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コンピュータ会社本部長解雇事件
- 事件の分類
- セクシュアル・ハラスメント
- 事件名
- コンピュータ会社本部長解雇事件
- 事件番号
- 東京地裁 − 平成15年(ワ)第20194号
- 当事者
- 原告個人1名
被告コンピューター関連会社 - 業種
- 製造業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2005年01月31日
- 判決決定区分
- 棄却(控訴)
- 事件の概要
- 被告は、電子計算機、通信機器等の研究開発及び製造等を目的とする会社であり、米国本社の子会社であって、平成14年11月にX社を合併した従業員数約6000人の会社である。原告は、大学卒業後、他社に勤務した後、平成11年12月にX社に入社した後、合併により被告の従業員になり、以後被告の金融営業本部長の地位にあった。
原告は、平成14年8月にAが原告の秘書になって以降、日常的に「やらせろよ」「胸がないから豊胸手術でも金を出してやるからしろよ」と言い、バイアグラのようなものを見せて「使ってみれば」と言った。また原告は同僚に対し、Aの面前で「Aの生理、俺が止めちゃったんだよ」と言ったほか、日常的に手を握ったり、肩を揉んだり、腰を触ったりし、会議中にお茶を入れに来たAの腰に手を回したり、膝の上に座らせたりした。平成15年1月、原告はAと食事をし、帰りに一緒に乗ったエレベーター内で、Aの意思に反して唇付近にキスをしたほか、同年5月飲食後に、自動車内でAの意思に反してキスをした。さらに、原告はAを自宅から呼び出して自動車に乗車させ、1時間にわたりAの異動の話をし、その際「俺のこと好きか」などと言ったり、手を握ったりした。
原告は、派遣社員として働いていたBに対し、日常的に「やらせろよ」「いつやらせてくれるんだ」「お前胸ないな」などと言い、サインを求めに来たBを膝の上に座らせた上、Bの胸を触ったほか、退社するBを待ち伏せした上、自動車への乗車を強要し、助手席に座らせたBの手を握った。また原告は、職場内において、日常的に多数の女性従業員に対し、「やらせろよ」「いつやらせてくれるんだ」「胸がない」「色気がない」「バイアグラを使わないか」などと言い、肩を揉んだり、手を握ったり、膝に座ったり、自分の膝に座らせたりした。
被告は、Aからの相談を契機に、平成15年5月頃原告のセクハラ行為について事情聴取を行ったところ、上記のセクハラ行為が確認されたため、事情聴取結果を副社長に報告し、原告の解雇について同意を得た上で、持回りで賞罰委員会を開催し、原告の懲戒解雇処分を決定した。同年7月17日、被告は原告に対し、セクハラ行為についての申告に基づき持回り賞罰委員会で懲戒解雇が決定したことを通告したところ、原告は翌18日付けで、被告会長、社長らに対して、セクハラ行為は事実無根であること、原告に弁明の機会を与えず、賞罰委員会の合議もせずにされた本件懲戒解雇は無効であるとして、懲戒解雇の即時撤回を求める警告書を送付した。同月22日に開催された被告の経営会議で、社長から本件懲戒解雇手続きの正当性等について疑問が提示されたことから、弁護士立会いの下で再度事情聴取が行われた。その際原告は改めてセクハラ行為を否定するとともに、本件解雇通告の際に具体的な事実の指摘がなかったこと、十分な弁明の機会がなかったこと、適正に賞罰委員会の決定がなされたか疑問であること等主に手続き上の問題について言及したが、話し合いは平行線に終わった。被告はその後対応を協議したが、同年8月の経営会議で本件懲戒解雇の結論が維持された。そこで原告は、セクハラ行為は事実無根であること、解雇の手続きが適性でないことを主張し、本件解雇は無効であるとして提訴した。 - 主文
- 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 - 判決要旨
- 1 懲戒解雇事由の存否
使用者が従業員に対して行う懲戒は、従業員の企業秩序違反行為を理由として、一種の秩序罰を課するものであるから、具体的な懲戒の適否は、その理由とされた非違行為との関係において判断されるべきものである。したがって、懲戒当時に使用者が認識していなかった非違行為は、特段の事情がない限り、当該懲戒の理由とされたものでないことが明らかであるから、その存在をもって当該懲戒の有効性を根拠付けることはできないと解するのが相当である。もっとも、従業員の反復継続する多数の非違行為をまとめて懲戒の対象とするような場合は、後で明らかになった同種の行為はもともと懲戒の対象に含まれていたと解することができるから、例外的にかかる行為についても懲戒の有効性の根拠とすることが許されるものと解される。本件の場合、原告の反復継続する多数のセクハラ行為をまとめて懲戒の対象とするものであるから、被告が本件懲戒解雇時に認識していなかったセクハラ行為を懲戒解雇の根拠とすることも許されると解するのが相当である。
