判例データベース

I鉄道バス運転手解雇事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
I鉄道バス運転手解雇事件
事件番号
岡山地裁 − 昭和39年(ヨ)第308号
当事者
その他申請人 個人1名

その他被申請人 I鉄道株式会社
業種
運輸・通信業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1966年09月26日
判決決定区分
認容
事件の概要
 被申請人は、鉄道・バスによる運送事業を営む株式会社であり、申請人は昭和31年11月に被申請人に雇用され、営業係の職務に従事していた。

 申請人は、妻と長男を有し、組合の執行委員・青年婦人対策部長の地位にあったが、昭和39年2月頃、被申請人の雇用するバスガイドAと情交を結び、5,6回の情交関係を重ねた結果Aは妊娠し、その後中絶した。

 被申請人は、申請人の本件行為は、著しく風紀秩序を乱し、各職場の従業員特に女子従業員に対して影響するところが極めて大きいことから、労働協約、就業規則に規定する「不正又は不行跡なる行為があったとき」「会社又は従業員の信用を失墜したとき」に該当するとして、申請人を諭旨解雇とした。
 これに対し申請人は、Aとの情交関係は被申請人の業務とは何の関係もない私生活の場における出来事であるから、本来雇用契約の規律する領域ではなく、被申請人の懲戒権の及ばない範疇であること、被申請人においては従業員の男女の風紀を服務規律の問題として捉え、特にその厳正な保持を指示しているようなことはないこと、従来男女間の風紀問題は従業員間に数多く起こっているのに、被申請人は服務規律の問題として問責することもなく放任してきたことから、申請人の行為に限って就業規則を適用して懲戒解雇に付することは許されないと主張し、解雇無効により被申請人の従業員としての地位保全等を請求した。また、申請人は、本件解雇は申請人の組合活動を理由として、さらに組合の弱体化を狙って行われたものであって、不当労働行為であるから無効であることも主張した。
主文
 被申請人は申請人に対し、昭和39年11月17日以降毎月11490円の割合による金員を毎月26日限り支払え。
 申請費用は被申請人の負担とする。
判決要旨
 使用者は、雇用契約に基づき、労働者から労務の給付を受け、これを収益する限りにおいて労働者に対し指揮命令する権利を有する。しかして、使用者の労働者に対する懲戒権とは、使用者の指揮命令権を裏付けて企業秩序を維持し企業生産性の向上を図るため、命令の違反者に契約上の不利益を与え、もって使用者の契約上の利益を確保する性格の所謂契約罰である。したがって、その行使は目的を達成するに足る必要にして最小限の範囲にとどめられるべきであり、特にそのうちでも懲戒解雇処分は、当該労働者を企業体から排除しなければならない程に重大な事由であって、しかも排除しなければ企業秩序と企業生産の正常な運営が侵害される恐れがある場合に、懲戒事由を限定するものと解すべきである。

 申請人の本件行為が「不行跡なる行為」あるいは「従業員の信用を失墜した」ものに文言上該当することは明らかであるが、本件行為は申請人・Aの勤務外の私生活上の行為であり、直接には被申請人の企業秩序を紊乱するものではないから、一見使用者の懲戒の対象となるべき企業秩序や企業生産の阻害とは無関係のように思われないではない。しかし、被申請人には多数の年若い女子従業員がおり、かつ、これら女子従業員と男子運転手と1組になって遠距離の運行に当り、宿泊することも多いという勤務形態にあるというのであるから、たとえ業務外であっても、妻子ある男子従業員が未成年の女子従業員と享楽的な気持ちで婚姻外の情交を結ぶような風潮が起きたならば。それはいつか業務の場に持ち込まれないとも知れない状況となり、特に女子従業員にとっては職場は安心して働けない所となり、ひいては、被申請人の業務の正常な運営にも支障を来たすことになろう。したがって、申請人の行為も私生活上の行為ではあるが、やはり被申請人の企業秩序を脅かす性質を持つものというべきであるから、就業規則の条項所定の懲戒事由には該当しよう。
 諭旨解雇もまた法律観念的には懲戒解雇のうちに含まれるものであるから、その行使についても懲戒解雇の行使につき述べた法理に従ってなされるべきところ、申請人がこの種の行為を従前から公然とまた常習的に繰り返し、そのために被申請人から度々注意を受けていたような事情があるならばともかくとして、そのような事情もなく、被申請人の企業秩序が現実に侵害されたという疎明もないのであるから、本件行為をもって申請人を企業秩序から排除しなければならない程に悪質な事由とすることはできない。そうすると、申請人の本件行為は、就業規則にいう懲戒事由には一応該当するとしても、解雇には値しないものというべきであり、本件解雇は、就業規則および労働協約の適用を誤ったものとして無効である。
適用法規・条文
なし
収録文献(出典)
労働関係民事判例集17−5−1223
その他特記事項