判例データベース
Nセンター雇止事件
- 事件の分類
- 雇止め
- 事件名
- Nセンター雇止事件
- 事件番号
- 東京地裁 − 平成14年(ワ)第14488号
- 当事者
- 原告 1名
被告 Nセンター - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2003年10月31日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却(控訴)
- 事件の概要
- 被告は、財団法人貿易研修センターの付属機関として昭和62年5月に設立された権利能力なき社団であり、原告は英国人女性で、平成8年7月1日から被告に雇用された。雇用期間は同日から1年間であり、平成9年6月1日までにいずれかの当事者から異議がない限り自動的に更新されることとされていた。その後平成14年6月末日をもって雇用契約を終了する旨の本件通知まで、契約更新の手続きは一切行われずに雇用契約が更新されてきた。
原告は第1子、第2子を出産した際には産前産後休暇のみ取得し、第3子の出産に当たっては産後休暇に続いて平成14年4月12日から平成15年2月14日までの育児休業を請求したところ、被告は平成14年3月14日付けの書面により「原被告間の雇用契約は1年契約であり、育児休業法の適用はない。原告との雇用契約は同年6月末で終了し、更新しないが、特例として同月末まで出社がなくても給料を引き続き支払う。」旨回答した。
これに対し原告は、初期契約が更新された平成9年7月1日からは期間の定めのない正規職員として雇用されてきたので、育児休業の資格があると主張した。
平成14年4月17日、原告と被告事務局長が話し合ったが、労働契約に期間の定めがあるか否かで対立し、合意できなかった。そこで被告は原告に対し、希望通り平成15年2月14日まで無給の特別休暇を与え、同休暇が終わり原告が職場に戻ったときに、原告の労働条件について話し合いをする旨提案したが、原告は自分は正規職員であり、育児休業を取得する権利があるとして、これを拒否した。その後、両者の間で話し合いが持たれたが合意に至らず、結局同年5月29日付けで、同年6月末で雇用契約を終了させる旨の本件通知がなされた。
原告は、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認、平成14年7月からの賃金の支払いを求めるとともに、被告による育児休業拒否により、産後休業明けから出勤することを余儀なくされたこと、出勤したところ机やパソコンがなく、仕事も与えられなかったことから精神的苦痛を受けたとして、慰謝料500万円及び弁護士費用100万円の支払いを請求した。
これに対し被告は、原告被告間の雇用契約は期間1年の有期契約であり、原告も異議なく契約をしていること、原告の業務はフランス人幹部の英語の補佐であり、一時的なものであり、原告が担当すべき業務が減少していること、被告の財源上1年を越える継続的な支出は想定できないことを主張して、原告に対する本件通知によって雇用契約は終了したと主張した。 - 主文
- 1 原告が、被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 被告は、原告に対し、平成14年7月16日から本判決確定に至るまで、毎月16日に42万1500円、毎年3月16日に21万0750円、毎年6月16日に92万7300円、毎年12月16日に105万3750円及びこれらに対する各支払い期日の翌日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告は、原告に対し、50万円及びこれに対する平成14年7月1日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 原告のその余の請求を棄却する。
5 訴訟費用はこれを3分し、その1を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
6 この判決は、第2,3項につき、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 原告被告間の労働契約における解雇権濫用法理の適用の有無
原告は、被告から、期間の定めが記載された契約書の案を示されてこれを異議なく承諾したことが認められるから、初期契約は期間の定めのある労働契約であったものと認めるのが相当である。
本件初期契約は、平成9年7月1日をもって自動更新されたが、本件は、同年6月1日までにいずれかの当事者から異議がない限り自動更新される旨の初期契約の条項によって契約更新されたもので、民法629条1項に基づく更新ではないから、更新後の労働契約の期間の定めの有無は、初期契約における当事者の意思解釈の問題である。本件では、初期契約の契約書には更新後の労働契約の期間の定めについて何ら記載がないから、その前後の当事者の言動等により客観的合理的に決するほかないというべきである。本件では、初期契約の締結後、本件通知までの約6年間書面でも口頭でも更新手続きが一切なかったこと、平成14年3月14日付け書面までの間、原告被告間の労働契約に期間の定めがあることを確認する手続きは一切なかったこと、原告の昇給が初期契約の更新時期とは無関係な時期に行われていたこと、原告以外の有期雇用従業員は毎年度契約書を作成して更新手続きをしていたが、原告には契約書作成はおろか口頭での更新意思の確認すらなかったことを総合すると、初期契約における当事者の意思は、初期契約の更新後は期間の定めのない労働契約として存続することとしたものであったと認めるのが相当である。被告は、財源が政府や民間団体による補助金等によるもの、EU側の1年限りの契約によるものであって、1年を越える労働契約を締結することはできないと主張するが、被告には1会計年度を越えて繰り越される資金が存在することが認められるから、被告の財源が1年単位で確定することから直ちに被告が1年を越える継続的な支出を想定することができないとまではいえない。
