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岩手県交通バスガイド懲戒休職事件

事件の分類
その他
事件名
岩手県交通バスガイド懲戒休職事件
事件番号
盛岡地裁一関支部 − 平成5年(ワ)第53号
当事者
原告 個人1名
被告 株式会社
業種
運輸・通信業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1996年04月17日
判決決定区分
一部認容・一部棄却
事件の概要
 被告はバス運送事業等を目的とする会社であり、原告は昭和47年10月に被告に雇用され、バスガイドの業務に従事していた女性である。

 原告は、平成4年10月18日に、民謡大会に出席するため被告営業所長Aに対し年休取得を請求したところ、Aの依頼により当初の休暇予定日から同日に休日を振り替え、その後のAからの出勤要請を拒否して、同日を代休として民謡大会に参加した(10.18休暇)。原告は、同月25日のチャリティーショーに出演するためAに年休取得を請求したところ、Aは当日の4,5日前頃、原告に対し勤務を要請したが、原告はこれを拒否し、同日に休暇を取った(10.25休暇)。原告は、同年11月15日に民謡大会に出場するため、Aに対し同日の年休取得を要請していたところ、たまたま同月13日に生理となったため、営業所運行管理者に対し同月14日から16日まで生理休暇を取りたい旨電話で連絡し、同休暇を取得した。なお、原告は同月15日夜、夫の運転する自動車に乗車して、4時間位かけて会場に行った(11.15休暇)。原告は、同年12月6日、結婚披露宴に民謡の歌い手として出演する目的で、Aに対し特定休日をとる旨請求していたところ、2日前にAから同日は勤務するよう要請されたが、これを拒否し、同日は出勤せず同披露宴に出演した(12.6休暇)。

 被告は、貸切りバス運行業務は、休日、観光シーズンが繁忙期であり、繁忙期にバスガイドが休暇を取得すると、業務に著しい支障を来たす場合があること、被告の車掌服務規程には、繁忙期にはみだりに欠勤してはならない旨の規定があり、原告はこれを承知して貸切バスガイドとして被告と雇用契約を締結したと主張した。その上で、10.18休暇は原告に代休の延期を要請したが拒否され業務が停滞したこと、10.25休暇では、24日からの1泊2日の貸切バス業務のうち、25日は日雇いのフリーバスガイドを使って業務を遂行せざるを得なかったこと、11.15休暇については、被告の就業規則では生理休暇を取得できるのは、生理により就業が著しく困難であることを要するところ、原告は夫の運転する自動車に長時間乗って下腹に力を入れる民謡を歌っており、就業が著しく困難であったとはいえないから、本件生理休暇の取得は権利濫用であって許されないこと、12.6休暇では、やむを得ずフリーガイドを使って業務を遂行したことを主張した。そして被告は、原告が会社の都合を考慮せず自分勝手に有給休暇を取得するので、貸切バスの業務計画、運営業務に支障を生じていること、就業規則には懲戒休職をさせることができ、その期間は1ヶ月以上6ヶ月以内とする旨の規定があること、就業規則には、従業員は会社の許可なくして、報酬の有無に拘わらず他の会社の業務についてはならない旨の規定があるところ、原告の行為はこれらに該当すること、被告営業所長Aは原告に対し、業務に支障を来たすような休暇の取得や、趣味の域を逸脱した行動は慎むように注意したのに、原告はこれを守らずに業務に著しい支障を来たしたことから、懲戒解雇とすべきところ軽減して本件懲戒6ヶ月の休職処分としたものであって処分が重すぎることはなく、本件懲戒処分は権利濫用とはいえないと主張した。

 これに対し原告は、取得した年次有給休暇はいずれも正当なものであること、生理休暇は女子労働者が請求すれば与えられるべきものであること、夫の運転する自動車に乗って民謡大会に出場することは、貸切バスの業務に比して精神的肉体的負担が全く異なるから、原告が生理により就業が著しく困難でなかったというべきではないことを主張した。更に原告は、本件休暇の取得、民謡大会への出場等は、被告の賞罰規程に規定する休職処分事由のいずれにも該当しないから、本件懲戒処分は無効であること、本件懲戒処分は、休職中も含め民謡大会等への参加を禁止するもので、労働者の私生活の自由を奪い、人の幸福追求の権利を侵害するものであるから違法無効であること、そうでないとしても、本件懲戒処分は、原告のした行為に比し、重すぎ、均衡を失している等から懲戒権の濫用であって無効であると主張し、懲戒休職処分の無効確認と休職期間中の賃金の支払いを請求した。
主文
1 被告が、平成5年3月18日原告に対してした別紙懲戒処分目録記載1の懲戒処分のうち休職3ヶ月間を超える部分並びに同目録記載2及び3の懲戒処分は無効であることを確認する。

2 被告は、原告に対し、金65万1600円及びこれに対する平成5年9月18日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3 原告のその余の請求を棄却する。

