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K観光解雇仮処分控訴事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
K観光解雇仮処分控訴事件
事件番号
東京高裁 - 平成5年(ネ)第5384号
当事者
控訴人個人1名

被控訴人株式会社K観光
業種
運輸・通信業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1995年02月28日
判決決定区分
原判決取消、認容(確定)
事件の概要
被控訴人の観光バス運転手である控訴人がバスガイドMと2度の情交関係を持ったことが、Mが作成し被控訴人に提出した手紙(本件手紙)によって被控訴人の知るところとなり、被控訴人は情交関係を理由として、昭和61年8月17日に控訴人を普通解雇した。これに対し控訴人は、解雇事由とされたMとの情交関係が存在しないとして本件解雇の無効を主張するとともに、被控訴人(被告会社)及び被告A、B、Cに対し慰謝料並びに未払いの賃金及び賞与相当額の支払いを請求した。
 本件情交関係の相手方とされたMは、第1審に先立つ仮処分においては情交関係を肯定し、これを受けて本件解雇が有効とされたが、Mは本訴第1審になって供述を翻し、控訴人との情交関係を否定するに至った。しかしながら第1審においては、情交関係を否定したMの証言は信用できないとして、情交関係の存在を認め、控訴人(原告)の請求を棄却した。これに対し控訴人(原告)は、被控訴人(被告会社)を相手に、従業員としての地位を有することの確認と、慰謝料700万円及び賃金、賞与の支払いを請求した。
主文
1 原判決を取り消す。

2 控訴人が被控訴人に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

3 被控訴人は、控訴人に対し、金2310万8535円及び昭和63年12月1日以降毎月27日限り1ヶ月金33万8300円の割合による金員を支払え。

4 訴訟費用は、第1、第2審を通じ、被控訴人の負担とする。
5 この判決の第3項は、仮に執行することができる。
判決要旨
1 本件解雇事由の存否

 高校卒業直後の女子が、自己の勤務先に提出されることを承知したうえ、ありもしない控訴人との情交関係の事実を捏造し、自己の恥を勤務先に晒すことに如何なる利益があるかについては、社会常識から大いに疑問が残るところであるが、本件手紙が提出される直前に、控訴人と同僚A、Bが、温泉で控訴人とMとの情交関係等をめぐって激しく口論したこと、AはMが控訴人との情交関係を認めれば控訴人が首になるが、Mがこれを否定すればA及びBが被控訴人会社を辞める旨述べ、控訴人も同人らを首にしてやると述べたこと、Aの勧めに対しMは3回ほど断ったが、名前を出さないとの約束で不承不承手紙の提出に応じたこと、当時MはAと格別な親密関係にあり、就職の保証人等平素から世話になっていたこともあって、これを断りきれなかったことが認められ、これとAの控訴人への極めて強い憎しみの情を考え合わせると、本件は温泉での口論の行きがかり上、AがMを利用し、情交関係の事実を捏造して控訴人を解雇に追い込むためにMに手紙を書かせた上、本件仮処分時にはこれに沿うような証言をし、これを覆さないよう働きかけたものと推認することができ、この推認によって、初めて疑問は解消できるものと考える。

 本件手紙によると、Mは控訴人と初めての勤務の日に1回目の情交関係があったことになり、常識に反すること、(2)2回目に情交関係があったとされる日は、両者の行動時間からみて出会う可能性は少ないこと、(3)控訴人から2回にわたり同一ホテルで情交関係を強要されたとするMが、2度の調査によってもそのホテルを特定することも、位置の概略を示すこともできず、その前に立ち寄ったとされる飲食店の名前も位置も示せなかったこと、(4)Mは関係を強要されたと言いながら、控訴人から「口止め料」を受領していること、(5)Mは1回目の行為直後控訴人を糾弾していないだけでなく、2回目の控訴人からの誘いに安易に応じているのも奇異であり、しかもその直後にも控訴人を糾弾する手立てを取っていないこと、(6)2回の情交関係の状況についての証言は曖昧なところが多く、事実を裏付けるような具体性のあるものではないこと、(7)何よりも、本件手紙が被控訴人に提出された時期が、情交関係があったとされる日から少なくとも8ヶ月以上を経ていることなど、多くの疑問があり、本件手紙及び証言をそのまま採用することはできない。また、情交関係の直後にMから事情をを聞いたとする同僚Nの陳述書の内容は、食後お酒が入っていたため控訴人についてホテルに行ったという程度であって、控訴人に情交関係を強要されたというものではないほか、漠然とした内容であり、控訴人とMとの情交関係を客観的に裏付けるものとは言い難い。

 以上のほか、控訴人が調査の当初から一貫してMとの情交関係の事実を否定していることを合わせ考慮すると、本件手紙及び本件仮処分事件におけるMの証言は虚偽であると解するのが相当であり、他方、本訴におけるMの証言及び陳述書には、その内容の変遷の経緯を考慮に入れても、信用性があるというべきである。そうすると、本件解雇の事由とされた控訴人とMとの情交関係の事実は、これを認定するに足りず、かえってその事実は存在しなかったものと認められる。したがって、本件解雇は、その解雇事由が存在しないから、無効である。

2 被控訴人の不法行為責任

 控訴人は、強く事実無根を訴え、一貫して本件手紙はデッチ上げであると主張しており、本件解雇予告後も、更に事実の調査を遂げて欲しいと訴えていたが、被控訴人の担当者は、本件手紙提出の経緯の不自然さを知っており、またA及びBが本件に関与していることを知っていたか、容易に知り得たにもかかわらず、控訴人の繰り返しの訴えを無視し、本件手紙とMの陳述のみを一方的に採用した上、短時日のうちに本件解雇を決定したことが認められる。

 被控訴人は、A及びBの事情聴取、同人らと控訴人との対質、Nの調査及び控訴人との対質等の機会を与えるなど、控訴人とMとの情交関係の事実認定につき更に慎重な態度で臨んだとすれば、温泉での控訴人とA及びBの口論が発端であり、本件手紙が事実の捏造の結果であることを知り得たか、少なくとも、情交関係の存在を認定することが難しいとの判断に至ったものと考えられるのであって、本件解雇事由が存在するとの被控訴人の担当者の認定は、いかにも杜撰であって、相当ではなく、本件解雇を行うにつき、担当者に過失があったものということができる。

以上によれば、本件解雇は、被控訴人の担当者の過失に基づき、控訴人から、本来継続して有すべき被控訴人との雇用契約上の地位を失わせたものであって、不法行為を構成するものというべきである。

3 損害額

 控訴人は8年以上の長きにわたり、本件解雇の無効を訴えて被控訴人と抗争することを余儀なくされ、この間、バスガイドとの情交関係という不名誉な事由により解雇された者として、就職もままならず、右のような社会的評価に甘んずるほかなかったこと、本件解雇により、唯一の生活の糧を失い、家族の養育、住宅ローンの返済のため、知人から借金をして凌いで来ざるを得なかったことが認められ、本件解雇に至る経緯その他本件に現れた一切の事情を考慮すると、控訴人は右不法行為により精神的苦痛を受けたことは明らかであるところ、これを慰謝するためには700万円をもって相当と認める。
 本件解雇は無効であり、控訴人は被控訴人との雇用契約上の権利を有する地位にあることが明らかである。そして、控訴人が本訴において請求している月例賃金及び夏期、冬期ボーナスは以下の通りであり、控訴人の賃金及び賞与の請求は全部理由がある(金額 略)。
適用法規・条文
なし
収録文献(出典)
判例タイムズ893号152頁
その他特記事項