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独立行政法人L事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
独立行政法人L事件
事件番号
川崎簡裁 − 平成15年(ハ)第1414号
当事者
原告個人1名

被告個人1名
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2004年04月21日
判決決定区分
認容(控訴)
事件の概要
 原告(女性)は、平成3年7月、被告(男性)は平成2年1月に、それぞれ特殊法人L(平成15年10月から独立行政法人L)に採用され勤務していた。しかし両者の仕事内容は異なり、勤務場所も別であったため、仕事上の接点はなかった。

 平成10年秋頃、原告は、F課課長であり機関誌の編集長であった被告に対し、F課への異動希望を伝え、2人は居酒屋で飲食し、被告は仕事の内容の説明などをした。原告は、その際被告が十年程前労働組合の幹部であった頃の苦労話をする中で、「あの頃は忙しさのピークで、家に帰ってもチンポが立たなくなってなってな、女房がにじり寄って来るけどだめなんだ。」と下ネタを話題にしたほか、帰り際に「不倫しようか」と言いながら性的関係を迫ったこと、平成11年3月頃までの約半年間、2人きりになった際に被告は必ず「不倫しようか」と言ったことを主張した。

 平成12年7月に被告が異動となり、原告と同じ事務所に勤務になったことから、両者は数人で昼食や夕食に出掛けることもあり、平成13年初夏頃まで、通勤中や昼食後の散歩中において2人きりになると、原告に対し「不倫しよう」「自分には不倫願望がある」などと繰り返したことを原告は主張した。原告は平成13年12月末に退職したが、退職に当たって被告を含む男性4人、女性8人に対してハンカチを贈った。原告は、退職してから1年9箇月ほど経過した後、被告からセクハラを受けて多大な精神的苦痛を被むり、働く女性のためになる職場として選んだLに絶望して退職するに至ったとして、慰謝料50万円を被告に対し請求した。
 これに対し被告は、居酒屋で性的不能についての発言があったとしても、それは当時労働組合幹部の活動が激務であったことを示すエピソードとして話したに過ぎず、そのような話は不特定多数の者に対してしていたこと、「不倫しよう」などと言ったことはないこと、退職時において原告が被告にハンカチを贈ったのは、被告に親愛の情を抱いていたからであることなどを挙げ、セクハラは存在しなかったことを主張し、予備的に不法行為に基づく損害賠償請求権については時効により消滅していると主張して争った。
主文
判決要旨
 約2年9ヶ月の間に行われた被告の言動は、直接の上司としての地位を利用したものではないが、異動希望先の上司としての地位を利用し、希望条件がかなうためには性的関係を行うことが条件であると思わせ、不倫を強要している。

 異動先の事務所では原告と被告は職場での上下関係はないが、被告は副統括研究員として実質的に大きな権限を付与され、被告はその権限を濫用して、異動前の事務所で原告にしたと同じ行為を繰り返し行っており、何ら反省の態度が見られない。

 Lは、内外の労働問題等を研究し、提言等を行う役目を担っており、セクシャル・ハラスメントの防止等に関する要綱を定め、セクハラ行為の防止については管理者の責任としている。特に被告は労使関係問題を担当する公的地位にあり、一般社会に対し、社会問題化しているセクハラ防止等について立案・提言などに努めなければならない社会的使命を担っているのに、その使命を忘れ、原告に対し、長期間執拗に不倫関係を迫り続けており、その違法性は強く、そのことにより原告を退職に至らしめた責任は大きいものがある。

 被告は原告に対し、直接身体等に触るなどの性的な直接行動に出ていないが、被告の一連の言動は職場環境や自己の優越的地位を利用して原告の人格権や性的自由を違法に侵害しており、セクハラ行為に該当し、各行為に不法行為が成立し、原告が精神的苦痛を受けたことが認められる。なお、セクハラの定義として「相手の意に反した性的な性質の言動を行い、それに対する対応によって仕事をする上で一定の不利益を与えたり、又はそれを繰り返すことによって就業環境を著しく悪化させること」と解されているが、被告の各行為はその要件を充たしていると判断する。

 本件は被告の違法な継続的なセクハラ行為であり、それぞれの行為について不法行為が成立すると考えられるが、継続的にセクハラ行為が続いており、原告の精神的苦痛は一つ一つの行為を切り離して判断するのは不適当なので、損害の性質・種類及び加害行為の態様を総合的に考慮して判断すべきものと考えるので、本件においてはすべてを一体として評価するのが相当と解する。原告は平成15年9月17日本件提訴をしているので、平成10年10月及び平成11年3月までの行為については消滅時効にかかっているように見えるが、その後も継続的に続いており、平成13年夏まで行われているので時効は完成していないと判断する。
 原告は被告の各セクハラ行為によって著しい精神的な苦痛を受け、10年以上勤めたLを退職せざるを得ない状態に追い込まれた点を考慮すると、精神的苦痛に対する慰謝料の額は原告請求額を超えるものと考えられるが、原告は50万円しか請求していないので、慰謝料の額は原告が請求する50万円が相当と判断する。
適用法規・条文
民法709条
収録文献(出典)
労働判例916号62頁
その他特記事項
本件は控訴された。