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愛知県土木建設会社事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
愛知県土木建設会社事件
事件番号
名古屋地裁 − 平成12年(ワ)第929号
当事者
原告個人1名

被告個人1名A

被告土木建築施工会社
業種
建設業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2002年01月29日
判決決定区分
棄却
事件の概要
 原告は、平成11年9月1日から被告会社に雇用されて、営業社員として勤務していた女性であり、被告Aは被告会社の現場監督である。

 原告は、平成11年11月2日から12日にかけて、被告Aからセクシャルハラスメントを受けたと主張した。それによると、同月2日、原告は被告Aから飲みに誘われて多量に酒を飲まされ、居酒屋を出た後、被告Aは飲みすぎてフラフラになった原告を自分の車に乗せ、原告が「ホテルには行かない。」と拒否したところ、「エー、うっそ―」と落胆の声を上げて、執拗にホテルに誘い、これを拒否する原告にいきなりキスをし、泥酔状態で力の出ない原告の胸を触り、陰部に指を挿入し、力づくで陰茎を唇に押し付ける等の行為を行ったが、このときは、たままたパトカーが通りかかったため解放された。その後も原告は、勤務時間中に被告Aから臀部や陰部を触られるなどの被害を受けた。また、被告会社は男女雇用機会均等法21条に基づき原告の就業環境が害されないよう配慮する義務があったのに、原告の社長らへの訴えに対し、勤務時間外の出来事であるから被告会社には関係ない、当人同士で解決すべきであるとして取り合わなかった。このため原告は、このような職場では仕事ができないと考え、平成12年1月から欠勤した。その後も被告会社社長はあくまでも二人の問題との態度をとり続けたため、原告は出社できず、被告会社は同年2月4日、原告を解雇したとのことであった。原告は、被告A及び社長の行為によって精神状態が不安定になり通院を余儀なくされ、再就職もできなくなったと主張して、被告Aに対し500万円、被告会社に対し200万円の慰謝料及び未払いの給与の支払いを請求した。
 これに対し被告らは、飲み会後の性的行為は原告が仕掛けたものであり、慰謝料を支払う理由がないこと、正当な理由なく欠勤を続ける原告への解雇は、正当なものであることを主張して争った。
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
 原告の本件欠勤及び通院をみると、前者は平成11年12月中旬ないし20日頃から、後者は平成12年2月3日からと、本件出来事から相当期間経過後に開始されており、いずれも真実本件セクシャルハラスメントによるものか疑問がある。また、通院に関する原告の訴えは、平成12年1月初め頃から症状が出現したというものであって、本件出来事直後から深い精神的ダメージを被っていた旨の原告の主張とは矛盾的な内容となっている。

 原告は、酒類に強くなく、飲酒習慣もないのに、被告Aから過度の飲酒を強いられ、泥酔のためセクシャルハラスメントに抵抗できなかった旨供述しているが、本件出来事の直後に自分で自動車を運転して帰宅しており、泥酔状態に陥っていなかったことが窺われる。したがって、原告は、真実はそうでないにもかかわらず、飲み過ぎの状態を装っていた可能性が高いというのが相当であるが、飲酒による泥酔を装うことは、異性に対する誘惑の手段として、決して稀なものではない。

 また、原告が被告会社社長と面談した際、同席したEが脅迫的言動を弄しているが、これは暴力団関係者等の恐喝の場合などの典型的な手口であって、本件はたまたま一定の性的接触があったことを奇貨として、後刻Eと原告が、被告Aの一方的行為であったかのごとく粉飾して、被告Aやその勤務先から金銭を喝取しようと企図し、本件面談等に及んだ可能性が高いとみるのが自然である。

 更に、本件出来事後の原告から被告Aへの電話については、それが真実ならば本件事件の性的接触はむしろ原告から仕掛けられたものと認められることになり、反対に本件電話の存在が否定されれば、被告Aの供述の信用性は決定的に損なわれることになるから、その存否は極めて重要な争点といってよい。しかるに原告は、本人の同意書を提出して再度電話会社の調査嘱託に協力するようにとの当裁判所の要請に対し、同意書を提出しない旨を明らかにしており、これは本件電話の存在を強く推認させる事情といわねばならない。また、原告の日記における本件出来事の記述は、業務に関する詳細な記述に比べて末尾に初めて見られるに過ぎず、原告供述等にかかる当時の精神的深刻さや混乱状態等に照らし、極めて奇異というべきであって、同日記中原告主張に沿う部分は、後で加筆された蓋然性が極めて高いといわなければならない。そうすると、本件出来事の経過等は次のようなものだったと認められる。

