判例データベース

T水産解雇事件

事件の分類
解雇
事件名
T水産解雇事件
事件番号
横浜地裁川崎支部 − 平成14年(ヨ)第74号
当事者
その他債権者 個人4名
その他債務者 T水産株式会社
業種
製造業
判決・決定
決定
判決決定年月日
2002年12月27日
判決決定区分
却下
事件の概要
 債務者は、農畜産物の購入、製造、加工及び販売を目的とする株式会社であり、債権者らは川崎工場において採用され、同工場で勤務していた日給月給制の女性従業員である。

 債務者は、平成14年1月に川崎工場の第一工場を、3月に第二工場を閉鎖し、日給月給者に対し、異動先は片道2時間以内の埼玉や千葉工場を念頭において欲しいと説明し、債権者らに対しても2度の個人面接を行い、異動先候補として相模工場を提案したが、結局通勤は困難ということで債権者らは転勤を断った。そこで債務者は債権者らに対して割増退職金を受け取って退職するよう提案したが、債権者らがこれを拒否したため、就業規則の「業務上やむを得ない事由のあるとき」に該当するとして、債権者らを同年3月31日をもって解雇した。なお、川崎工場の閉鎖に伴い解雇された従業員は債権者ら4名のみであり、債務者就業規則には、月給者については転勤、出向、関係会社への転籍を命ずる旨の規定があるが、日給月給者については、このような規定はない。
 債権者らは、日給月給者は期限の定めのない常勤の正規従業員であるという点で月給者と全く同様であるのに、住宅手当と家族手当が支給されていないことから明らかなように、女性に対する偏見に基づき、女性を差別するために作られた制度であり、日給月給者には男性も含まれているものの、工場閉鎖に伴う失職者は圧倒的に女性が多いことからすれば、本件解雇は、債権者らが日給月給者であること、すなわち女性であることから解雇したものと認められるから、本件解雇は公序良俗に反して無効であると主張した。また、債権者らは、川崎工場の閉鎖は債務者の新工場展開として業務拡大政策に伴うものであり、人員削減の必要性は全くなかったこと、債権者ら日給月給者は、長期雇用システムの下にある正規従業員であるから、転勤、出向、転籍などあらゆる手段を講じて雇用を保障すべきであるのに、雇用保障の措置を一切講じなかったこと、債務者は団体交渉において、多数ある転勤、出向の可能性についての協議を尽くさなかったこと、債務者は日給月給者の一部については債権者らに紹介しなかった職場へ異動させており、日給月給者の中において露骨な差別的取扱いをしたことを主張し、本件解雇は解雇権の濫用により無効であるとして、債務者の従業員としての地位保全を請求した。
主文
1 債権者らの申立てをいずれも却下する。
2 申立費用は債権者らの負担とする。
判決要旨
1 公序良俗違反による無効について

 我が国では、賃金形態の相違により日給月給制、月給制、日給制、時間給制、年俸制があり、一般に日給月給制とは、毎月の給与の額は決まっているが、有給休暇以外の欠勤が生じた場合、その分を日割りで給与から差し引く方法であって、日本の会社の大部分は、この日給月給制を採用しており、月給制とは、毎月の給与の額が決まっており、欠勤しても全額が支払われるというものである。

 債務者では、月給者については、将来幹部従業員になることを期待し、あらゆる事業所及び関係会社等で就業することを前提に採用しているのに対し、日給月給者については各事業所において独自に採用し、就業場所も各事業所に限定している。また月給者と日給月給者には同一の就業規則が適用されているが、給与規定、退職金規定は別々に定められ、基準内賃金、基準外賃金、欠勤、早退等の場合の減額等について異なった取扱いがなされている。そして債務者においては、女性のみならず男性も日給月給者として雇用されている。以上のことからすれば、日給月給者の制度は女性を差別するための制度とは認められず、女性を差別する不当なものということはできない。この点に関し、債権者らは男性にのみ月給者に昇格する道が開かれている点を指摘するが、債務者においては過去10年間に男性20名、女性7名が日給月給者から月給者に資格変更していることに照らせば、債権者らの主張は採用できない。

2 解雇権の濫用による無効について

 解雇は労働者の生活の基盤を失わせるという重大な結果をもたらすものであることからすれば、解雇権の行使が客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当として是認することができない場合には、権利の濫用として無効となるべきことはいうまでもない。したがって、本件においても、解雇権の行使が濫用に当たるか否かの判断においては、川崎工場閉鎖の必要性、解雇回避努力の履践、労働者への説明義務の履践等の諸般の事情を総合考慮して判断するのが相当である。

 川崎工場は老朽化し、安全衛生上問題があり、敷地が狭隘である等により工場の立替えによりこれらを合理的に解決することはできないことから、同工場の閉鎖を決定した債務者の経営判断が合理性を欠く不当なものであったということはできない。債務者は川崎工場の閉鎖に当たり、債権者らに対し、月給者と同様できる限りの雇用確保の努力をすべきであるところ、債権者ら日給月給者の従業員に対しては、月給者と異なり出向を検討、提案せず、個人面接により個別に対応したのみであり、転居を要する転勤を拒否した債権者らに対しては、相模工場以外の職場を提案することなく、その結果日給月給者86名中48名が任意退職し、原告ら4名が解雇されたことが認められる。しかしながら、債権者らが相模工場へ通勤するためには片道2時間余を要することから、かなりの困難を強いるものであったことは否定できないものの、同工場は債務者の工場中では川崎工場から最も近く、業務内容や雇用条件も従来通りとすることが可能な職場であったこと、債権者らの経験、能力に照らすと川崎近郊の職場は受け入れが困難であったことからすれば、債務者が債権者らに対し、相模工場以外への転勤等を提案する現実的な可能性はなかったというべきであるから、債務者の対応が解雇回避の努力を欠き不当とまではいうことができない。更に本件解雇に至るまで、債務者は債権者らが属していた労働組合と6回にわたる団体交渉を行い、団体交渉の場で、債権者らに対し相模工場以外の転勤を提案できない理由を説明し、解雇後も2回の団体交渉を行って債権者らを解雇せざるを得なかった理由等について説明していることからすれば、債務者の対応が不当なものであったとまでは認めることができない。
 以上のことに加え、債務者は、債権者らに対し、相模工場へ転勤するための転居費用を負担することを提案するほか、退職する場合には会社都合の退職金に基本給の2ヶ月分を加算した割増し退職金を払うこと、再就職支援会社の利用を提案していることなどの諸事情をも併せ考慮すれば、本件解雇は解雇権を濫用したものであるとは認めることができず、就業規則の「業務上やむを得ない事由のあるとき」に該当し有効であるというべきである。
適用法規・条文
収録文献(出典)
労働経済判例速報1832号3頁
その他特記事項