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S医薬品会社寡婦嘱託雇止め事件

事件の分類
雇止め
事件名
S医薬品会社寡婦嘱託雇止め事件
事件番号
静岡地裁浜松支部 − 平成16年(ワ)第201号
当事者
原告 個人1名
被告 株式会社
業種
製造業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2005年12月12日
判決決定区分
棄却(確定)
事件の概要
 被告は、医薬品の製造・販売業を営む株式会社であり、原告の夫は被告の従業員であったが、平成4年9月に通勤災害により死亡したことから、従業員遺族の生活を保障するための寡婦嘱託制度により、原告は平成5年2月に被告の嘱託として採用され、契約期間1年で毎年労働契約書の更新を繰り返し、11年間勤務してきた。

 平成13年5月に、被告社長から業務改革の方針が示され、その一環として平成14年1月8日付けで、定型嘱託及び臨時従業員を同年5月15日付けで雇用停止すること、嘱託社員・臨時従業員・派遣社員について同年4月以降採用を原則停止することとされた。この時点では寡婦嘱託の扱いは決まっていなかったが、同年4月、寡婦嘱託について、解嘱、雇止めの時期を平成16年3月31日とするが、それ以前に60歳に到達した場合と、その段階で、まだ満18歳未満の子がいる場合は例外とする方針が決められた。そして、平成14年12月、寡婦については、解嘱・雇止めの時期を平成16年3月末日とするが、満18歳未満の子供がいる場合は、子供が満18歳に到達した年度の3月末日までとし、平成16年3月末日までに寡婦本人が60歳に到達する場合は、60歳到達日の当月末とすることとされ、平成16年3月末日において、遺児がまだ幼い1名以外の原告を除く8名の嘱託契約が終了した。
 被告は、平成14年5月、原告に対し、業務改革の一環として上記寡婦嘱託の雇止めについての方針を説明し、原告の場合は平成16年3月末日に雇用が終了すると述べた。しかし、原告は、採用に当たって被告総務課長から「形式的に契約書を更新するが、雇用は60歳まで」と明言されていたこと、11年間契約を更新してきたから、実質的には期間の定めのない契約に転化したか、実質的に期間の定めのない雇用契約と異ならない状態になったとみるべきであること、そうでないとしても被告の経営状態は良好であり寡婦嘱託制度を廃止して人員整理を行わなければならない緊急性がなかったことを主張し、被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認と、解雇後の賃金の支払いを請求した。
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
判決要旨
1 本件嘱託契約についての終了の合意の有無

 被告は、例外を除いた寡婦嘱託全員を平成16年3月31日で終了することの説明をしており、最終の平成15年3月28日の契約段階で、原告が何ら異議も述べずに契約に署名したものであることからすると、被告において、本件嘱託契約の終了に原告が合意したものと理解したと解されないわけではないが、平成14年5月に、被告が原告に対し、本件嘱託契約が平成16年3月末で終了することになると説明した段階で、原告は定年まで勤務できると聞いていたので相談してみるなどと本件嘱託契約の終了に納得していなかったこと等が認められることから、原告と被告との間で、本件嘱託契約の終了について合意があったとは認められない。

2 本件嘱託契約は期間の定めのある契約か

 原告は、平成5年2月1日、嘱託職員として契約期間1年で被告に採用され、以後毎年労働契約書を取り交わして更新を繰り返し、11年間継続して勤務してきたことが認められる上、原告から入社の経緯、入社してからの不満等のほか、正社員にして欲しいとの要望があったが、平成16年3月末で嘱託契約が終了になることに関しての意見はなかったという事実を併せ考慮すると、原告自身、期間の定めのある嘱託契約であることを認識していたことを推認することができ、本件嘱託契約は、契約書の通り、期間の定めのある嘱託契約であると解することができる。確かに、総務課長は、原告に対して、60歳まで雇用される趣旨のことを言ったものでるが、これは当時の雇用状況からそのように述べたものと解され、総務課長は原告を採用する権限がないことを原告も当然認識していたと思われ、採用担当者から直接60歳まで雇用を継続させるということを聞いたことはないことからすれば、総務課長の発言をもって本件嘱託契約が60歳まで雇用するという契約であるとはいうことはできない。

3 雇用継続に対する合理的期待の有無

 原告の採用手続きは、単に原告の希望を聞いただけで採用が決定されるというように非常に簡易なものであって、夫が亡くなったことによって温情的に採用されたものであり、異動もなく、勤務内容も特殊なものではないのに、相当程度の賃金の支給を受けていたことからすれば、本件嘱託契約は、通常の雇用や嘱託あるいは臨時職員とは異なった特殊な雇用形態であるということができ、その特殊性から毎年契約書が取り交わされていたと解され、本件嘱託契約書が形式的なものであったとまではいい難く、11年間の長期にわたり継続して勤務してきたことを考慮しても、本件嘱託契約はあくまでも1年の期間の定めのある契約というべきであり、期間の定めのない契約に転化しているとか、期間の定めのない契約が存在する場合と実質的に異ならない関係が生じたということもできない。

 製薬会社を取り巻く環境からして、被告の業務改革が不必要であるということはできない上、本件嘱託契約が平成16年3月末で終了することについて、原告は説明を受けており、以後、雇用継続の期待を持たせるような言動は全くされていなかったのであるから、同日時点において、それ以降継続して雇用されるという原告の期待に合理性があるということもできない。また、被告は、他の定型嘱託より寡婦嘱託について十分な配慮をしており、その雇止めに当たっても、他の嘱託とは異なり、一律に雇用を停止するのではなく、寡婦嘱託制度の趣旨から、寡婦の子供が高校を卒業するまでは雇用が継続されるという例外的な取扱いもしており、高校卒業という基準は、社会的にみて不合理なものとはいえないし、この基準は、被告の創設した遺児育英年金制度とも整合しているものであり、原告にとって決して酷なものとはいえない。

 原告が勤務する出張所では、正社員の異動や退職によって、従来正社員が行っていた内勤業務を原告が担当していたことは認められるが、これはあくまでも一時的なものに過ぎないから、これをもって、本件嘱託契約が期間の定めのない契約に転化したとか、期間の定めのない契約が存在する場合と実質的に異ならない関係が生じたとか、継続して雇用されるという原告の期待に合理性があると認めることはできない。
 以上の次第であって、本件嘱託契約が期間の定めのない契約に転化しているとか、期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態になっているとはいえないし、原告の雇用継続に対する期待に合理性があるともいえないから、本件嘱託契約には、解雇権濫用の法理の類推適用があるということはできず、平成16年3月31日をもって期間満了により終了したというべきである。
適用法規・条文
収録文献(出典)
労働判例908号13頁
その他特記事項