セクハラ行為についての原告とAの供述は真っ向から対立するが、Aの供述は多岐にわたり、具体的かつ詳細であり、不自然・不合理な点は見当たらない。また、Aは秘書として原告の下で勤務し、原告から概ね高い評価を得ていたことなど、原告とAとの関係からすれば、Aが虚偽の供述までして原告を陥れなければならない事情はうかがえず、Aは原告のセクハラ行為を逃れるために異動を希望していたことからすれば、Aが人事部から異動をほのめかされて虚偽のセクハラ行為を申告したとは考え難い。更に27歳で独身であったAが、原告から身体を触られたり、キスをされたと第三者に述べることは相当な心理的抵抗があると推認することができ、現に事情聴取についてはAが積極的に訴えたというものではなく、むしろ当初は供述を拒んでさえいたものであり、これらの事情に照らしてみれば、Aの供述は信用性が高いというべきである。
セクハラ行為についての原告とBの供述も真っ向から対立するが、Bの供述は具体的かつ詳細であり、酒席で酔って原告ら男性に自らの胸を触らせたことなどの不名誉な出来事についても、夫がある身でありながら正直に述べていること、事情聴取においては当初供述を拒んでいたことが認められ、これらの事情に照らすと、Bの供述は信用性が高いというべきである。
以上の通り、原告はA及びBに対しセクハラ行為を行ったことが認められるところ、その行為はいずれも悪質なものであり、また、原告は被告において役員に次ぐ地位にあり、80人の従業員を管理監督すべき立場であるにもかかわらず、立場上拒絶が困難なA及びBに対して自らセクハラ行為を行っていたのであって、その責任は極めて重い。しかも被告では、差別や嫌がらせの禁止、これに違反した場合に懲戒解雇を含む厳罰を課する旨明示するとともに、本件合併前には全管理職に対し、業務上の行動指針に関する教育を実施したほか、平成15年6月25日のイントラネット上に「セクシャル・ハラスメントのない職場づくりに向けて」と題する書面を掲示して、改正男女雇用機会均等法のセクハラに関する規定の説明、セクハラが業務上の行動指針違反、就業規則における懲戒処分に該当する不正行為とみなされ、免職を含めた懲戒処分が適用されること、管理職においてセクハラに関する法律、業務上の行動指針の規定等が遵守されるよう周知徹底すべきことを告知していた。それにもかかわらず、原告はこれらを軽視し、セクハラ行為に及んだものであり、これらセクハラ対策を講じてきた被告が、セクハラ被害を申告した者や他の女性従業員への影響を考慮して、セクハラ行為を行った者に対して厳正な態度で臨もうとする姿勢には正当な理由があるというべきである。以上によれば、原告はセクハラ行為をしたと認められ、被告就業規則に規定する懲戒解雇に該当する事由があるというべきである。
2 手続的用件の瑕疵の存否
被告においては、懲戒は賞罰委員会の合議により決定する旨定めているものの、合議方法については定めがないため、これまでも任意の方法で合議しており、本件懲戒解雇は、同委員会の委員長である副社長らに対し事情聴取の状況等を報告し、懲戒解雇に賛同する旨の意見を得て、持ち回り方式で合議がされたものである。確かに副社長が「事実なら懲戒解雇でやむを得ないが、人事として、本人に話をする必要はあると思う。」と述べたことが認められるものの、これは懲戒解雇通告の際に原告に弁明の機会を与えるべきことを示唆したに過ぎず、事実確認後に再度本件懲戒解雇の当否を判断するとの意思表示と解することはできない。
被告の就業規則には、従業員を懲戒処分するに当たって、被懲戒者に弁明の機会を与えなければならないとの規定は存在しない。確かに一般論としては、適正手続保障の見地からみて、懲戒処分に際し、被懲戒者に対し弁明の機会を与えることが望ましいが、就業規則に規定がない以上、弁明の機会を付与しなかったことをもって直ちに当該懲戒処分が無効になると解するのは困難というべきである。以上から、本件懲戒解雇は適正手続きが保証されていないから無効であるとの原告の主張は理由がなく採用できないから、本件懲戒解雇処分は有効である。 - 適用法規・条文
- 労働基準法18条の2、男女雇用機会均等法21条
- 収録文献(出典)
- 判例時報1891号156頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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