 原告は、入社早々に被告Aのもとに来て、被告Aを頼りにする旨の発言をし、入社祝いを要請したが、被告Aが入社祝いをせずにいたところ、原告は被告Aに対しワインや蜜柑などを贈ったことから、被告Aは平成11年11月2日に原告を食事に誘った。この時原告は居酒屋で日本酒数合を飲み、店内ではそれほど酩酊しているようには見えなかったが、店を出ると原告はフラフラの様子を見せ始め、そのため被告Aは原告の酔いを醒まさせるため自分の車に乗せ、原告を休ませようと助手席を後方に倒し、自分も運転席のシートを倒して休憩しようとした。ところが、原告は次第に「ああ、Aさん」などと言い出し、被告Aのズボンの上からその陰部を触り、更に陰茎を露出させて自ら口に含んだ。その後原告は、被告Aの手を取って自分の乳房を触らせ、更に被告Aを引き寄せてキスをした。そのために、被告Aも誘惑に耐え切れず、スカートの中に手を入れて陰部を触ったが、原告が拒絶等することはなかった。被告Aは、原告が男女関係を持ちたがっていることを理解したが、「もう遅くなったので帰ろう。」と言って、応ずる気持ちがないことを伝えた上、原告車のところへ行こうとしたところ、たまたまパトカーが通りかかったので、原告を降車させて帰宅した。一方原告は、直後に自分の車を運転して帰宅したが、被告Aの携帯電話に架電して、笑いながら。「Aさんて堅い人ね。もう家に着きました。お休み。」と連絡した。

 その後、原告は被告会社事務所内で被告Aと顔を合わせたが、本件出来事に抗議したり、被告Aを回避したりする行動はとっておらず、他方、被告Aは勤務中に原告の臀部を服の上から5,6回触ったが、これは本件出来事を受けての男女間の親愛の感情から出たものであり、原告もこれに嫌悪する態度は見せなかった。ところが同年12月初め頃から原告は被告Aに一切口をきかなくなり、20日頃から被告会社を欠勤するようになった。そして原告は被告会社社長の妻に被告Aのわいせつ行為を訴え、更に知人の男性Eを同席させて社長と会うなどの接触をした。

 このときのEの態度は、「彼女は精神的ショックを受けて、会社に行けない。どうしてくれる」「Aの家庭も崩壊するぞ。」「世間に知れたら、会社も問題だ。」などと言い、自分の言うことを聞かないと被告らの家庭や営業にいかなる事態が及びかねない趣旨を暗示して、威圧的な口調で一方的に要求し、「Aに謝罪させよ。」「謝罪文を書け。」などと、まず被告ら側が非を認める行為をせよとの要求を繰り返していたほか、「舎弟が迎えに来ている。」と、暴力団とのつながりを誇示したりした。その後Eは、「200万円や300万円で話がつけられることじゃない。最低でも700万円か800万円だ。」などと具体的な金銭を要求し始め、畏怖した被告らが30万円支払う旨の申出をしたのをはねつけ、「サラリーローンから金を借りろ。」「裁判になると200万円や300万円では済まんぞ。」などと威圧的に金銭の支払いを要求した。このため、被告Aは警察署に、恐喝の被害を申告した。
 上記認定の経過によれば、本件出来事の際の性的行為は、原告側から積極的意思に基づいて仕掛けたものであって、被告Aが一部これに応じた部分があったとしても、原告は当然にこれを承諾しており、また、被告Aが勤務中に原告の臀部を触った点も、本件出来事を受けての親愛の情に基づくものであって、原告も黙示的に承諾・宥恕していたと認めるのが相当であるから、本件セクシャルハラスメントに該当する事実はいずれも認めることができない。また、本件セクシャルハラスメントを前提として、被告会社ないし社長に、雇用主として原告に対する何らかの義務の懈怠があるということもできないから、本件欠勤が被告会社の責任によるということはできず、本件解雇の権利濫用をいう原告の主張も直ちに採用できない。
適用法規・条文
収録文献(出典)
その他特記事項