判例データベース
N銀行京都支店長事件
- 事件の分類
- セクシュアル・ハラスメント
- 事件名
- N銀行京都支店長事件
- 事件番号
- 京都地裁 - 平成10年(ワ)第1467号
- 当事者
- 原告個人1名
被告個人1名A - 業種
- 金融・保険業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2001年03月22日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却
- 事件の概要
- 原告(昭和44年10月生)は、平成2年4月に被告銀行に入行し、京都支店に配属された女性であり、被告A(昭和22年1月生)は、平成7年5月から同10年3月まで被告銀行京都支店長を勤めた後、同年4月1日付けで退職した。
平成9年11月19日、被告Aは原告を食事に誘ったところ、原告は自分のことを良く知ってもらい、原告や他の女子行員を傷つける言動について注意してもらう良い機会と考えてこの誘いに応じた。夕食後、原告は被告Aに二次会に誘われ、タクシーでホテルの会員制クラブに行った。被告Aは原告がソファーに座ったところ、すぐに体を付けるようにして横に座り、原告の手を握り、「この辺がツボなんだよね。」と言いながら、原告が拒否しているのに、その手を撫で回したり押したりし始めた。原告は、「やめてください。私は結婚しているし、子供もいます。」と言って逃げようとしたが、被告Aは「だからいいんです。」などと言って原告の手を強く握って頬にキスをし、さらに原告にのしかかるようにして唇にキスをし、原告の胸を触り、上着の下から手を入れ、ブラジャーの下から手を差し入れて胸を触った。原告は、被告Aがどのような態度に出るか不安だったため、被告Aを押しのけたり、蹴飛ばすなどの激しい態度に出ることができなかった。その時原告の携帯電話が鳴ったので、これを機に原告は逃れることができた(第1セクハラ行為)。
翌20日、被告Aは支店長室に来るよう原告にメールを送り、原告は昨日ごちそうになったお礼と、昨日のことで落ち込んでいること、今後の誘いを断ることをメールで返事をした。然るに被告Aは、同月21日以降も同年12月下旬まで、週2回程度、メールや内線電話で、「一緒に食事に行こう。」「ちょっと今支店長室にいいですか。」「今日、お昼いいでしょう。」などと誘いをかけた(第2セクハラ行為)。
第1セクハラ行為の後、原告は課長Bに事情を告げ、Bはこれを次長Cに報告した。Cは他の職員からも女性職員が被告Aから誘いを受けて困っているとの報告を受けていたので、課長会議を招集してその情報を伝達するとともに、女性職員に対し「上司からの誘いについて嫌だったら断ってよいこと」「困ったことがあれば課長に遠慮なく相談すること」の徹底を申し合わせた。その後Bは、被告本店に赴き、原告の名を伏して、被告Aの行為を報告し、本店への早期引き上げを要請した。被告銀行はBに対して被告Aのセクハラの実情の調査を指示し、その結果、被告Aによるセクハラの被害者は、原告を含め5人に及ぶことが明らかになった。被告銀行はこれを受けて、平成10年3月11日付けで被告Aを本店人事局参事に転任させ、セクハラ行為を理由に譴責処分を行い、普通退職させた。
原告は、被告Aに対する処分に失望し、訴訟を起こすため同僚に協力を求めたところ、同僚達は原告を避け始め、原告は孤立感を深めた。また、原告は、その後も被告銀行内部にセクハラ問題について真剣に取り組もうとする姿勢が感じられなかったこと等から、被告銀行内で働き続けることの展望が持てなくなり、同年6月30日被告銀行を退職した。原告は、被告Aのセクハラ行為によって、身体・精神に不調をきたし、被告銀行を退職せざるを得なくなったこと、被告銀行は職場環境を調整する義務としてのセクハラ行為を事前に防止する義務及び事後これに適正に対処すべき義務があるのに、この義務を怠ったことを主張して、被告A及び被告銀行に対し、連帯して、慰謝料1000万円、逸失利益933万3860円及び弁護士費用190万円を請求した。また、併せて、謝罪文を原告に交付するとともに、被告銀行本店及び京都支店内に掲示することを求めた。 - 主文
- 1 被告らは連帯して、原告に対し、金676万8960円及びこれに対する平成10年6月16日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告の被告両名に対するその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用はこれを3分し、その2を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。
4 この判決の第1項は仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 本件第1セクハラ行為についての被告Aの責任
本件クラブにおける被告Aの行為は、典型的かつ悪質なセクシャルハラスメント行為であるというべきであって、原告の人格権を侵害する不法行為に当たることは明らかである。
なるほど原告は、被告Aを押しのけたり、蹴飛ばすなどの断固たる拒絶行為には出ていないが、女性である原告としては、密室において、断固たる拒絶行為に出た場合に、男性である被告Aがどのような態度に出るか不安に感じるのが自然である。その上、被告Aは、原告の人事も容易に左右できる京都支店の最高権力者であるから、このような立場に置かれた部下の女性である原告にとっては、被告Aとの決定的な対立を避け、その体面を損なうことなく、いわばやんわりと嫌がっていることを伝え、セクハラ行為をやめてもらいたいと考え、そのような行動に留めたことは、やむを得ない対処方法であったというべきである。むしろ原告は突然の事態で動転した精神状態の中で、考え得る限りの方法で、被告Aに拒絶の意を伝えようとしたが、被告Aは原告が断固たる拒否ができないことを知って図に乗り、行動をエスカレートさせたものであって、破廉恥といわざるを得ない。
2 本件第2セクハラ行為についての被告Aの責任
