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国立女子大学教授停職処分事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
国立女子大学教授停職処分事件
事件番号
東京地裁 − 平成15年(行ウ)第526号
当事者
原告個人1名

被告国立大学法人大学長

被告国立大学法人
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2005年06月27日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(控訴)
事件の概要
 被告大学は、平成16年4月国立大学法人法に基づき設立された国立大学法人であり、原告は昭和53年に被告大学に助手として入った後、平成10年以降同大学大学院人間文化研究科の教授をしていた。

 平成11年5月、原告はゼミの女子学生2人と飲食した後、そのうちの1人Aを誘い、ホテルのラウンジで酒を飲んだ。Aはホテルを出て帰宅しようとしたところ、原告が荷物を離ないのでやむを得ずついていくと、原告は別のホテルで空室を確認し、空室がなかったことからAをタクシーで送ったが、その車内でAの体を触り続けた。

 Aが原告のこれらの行為を被告大学の助教授に話したことから、関係教授らによる事情聴取が行われ、更に原告からも事情聴取が行われたが、原告はセクハラ行為を否認した。被告大学では、人権委員会の報告を受けてセクハラ防止対策委員会で原告とAから事情聴取を行ったところ、原告によるセクハラ行為があったと判断して、平成12年3月に人権委員会にその旨報告し、同委員会はこれを受けて原告を懲戒処分に付すべきである旨被告学長宛報告をした。被告学長は、この報告を受けて原告の処分について評議会に諮り、原告を減給6ヶ月の懲戒処分に付することが適当か否かの審査を行うため、同年5月24日、同委員会は原告に対しセクハラ行為の詳細が記載された本件審査説明書を交付し、原告は同年6月、評議会で本件審査説明書について口頭陳述を行った。

 Aは、本件審査説明書について説明を受けたが、経済的制裁では軽すぎると抗議し、更に原告がセクハラ行為を否認していると聞いて、当時の状況を詳細に申し出た。それによると、原告はホテルのラウンジで、Aに対し、「私は機能できないんだ。ただ君の白い肌を見、触りながら一晩君と過ごしたい。」「君が離婚し、私も離婚し。」などと言い、ホテルの地下でキスをしたり、胸を触ったりし、Aの自宅近くの駐車場で胸を触ったり、キスをしたり、洋服を下ろそうとして逃げ出したAを追いかけてキスをしたり、下腹部に手を入れようとしたり、頭を胸につけたりしたとのことであった。

 特別調査委員会は、Aの申し出を受け、改めて事実確認の調査をし、実地調査、Aからの事情聴取、Aからセクハラ行為について相談を受けた者から事情聴取を行ったほか、原告からも事情を聴取したが、原告はセクハラ行為を否認した。同委員会は調査結果を報告書にまとめ、評議会に報告し、評議会は平成13年2月8日、原告を停職3ヶ月の処分とすることを決定し、被告学長は翌9日、原告に対し懲戒処分書及び本件処分理由書を交付した。更に被告大学は、平成13年5月10日付けで、原告に対し、当分の間すべての教育活動の停止及び大学運営への参加停止(本件停止措置)を決定し、この措置は平成16年3月31日まで、約3年間続けられた。
 原告は、処分の理由となったセクハラ行為を行っていないこと、処分について手続き的違法があることを理由として、懲戒処分の取消しと、違法な懲戒処分及び本件停止措置によって甚大な精神的苦痛を被ったとして、被告大学及び被告学長に対し慰謝料1000万円を請求した。
主文
1 被告大学は、原告に対し、金100万円及びこれに対する平成15年4月1日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。

3 訴訟費用は、原告に生じた費用の2分の1と被告大学に生じた費用を合算し、その9を原告の、その1を被告大学の負担とし、また、原告に生じたその余の費用と被告学長に生じた費用を原告の負担とする。
4 この判決は、1項に限り、仮に執行することができる。  
判決要旨
1 本件セクハラの存否

 原告とAの各供述は真っ向から対立するが、本件セクハラ行為に関するAの供述は、具体的かつ詳細であり、特段不自然・不合理な点は見当たらない。Aが本件セクハラ行為を被告大学に申し出たのは被害から4ヶ月余り後であるが、これは羞恥心のほか、Aが被告大学の博士課程の入試に失敗したばかりであったのに対し、原告が合格を左右し得る力を有しているかのような言動をしていたこと、本件ゼミにおいて扱いが悪くなることへの懸念があったこと、酒に酔った上での出来事であったことなどによるものとして十分了解することができ、事を荒立てない方が良いとの助言も影響したと考えられ、これによりAの供述の信用性を否定することはできない。

