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労組機関紙事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
労組機関紙事件
事件番号
東京地裁 − 昭和59年(ワ)第2604号
当事者
原告個人4名A、B、C、D

被告個人2名M、N、K労働組合
業種
製造業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1985年11月27日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(確定)
事件の概要
 被告組合は、K会社の従業員約1500名で組織する労働組合で、被告Mは代表者執行委員長、被告Nは書記長であり、一方原告らはK会社の従業員62名で組織する労働組合全金支部の女性組合員である。

 被告組合は、その組合運動の一環として機関紙「しんろ」を発刊していたが、そのコラム欄において、全金支部及びその組合員を「分派集団」「全金分派」「分派組合」「日共分派」「寄生虫」「仕事もせずに給料をとる扶養家族」「病的で性格が暗い精神異常者」「日共類分派目ジャマ科の害虫」などと表現し、全金支部の組合員を会社から排除することを執拗に訴え続けていた。

 被告組合の執行委員会は、昭和58年2月19日、全金支部の組合員のうち既に除名された8名を除く54名(うち女性は原告ら4名)を除名すべく査問委員会に対し告発することを決定し、同月21日の「しんろ」にその旨掲載するとともに、同月28日付け「しんろ」において原告ら4名を「チビ・ブス」と表現し(第1記事)、3月14日付け「しんろ」において、再び原告ら4名を「性格ブス・人格チビ」「いい年してまともな社会生活ができない輩」と表現する記事(第2記事)を掲載し、配布するに至った。
 原告らは、本件記事の掲載及び配布は、原告ら4名がいずれもはみ出し者であって、職場から排斥されるべき存在もしくは社会生活上の欠陥者であるような印象を与え、婦人であり労働者である原告ら4名の人格的価値に対する社会的評価を低下させ、その名誉を毀損するものであること、被告Nは本件記事を掲載した「しんろ」の発行責任者として、被告Mは、本件記事掲載当時被告組合の代表者執行委員長として本件記事の掲載及び文書の配布につき責任があることを主張して、被告M及び被告Nについては民法709条により、被告組合については民法44条1項により、原告ら4名に対し、各100万円の損害賠償を支払うこと及び謝罪文を掲載し、配布することを請求した。
主文
1 被告らは、原告らに対し、別紙(1)記載の仕様による謝罪文を1回掲載のうえ、被告組合の組合員全員に配布せよ。

2 被告らは、各自、各原告に対し、それぞれ金30万円及びこれに対する昭和59年3月24日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3 原告らのその余の請求を棄却する。

4 訴訟費用は、これを4分し、その1を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。
5 この判決は、第2項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
 民法723条にいう名誉とは、人がその品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価をいい、名誉毀損とは右の如き社会的評価を低下させる行為である。そしてその成否はその人の社会における位置・状況等を参酌して考慮するべきであり、特定の文書に掲載された記事の内容が人の名誉を毀損するものであるか否かは、その記事を読む者、本件では被告組合の組合員の通常の読み方を基準として判断すべきである。

 本件記事がいずれも全金支部組合員であり、当時被告組合より査問委員会に告発された54名の内女性である原告ら4名を対象とするものであることは明らかであり、本件第1文書の「チビ・ブス」という表現、本件第2文書の「性格ブス」「性格が悪いこと」「人間として成長していない」「人格チビ」「いい年してまともな社会生活ができない輩」「根暗の偏執狂」という表現は、これらの記事を読む者をして、女性であり、会社の従業員である原告ら4名がその容姿、品性、徳行、社会的ないし職場における適応性について劣っているとの印象を与えるものというべきである。被告らはこの点について、今日「チビ・ブス」なる語は侮辱的意味はなく単なる流行語である、人の容貌の美醜・身長の高低は名誉に当たらない等主張するが、「チビ・ブス」なる語は原告ら4名の人格的評価にまで向けられており、かつ侮辱的意味をもって使用されていることは明らかであるから、被告らの主張は採用できない。

 昭和56年3月の組織分裂以後、被告組合は全金支部組合員らを被告組合の組合員であるとの立場をとっていたこと、会社は当初全金支部の組合としての存在を認めなかったが、昭和58年1月頃から中労委の命令を受け入れてこれを認めるようになったこと、会社が全金支部の存在を認めた後は、組合費相当分を供託したことが認められる。これらの事実によれば、原告らの分派活動あるいは組合費不払いの組合規約違反等は、会社における労働組合としての被告組合と全金支部の2つの組合の併存・対立についての自己の立場からのみ評価したものに過ぎず、原告らの行為がこれに該当するものと即断することはできない。組合の正当性についての論争の過程において、若干の誇張や攻撃的表現を伴う議論がされたとしても、その全体の趣旨、論調が組合の正当性に関する相応の節度ある合理的主張の範囲内に止まるものである限り、事柄の性質上、これを是認する場合もあるものというべきであるが、被告らの本件各記事における言辞は、もっぱら、原告らに対する低俗な人格的非難、中傷、揶揄に終始したものといわざるを得ず、明らかに右範囲を逸脱しているものと判断される。したがって、本件各記事の掲載及び各文書の配布行為は、違法のものといわざるを得ない。

 被告組合の機関紙「しんろ」のコラム欄の原稿は、発行責任者である書記長の元へ回され、書記長が読んで検討した上記事として正式に印刷される手順になっており、書記長が最終責任者であることが認められる。書記長である被告Nは本件文書の配布により原告ら4名の名誉が毀損されることを認識して本件各文書を発行したものと認めることができるから、被告Nは原告ら4名の損害を賠償する責任がある。また、機関紙は被告組合の組合活動の一環として行われているものであり、被告Mは当時の代表者執行委員長として、本件各記事の掲載・各文書の配布を阻止すべき義務があるのにこれを怠ったものと認めることができるから、原告ら4名の損害を賠償する責任がある。更に、被告Mの不法行為は、当時組合の代表者であった被告Mが職務を行うにつきなしたものであるから、被告組合は民法44条1項により原告ら4名の損害を賠償する責任がある。
 原告Aは昭和40年4月以来継続して会社に勤務しているが、本件各文書の配布によって、多数の従業員に社会的不適格の如く流布され、廊下ですれ違いざまにチビ・ブスと言われる等の嫌がらせを度々受け、更には職場内の小集団グループから事実上排除される等いわゆる職場八分の状態に置かれ、精神的苦痛を被ったことが認められ、原告B,C,Dも同様な事由により精神的苦痛を被ったことが推認される。この事実に本件第1、第2文書の内容、配布範囲、原告らの社会的地位、その他本件に顕われた諸般の事情を総合勘案すれば、原告らの被った精神的苦痛を慰藉するには原告各自につきそれぞれ30万円の支払いが相当であり、かつ原告ら4名の名誉を回復するためには別紙(1)記載の仕様による謝罪文の掲載及び配布が必要かつ相当である(別紙(1)略)。
適用法規・条文
民法709条、723条、44条1項
収録文献(出典)
判例時報1174号34頁
その他特記事項