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N鉄道観光バス運転手懲戒解雇事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
N鉄道観光バス運転手懲戒解雇事件
事件番号
福岡地裁 − 平成6年(ワ)第4291号
当事者
原告個人1名

被告N鉄道株式会社
業種
運輸・通信業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1997年02月05日
判決決定区分
棄却(控訴)
事件の概要
 被告は、鉄道やバス等による旅客運送を営む株式会社であり、原告は被告に雇用され、観光バス運転手として勤務していた。

 平成4年3月にバスガイドとして被告に入社したMと原告は、平成5年6月2日から3泊4日の貸切勤務についた。初日の夜、Mは原告に挨拶して部屋に帰ろうと思い、原告の部屋に入ったところ、原告は飲酒しており、同僚から泊りがけの仕事であれば運転手の機嫌を損ねてはいけないと聞いていたMは、原告をそのままにして自室に引き上げるのを控え、原告の部屋でびわを食べていた。原告は、しばらく飲酒を続けた後横になり、Mの手を取っていきなり引っ張ったので、Mは重心を崩して原告の上に倒れこむような形になった。原告はMに強引にキスをし、なおも「やめてください。」というMの上になって下着をたくし上げ、乳房に触り、首筋と胸を舐めるなどの猥褻行為をした。Mが「会社に言います。」と言うと、原告は手を止めたものの、「さみしいけん一緒に寝て。」などと言って更にMを引き止めたが、Mはこれを断って自室に戻った。
 被告は、Mに対する猥褻行為を理由として原告を懲戒解雇したが、原告は懲戒解雇理由が存在せず、解雇権の濫用があること、解雇に当たって労使協議会が開かれていない重大な手続き違反があること等により本件解雇は無効であるとして、雇用契約上の地位の確認を求めるとともに、解雇提案期間中の夏期賞与及び懲戒解雇後の賃金の支払いを請求した。
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
1 懲戒解雇の理由の有無

 バスガイドに対する猥褻行為は、貸切勤務に同乗する運転士とバスガイド相互の信頼関係を阻害するとともに、バスガイドの業務一般に対する不安を増大させ、また、表面化すれば被告の名誉・信用を低下させるものと認められる。更にMが未成年であり、特に落ち度も認められないことからすれば、酔余とはいえ、本件行為の情状は極めて重いと評価される。したがって、本件行為は就業規則に定める懲戒解雇事由「他の社員に対し暴行脅迫を加え又はその業務を妨げたとき」に該当する。また、被告は運転士に対し、再三にわたってガイドに対する猥褻行為禁止についての指導を行っており、原告もその指導を受けたことが認められ、本件行為はその指導に反するものであるから、就業規則の懲戒旗鼓事由「上長の職務上の指示に反抗しもしくは会社の諸規程、通達などに故意に違反しまたは越権専断の行為をしたとき」にも該当する。

2 解雇権濫用の有無

 原告は、交通事故を起こした運転士が懲戒解雇されていないことに比して、原告に対する処分が重きに失すると述べて、解雇権の濫用を主張するが、交通事故と猥褻行為は被害法益、行為態様において異質のものであり、抽象的にその処分の軽重を論ずべきものではなく、当該具体的行為に基づき解雇権の濫用であるか否かを判断すべきである。本件はバスガイドに猥褻行為をしたという事案の悪質性に加えて、運転士とバスガイド相互の信頼関係を阻害し、ひいては被告の名誉・信用を毀損するものであって、その責任は重いと評価できるから、解雇権の濫用ということはできない。

 原告は、本件懲戒解雇は労働協約で定められた労使協議会の決定によらずになされており、重大な手続的瑕疵があるから無効であると主張するところ、被告は、本件行為を理由に原告を懲戒解雇する旨労働組合に提案し、労働組合は独自に調査をした上、被告に対し懲戒解雇を相当と判断した理由を尋ね、これに対する回答を受けて平成5年10月22日、原告の懲戒解雇を承認する旨の回答をし、被告は翌日原告を懲戒解雇したことが認められる。

 労働協約では、諭旨解雇又は懲戒解雇は、労使協議会で決定すると定めており、本件懲戒解雇の手続きにおいて労使協議会は開かれていないが、労使協議会の決議の方法について具体的に定められていないことからすれば、労使協議会の「決定」とは、労使の意見の一致を意味するものと解すべきである。したがって、正式に労使協議会を開くことなく行われた懲戒解雇処分であっても、その前段階として組合に対する提案がなされ、これに関する組合の独自調査、会社への質問と会社の応答など、実質的に協議が行われたと評価できる過程を経て組合による同意がなされた場合は、懲戒解雇に関する労使間の意見の一致を労使協議会の決定に代えたとしても、事前協議制としての労使協議会制度の趣旨に反するとまでは言えず、懲戒解雇の効力に影響を及ぼすものではないと考えられる。本件における被告の組合に対する原告の懲戒解雇の提案から組合の質問、被告の回答という一連の経過は、実質的に協議が行われたと評価するに足りるものであり、最終的に組合による承認があったのであるから、これをもって労使協議会の決定に代わるものと解すべきである。

3 夏期賞与金不支給処分の効力
 賞与といえども、労働協約、就業規則などの規定に従って支給が具体化されたものは労働の対償となった賃金といえるのであるが、支給するか否か、額、算定方法などが使用者の裁量に委ねられ、具体化されていない段階では未だ賃金としての性質を有していないというべきである。解雇提案中の者の賞与について定めた確認書の規定は、解雇提案中の者に対する臨時給与については労働協約及び就業規則に定める給与ないし賃金と別に取扱い、支給自体の有無、支給額、その算定方法等について被告の裁量権を留保することを定めたものと解するのが相当である。したがって、出勤停止を命じられた解雇提案中であった原告の夏期賞与金は、未だ賃金としての性質を有するに至っておらず、確認書の定めに従って右賞与金の支給をしなかったとしても、労基法91条違反の問題は生じないと考えられる。また、同様に右賞与金の不支給は給与の減額とはいえず、夏期賞与金の不支給処分自体が懲戒処分としての性質を帯びるものでもないから、不支給が本件行為を理由とするものであったとしても、本件懲戒処分との間で一事不再理の問題を生じないことも明らかである。
適用法規・条文
なし
収録文献(出典)
労働判例713号57頁
その他特記事項
本件は控訴された。