被告Aは、原告に対し、職場における上下関係を背景に、既に本件第1セクハラ行為による被害を受けており、嫌がる原告をしつこく食事などに誘い、原告をして、これを角の立つ形で断れば、自分の労働条件ないし労働環境の悪化を心配せざるを得ないというのっぴきならない立場に追い込み、精神的苦痛を与えたもので、典型的なセクシャルハラスメントの一種というべきであって、これが原告の人格権を侵害する不法行為に当たることは明らかである。とりわけ、本件においては、原告は既に第1セクハラ行為の被害を受けているから、その後の誘いは、これに応じれば第1セクハラ行為と同様ないしそれ以上の被害を受けることを想像させるものであって、その苦痛は深刻なものであったと考えられる。
3 被告銀行の責任
本件第1セクハラ行為は、勤務時間外に、職場でなく、本件クラブで行われたものである。しかしながら、(1)被告Aは、かねて職場内のコミュニケーションを図るためと称して女性職員と2人だけで食事に出かけており、本件食事の誘いもその一環であったと考えられること、(2)被告Aは原告を食事に誘った目的は「部下との意思疎通を図ることと、原告が書類整理で頑張ってくれたことに対する感謝の意を表すこと」であったと主張していること、(3)被告Aは、勤務時間中に原告を支店長室まで呼び出して日程を決めたこと(4)原告が食事の誘いに応じた理由は、所属する京都支店の最高責任者である被告Aに自分を理解してもらい、働きやすい環境を作りたいと考えたためであること、(5)本件クラブは、ホテルにとって重要人物しか利用できない部屋であって、被告Aは被告銀行の支店長であるからこそ利用できたものであること、(6)被告Aは、本件クラブを仕事上の打ち合わせや接待、京都支店の行員らとの飲み会の二次会などに頻繁に利用していたことなどの事実を指摘することができ、これらの事情を総合勘案すれば、本件第1セクハラ行為は、被告Aの京都支店長としての職務と密接に関連するものと認めるのが相当であるから、これによって原告が被った損害は、被告Aが被告銀行の事業の執行につき加えた損害に当たるというべきである。
本件第2セクハラ行為は、被告Aが、勤務時間中に、京都支店内で、支店長室から支店の内線電話やメールシステムを利用して行ったものであることを考慮すると、被告Aの職務と密接に関連するものと認めるのが相当であるから、これによって原告が被った損害は、被告Aが被告銀行の事業の執行につき加えた損害に当たるというべきである。よって、被告銀行は、民法715条に基づき、被告Aがした本件セクハラ行為によって原告が被った損害を賠償する責任がある。
4 原告の損害
原告の家庭歴、既往歴について、メニエール病に関して特に注目すべき点はないとの医師の診断結果、原告の身体的不調が生じるまでの経過を併せ考えると、原告は、本件セクハラ行為による精神的ストレスによって低音障害型感音難聴を発症したものと認めるのが相当である。
課長Bは、主観的には、原告を親身に心配し、原告のために熱心に動いたと評価できるが、客観的には、その対応はセクハラ被害者に対するものとしては適切なものではなかった。これはB個人のものではなく、被告銀行全体のセクハラ問題への取組み姿勢の問題であったというべきである。被告銀行としては、Bの直訴により被告Aのセクハラ行為を把握した後、迅速に被告Aの処分にこぎつけたと評価できるが、原告から見れば、その内容は微温的でおざなりなものと受け止めざるを得ず、とりわけ被告Aが高額な退職金を受け取って天下りしたことに我慢ができない原告が、被告銀行内部の措置に限界を感じ、訴訟を視野に入れるようになると、セクハラ問題に対する問題意識が低く、これに対して組織的に支援する雰囲気が醸成されていない被告銀行の職場で、原告が孤立することも予想できる成り行きであり、原告が退職にまで追い込まれることは十分あり得る結果であって、被告Aの各セクハラ行為と原告の退職との間には、相当因果関係があるというべきである。
本件セクハラ行為及びこれに続く退職までの経緯によって受けた原告の精神的な衝撃ないし疲労、原告が難聴により平成10年12月まで通院を続けたことを考慮すると、原告は被告銀行を退職後1年間は就職できなかったと認めるのが相当であり、その間の得べかりし給与は本件セクハラ行為と相当因果関係のある損害というべきである。そして原告の平成9年度の年収は466万8960円を下回らないと認められるので、これと同額が原告の逸失利益となる。
本件第1セクハラ行為は、被告Aが支店で最高の地位にあることを背景にし、原告にとって理不尽な要求に容易に抗し難い状況の中で行われた卑劣なものであり、その態様も悪質であること、本件第2セクハラ行為も、原告の精神状態を無視するか、全く理解せず、1ヶ月余にわたってしつこく行われたものであること、これによって、原告は精神的に苦しむのみならず、身体的不調にまで陥り、挙句に退職にまで追い込まれ、その人生設計に大きな狂いを生じたこと、その他本件に現れた一切の事情を総合勘案すると、原告が被った精神的苦痛を慰謝するために金150万円をもって相当と認める。また、本件事案の性質、訴訟活動の難易、認容額その他本件に現れた一切の事情を総合勘案し、被告Aの本件各セクハラ行為と相当因果関係のある弁護士費用は、金60万円をもって相当と認める。
民法723条にいう「名誉」とは、人がその人格的価値について社会から受ける客観的評価をいうと解されるところ、被告Aの本件各セクハラ行為によって原告の客観的評価が毀損したとは認められない。また、原告主張のように、人格権に基づいて謝罪文の交付及び掲示を求めることができるとしても、本件において、金銭による損害賠償のほかに謝罪文の交付及び掲示によらなければ回復し得ない損害を原告が受けたとまでは認められない。 - 適用法規・条文
- 民法709条、715条
- 収録文献(出典)
- 判例時報1754号125頁、判例タイムズ1086号211頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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