以上から、原告被告間の労働契約は、平成9年7月1日以降、期間の定めのない労働契約として存在していたものであるから、解雇権濫用法理の適用があり、かつ原告は、育児休業法2条1項にいう「労働者」に該当するというべきである。
2 本件通知による解雇ないし雇止めの有効性
被告は、本件通知は被告の財政上の危機による人員削減としてなされたと主張するので、本件解雇はいわゆる整理解雇に当たるものである。整理解雇が専ら使用者の都合でなされ解雇される労働者に落ち度がないこと、また労働者は自らに落ち度がない限り雇用され続けると考えるのが普通であり、この信頼を保護すべきであることから、整理解雇が有効であるためには、人員削減の必要性があるとともに、人員削減の必要性の程度に応じて当該解雇を是認できるだけの解雇回避努力がされていることが必要である。これらが認められない場合には、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当として是認できないから、権利の濫用として無効になるというべきである。
本件では平成14年当時、被告に経費節減の必要性があったことは認められるが、それは受入研修事業を行う日本側の負担の増大であり、EU側が人件費を全額負担する人員を削減する必要性は相対的に低かったものと認められ、EU側の財源で雇われている原告について、人員削減の必要性は高いとはいえないと認められる。他方、被告の日本側の冗費削減のために最も検討すべきとされた東京セミナールームの賃貸借の解除は行われておらず、被告の解雇回避努力義務は十分とはいえない。また、被告は5名の退職に伴い、3名を新たに雇用して業務に従事させているところ、原告にその業務の一部を割り当てる打診すらしていない。以上から、本件解雇は、人員削減の必要性が高くなく、人員削減の必要性の程度に応じて当該解雇を是認できるだけの解雇回避努力義務がされたとはいえないから、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当として是認できず、権利の濫用として無効になるというべきである。
3 育児休業拒否及び本件通知による不法行為の成否
被告は、本件特別休暇の提案は、実質的に育児休業法による育児休業を与える申出と評価できると主張するが、育児休業法による育児休業は法定の除外事由がない限り拒否することはできないとされ、休業時期の変更は法定の場合以外はできないとされ、育児休業取得を理由とする不利益取扱いが禁止され、育児休業中は雇用保険法上休業前賃金の40%に当たる育児休業給付が受給できる等の権利が認められているところ、育児休業と実質的に同等であるというためには、これらの要件をすべて満たすか、満たし得るものでなければならない。ところが本件特別休暇の提案は、育児休業後の労働条件について明示していないだけではなく、育児休業後の賃金その他の労働条件を変更することが前提になっており、不利益取扱いを受けない保障がないものであり、かつ、休業期間についても数日の変更を伴うものであるから、育児休業と同等の休暇の付与とはいえない。使用者は、育児休業法2条1号の「労働者」に対しては、法定の除外事由がない限り、育児休業申請を拒んではならないものであり、被告が原告の育児休業申請を拒否し、本件特別休暇の提案しか行わなかった行為は、違法の評価を免れないというべきである。
原告と被告との間の労働契約が6年間継続し、その間更新の手続きがなく、被告はこれを知っていたか、知り得たと推認できるところ、これらの事実を認識していれば、本労働契約が期間の定めの有無は別として、期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態になっていることは容易に判断できるから、これを認識しつつ原告に対する育児休業の付与を拒否した被告事務局長には故意又は過失がある。
被告の育児休業拒否によって、原告は生後2ヶ月の第3子を預けて出勤せざるを得なかったこと、出勤しても仕事をほとんど与えられず、机もパソコンもない状態であったこと等を総合すると、原告の精神的苦痛による損害は、労働契約上の権利を有する地位の確認及び賃金の支払いのみによっては補填されないというべきである。他方、被告が原告の育児の便宜のため特別休暇の付与を申し出たこと、被告が代理人を通じて退職に伴う補填を含んだ和解案を提案する等解決に向けての一応の努力を行ったこと等をも一定考慮すると、被告の行為と因果関係のある原告の精神的苦痛の慰謝料は40万円とするのが相当であり、弁護士費用としては10万円を認めるのが相当である。
本件通知は、解雇権を濫用したものであり、解雇として無効であり、原告の労働契約上の権利を侵害するものとして違法である。しかし、本件通知による原告の精神的苦痛による損害は、解雇後の賃金の支払い及び労働契約上の権利を有する地位の確認によって補填、慰謝されると認められるから、本件通知による慰謝料請求及び弁護士費用請求は理由がない。 - 適用法規・条文
- 育児・介護休業法5条
- 収録文献(出典)
- 労働判例862号24頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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東京地裁 − 平成14年(ワ)第14488号 | 一部認容・一部棄却(控訴) | 2003年10月31日 |
東京高裁 - 平成15年(ネ)第5943号、東京高裁 - 平成16年(ネ)第597号 | 棄却 | 2005年01月26日 |