に知ってもらい市民の関心と理解を求めたいと考え、リポートに本件記事を書き、これを市民に配布したもので、これは専ら公益を図る目的に出たものであることが認められる。

 本件記事の表現は、被告の行為の不当性を過度に強調するものではなく、客観的な事実経過と、被告の行為が松戸市の要綱に照らしてセクシャルハラスメントに当たることなどの原告の意見を記載したもので、被告への人身攻撃、被告の人格や議員活動に関する記述は一切されておらず、被告に対する嫌がらせや誹謗中傷の意図で本件記事を書いたものではないものと認められる。

 被告は、「男いらず」発言はユーモアだから取り消す必要がないと主張するが、「性的の冗談やからかい」もセクシャルハラスメントになり得るのであり、被告がユーモアのつもりであったことは何ら違法性を阻却するものではない。また、セクシャルハラスメントの定義中の「意に反する」という要件は、被害者が嫌がる・不快に感じるという被害者の主観が重視されることを意味しており、松戸市のパンフレットも「セクシャルハラスメントのキーワードは「unwelcome」です。つまり、同じ行動が受け手の取り方によってセクシャルハラスメントになることもあるし、ならないこともあります。」と呼びかけている。

セクシャルハラスメントが男女の認識の違いにより生じている面があることを考慮して、その判断基準に一定の客観性を持たせるため、平均的な女性の感じ方を基準にしても、被告の「男いらず」との言動がセクシャルハラスメントに当たることは動かし難く、原告の本件記事は、単なる原告の個人的な意見や論評ではなく、セクシャルハラスメントの定義に基づく法的な評価である。

 したがって、原告の本件記事のうち、被告の名誉に関する事実を摘示した部分は真実であり、意見・論評にあたる部分は正当であるから、名誉毀損の不法行為は成立しない。
適用法規・条文
民法709条、710条
収録文献(出典)
判例時報1734号82頁
その他特記事項