 これに対し原告は、Aの供述が合理的に説明のつかない変遷があると主張する。確かに、Aは当初、タクシー内で身体を触られたことを供述するに留まっていたところ、その後調査委員会の事情聴取の際には、原告の個々の具体的な猥褻行為を追加するに至っているが、これらは従前から述べていたことを具体的かつ詳細に述べたものであって、このことによりA供述の信用性が否定されることにはならない。また、Aの自宅付近での原告の行為はともかく、それ以外の新たに付け加えられた事実についてみれば、その供述自体、客観的事実等に反する部分はなく、特段不自然、不合理な点は見当たらない。かかる事実を当初から述べなかった理由については、Aが当初は原告の厳罰を望んでおらず、キスをされたり、身体に触れられたりしたことを積極的に述べたくないと考えたが、審査における原告の態度等に不快感を覚え、事の次第をすべて明らかにし、原告についてより厳しい処分を求めるようになったものと窺うことができ、かかる心境の変化は、セクハラ行為の被害者の心情として理解することができる。

 原告は、Aが本事件以降も原告に対する態度に変化がなく、むしろ好意的な態度をとっていたことを理由に、Aの供述には信用性がないと主張する。確かに本事件以降もAは本件ゼミに参加し、ゼミ終了後に仲間とともに原告と飲食をし、原告に対し茶器セットを贈り、本件ゼミを辞めるに当たり原告に対して指導に感謝する旨の手紙を送ったことが認められる。しかし、Aのこれらの行為は、被告大学大学院の入試に失敗したばかりであったのに対し、原告が合格を左右し得る力を有しているかのような言動をしていたことなどによるものと解することができ、茶器セットを贈ったことや手紙を出したことは儀礼的なものに過ぎず、Aの供述の信用性を否定することはできない。

 原告はセクハラ行為を否定するが、人事院の本人尋問において、「教師と学生という関係よりは、私が男であり、Aさんが女であるということですから。しかも、18,19歳ではないと。男と女の関係と言われれば、それはそうでしょうね。」と供述しており、Aを女性として付き合わせるつもりで、ホテルに誘ったことを認めている。更にホテルを出て途中で別のホテルに立ち寄り空室を確認したり、Aの自宅前でタクシーを下車したり、原告には不自然な行為が見られる。以上によれば、原告はAに対しセクハラ行為を行ったことが認められるから、本件セクハラ行為について、国家公務員として、また教育者としての自覚と責任感の欠如によるものと判断し、国家公務員法82条1項1号、3号に基づき、原告を停職3ヶ月とした本件懲戒処分は相当なものであって、取消事由は存在しないというべきである。

2 本件停止措置の違法性

 評議会は、大学の自治と学問の自由を担うため設置される機関であり、大学運営に関する措置について一定の裁量権を有していると解することができるものの、かかる裁量権も絶対無制限なものではなく、裁量の範囲を逸脱し、大学教授らの権利を不当に制約する場合は、当該措置は違法になるものと解される。ところで、大学教授にとって学生に教授することは、単なる義務に留まらず、権利でもあると解するのが相当である。また、大学に教授会が設けられ、教授がその構成員と認められているのは、大学の自治を尊重するためであり、教授である以上教授会に出席することは、義務に留まらず権利でもあると解するのが相当である。そうだとすると、たとえ評議会において大学教授の学生に教授する権利ないし教授会等大学運営への参加についてそれぞれ停止措置がとられたのだとしても、当該措置が評議会の裁量権を逸脱し、教授の権利を不当に制約する場合には、当該措置は違法になるものと解される。

 本件事案の性質、本件の懲戒処分に至る経緯に照らしてみれば、本件懲戒処分が終了した後であっても、学生全体の動揺や不安を除去し、学生の適正な教育環境を保全するため、一定期間原告に対し停止措置をとることは、評議会としての裁量の範囲内にあったということはできる。しかしながら、本件停止措置は処分の執行が終了した後約3年間に及んでいるところ、事情を考慮しても、原告の復帰のための準備期間としては、本件処分の執行が終了し、かつ、人事院の審理が終了し約1年を経過した後の平成15年3月31日までで十分であると解するのが相当である。然るに、被告大学評議会が、本件停止措置を解除することなく漫然と放置したことは、原告の教授の権利ないし大学運営に参加する権利を不当に制約するものであり、本件セクハラ行為を理由に本件懲戒処分のほか本件停止措置まで課すいわば二重処分をしたことにほかならず、平成15年4月1日以降の本件停止措置は、裁量権の逸脱があったとして違法という評価を免れない。

3 損害額
 本件停止措置のうち、平成15年4月1日から同16年3月31日(本件停止措置の解除日の前日)までの部分については違法であり、被告大学は国家賠償法1条1項に基づく損害賠償責任を免れないというべきであり、この間原告が教育者として学生に対し教育活動をすることができず、教授会にも出席できなかったために被った不利益は大きいものがあり、その他諸般の事情を総合考慮すれば、これによって原告が被った精神的苦痛を慰謝するための金額としては、100万円を下らないものと認めるのが相当である。
適用法規・条文
国家賠償法1条1項
収録文献(出典)
判例時報1897号129頁、労働判例910号72頁
その他特記事項
本件は控訴された。