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千葉県大学医学部事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
千葉県大学医学部事件
事件番号
千葉地裁 − 平成11年(ワ)第1395号
当事者
原告個人1名

被告個人1名
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2001年07月30日
判決決定区分
一部認容・一部棄却
事件の概要
 原告は、昭和40年8月生まれで、平成3年3月にT大学医学部を卒業し、平成9年4月同大学博士課程に入学した女性であり、被告は、昭和28年9月生まれの男性で、平成8年1月にT大学医学部講師となり、原告の指導教官の場にあった。

 平成10年5月21日、京都で行われた日本神経学会で翌日発表する予定であった原告は、被告に発表内容の点検を求め、被告の宿泊するホテルのバーで1時間程度指導を受け、その後被告は、男女の関係として親密になりたいとの思いから原告を自分の部屋に誘った。部屋に入って15分から20分程度話をした後、被告は原告に抱きつき、原告が「先生、だめです。酔っているでしょう。」と言って離れようとしたが、被告は「一緒に寝ようよ。」などと言い、仰向けに倒れた原告の上にうつ伏せにのしかかった状態になった。原告は、被告の行為を中止させるために、「私がもし初めてだと言ったらどうするんですか。」と言ったが被告が離れなかったので、原告は被告を押しのけて起き上がった。ところが被告は再び原告に抱きつき、のしかかってきたので、原告は被告を押しのけて立ち上がったが、被告は「もう1回」と言って原告に抱きついた。原告は、被告が指導教官であることから怒らせてはいけないと思い、「先生、酔っているんでしょう。早く休んでください。」と言って、これを振りほどき、部屋を出た。

 同月29日、原告は被告に対し、本件行為により被告との研究はできないので、論文のテーマを変えたいと伝えたが、被告は謝罪し、思い止まるよう説得した。同年7月20日、原告と被告は話し合いを持ったが、その際被告は、原告の方に誤解を生じさせた原因があるという趣旨の発言をした。これを受けて、翌日原告は教授に対し、本件行為の概略を報告したところ、同教授は、被告に対し厳しいペナルティーを課さないで欲しいと原告に要望した。原告は、その後、本件行為に関する噂が医局内に広まっていることを知ってショックを受け、両親を交えるなどして被告や教授と話し合いを持ったが、平行線をたどり、同年12月に学内にセクハラ調査委員会ができたことから、正式な文書による謝罪とテーマ変更に対する補償等の要求を出した。

 平成11年1月4日、T大学は学部長から原告に対し謝罪文を示し、同年2月25日、被告を厳重注意処分に付し、被告は同月末日付けでT大学講師を辞職した。原告は大学の対応に納得できず、また不眠、抑鬱状態、感情の不安定を訴え、心因反応と診断されたことから、被告の本件行為によって著しい精神的苦痛を受けたとして、被告に対し、慰謝料等損害賠償880万円を請求した。
主文
1 被告は、原告に対し、金330万円及びこれに対する平成11年6月28日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 原告のその余の請求を棄却する。

3 訴訟費用は、これを8分し、その3を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

4 この判決の第1項は、仮に執行することができる。
判決要旨
 被告は、原告が異性である被告から誘われて、被告が一人で宿泊しているホテルの部屋へ赴いたことをもって、被告の性的勧誘に応じたものとみられても無理はないと主張するが、本件行為以前、原告と被告は研究以外に特別の親交がなかったこと、原告と被告の年齢差、被告に妻子があること、原告は、被告を指導教官として学問的に尊敬していたこと及び翌日の原告の研究発表に関する指導に引き続いてのことであったことを考慮すると、原告が、被告を異性として意識することなく信頼して誘われるままに被告の部屋へ行ったことは、やや無防備であったとはいえ、責められることではなく、むしろ、被告は、原告を非常に堅い家庭に育った真面目な人柄だと考えていたのであるから、シンポジウムが終了した解放感や飲酒の影響があったとしても、原告が被告の部屋へ行くことを承諾したことをもって、男女関係を持つことに同意したと即断することは、軽はずみであったというべきである。

 原告は、1年8ヶ月間に渡って継続的に被告の指導を受けてきたこと、被告の勧誘によりT大学医学部大学院に入学したこと、原告の選択した研究テーマについての指導教官としては被告が適任であったこと、被告は神経内科において、教授に次ぐ地位にあることが認められる。そうすると、被告の主観的な意図はさておき、客観的に見れば、原告と被告との間に、教育上の支配従属関係が存していたと認めるのが相当であり、原告が、夜間、被告との間で研究と無関係な会話をし、被告の宿泊する部屋に入室することに同意したとしても、それが翌日の原告の研究発表の指導に引き続いて行われたことからすれば、教育上の支配従属関係の影響を離れたものではないというべきである。このような影響下において、被告が性的意図を持ち、原告が拒絶の意思を明らかにした後もなお原告に抱きつき、のしかかるなどの全身的な接触に及んだことは、社会通念上許容される限度を超えた相手方の望まない身体的接触であり、原告の性的自由または人格権を侵害するものとして不法行為を構成する。

 本件行為に至る経緯、本件行為の具体的態様、本件行為後の被告の対応、被告の社会的地位及びその喪失その他本件に現れた全ての事情を総合的に勘案すれば、原告が被った精神的苦痛を慰謝するための慰謝料としては、300万円が相当である。そして、本件事案の内容、審理経過、慰謝料額等を考慮すると、被告の不法行為と相当因果関係を有する弁護士費用としては、30万円が相当である。
適用法規・条文
民法709条
収録文献(出典)
判例時報1759号89頁
その他特記事項