4 訴訟費用は、これを2分し、その1を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
判決要旨
 10.18休暇については、被告が10月14日の原告の公休出勤を依頼し、原告が先に年休として請求していた同月18日を代休とするよう求め、被告もこれに合意したことが認められ、代休とは休日出勤の代償として認められた労働義務の免除であって、休日同様に尊重すべきものであり、いかに業務上必要があるとはいえ、使用者側の都合により一方的に変更することは原則として許されないと解される。そして原告は代休の変更に同意しなかったことは明らかであるから、原告が右代休日に出勤しなかったことをもって懲戒処分の根拠とすることはできないと解される。

 原告の乗務日数を、乗務日数の比較的多い同僚ガイドと比較すると、勤務日数で約5%、乗務日数の出勤日数に対する割合で約14.4%少なく、生理休暇は50日多く、繁忙期及び閑暇期を通じて乗務率が少なく、生理休暇が多い点が特徴的である。10月は被告の貸切バス業務の最も繁忙な時季であって、社員ガイドの労務が最も期待されていること、原告の休暇取得により1泊2日がいわゆる分断運行の結果となり、不便と不経済をもたらしたことなどに鑑みると、10.25休暇における被告の時季変更権の行使は正当であったというべきである。

 生理休暇に関する労働基準法の旧規定67条は「使用者は、生理日の就業が著しく困難な女子又は生理に有害な業務に従事する女子が生理休暇を請求したときは、その者を就業させてはならない」と定めたうえ、女子年少者労働基準規則において生理に有害な業務を定めていたが、生理休暇は母性保護措置とは関連性がないこと及び欧米では生理休暇の規定がないことなどの見地から批判され、昭和60年に、生理に有害な業務規定は廃止されて、使用者は、生理日の就業が著しく困難な女子が休暇を請求したときは、その者を生理日に就業させてはならないとの規定に改定された(労働基準法68条)。バスガイドの業務は生理日の女子にとっては比較的心身の負担を伴うものであると考えられ、また、その困難性につきその都度厳格に証明することを要するとすれば正当に休暇を取得する権利が抑制されかねない反面、請求すれば必ず取得を認め、取得した以上は何の目的に使用しようと干渉し得ないものとすれば、事実上休暇の不正取得に対する抑制が困難となり、これが横行すれば、使用者に対する労働義務の不履行あるいはこれを取得しない従業員との間に不公平を生ずることとなり、ひいては女子労働に対する社会の信頼ないし評価が損なわれるおそれがあるので、生理休暇制度の運用は難しい面が存する。しかしながら、少なくとも、取得者が月経困難症であるとの証拠もなく、生理休暇を取得した経緯、右休暇中の取得者の行動及び休暇を取得しなければ就業したであろう業務の苦痛の程度等から、就業が著しく困難でないと明らかに認められる場合などは、当該生理休暇の取得は不正取得として許されないというべきである。本件では、原告は生理休暇を取得する旨連絡をし、夫の運転する自動車に乗車して深夜長時間かけて旅行し、翌日の民謡大会に出席したというものであるが、原告が月経困難症であったとの証拠もないうえ、同日入っていた業務にはそれほど苦痛でないものも含まれていたのであるから、生理日のため就業が著しく困難であったといえないことは明らかである。

 12.6休暇は、年間75日のうち5働1勤による61日を除いた残日数を特定月に割り振った「特定休暇」に該当するもので、これを原告は休日と主張し、被告は休暇と同様であって時季変更権が適用されると主張するが、労使合意書面には「各自任意に消化する」と表現されており、右残日数は取得者が任意に指定できる休日であると認められるから、使用者が一方的にこれを変更することはできず、同日就業しなかったことをもって、処分の根拠とすることはできない。

 被告就業規則には、懲戒事由に該当した場合には懲戒休職になし得る旨の規定があり、その期間は1ヶ月以上6ヶ月以内とする規定があること、年休に関する規定、時季変更権に関する規定及び生理休暇に関する規定が置かれていること、車掌は公共的な使命と職責の重要性を認識し、みだりに欠勤してはならない旨の規定が存することが認められる。本件10.25休暇は時季変更権の行使により年休取得の要件を、11.15休暇は生理休暇の要件をそれぞれ具備していないのに取得されたものであるから、諸規定による懲戒休職処分の要件に該当する。

 本件懲戒処分の6ヶ月間の休職は懲戒休職では最高限度であり、長期の給与の不支給を伴う重いものである一方、本件10.25休暇及び11.15休暇については、原告の不就業により不便、不経済を生じ、関係者に迷惑をかけるなど事業の正常な運営は妨げられたが、それ以上の実害は生じなかったこと、原告においてはこのような重い処分が課されることは予想外であったこと等に鑑みると、本件懲戒処分は、その理由に比し、程度において重過ぎるといわざるを得ず、一切の事情によれば、休職3ヶ月の限度で有効であり、これを超える部分は懲戒権の濫用であって効力がないと認めるのが相当である。
適用法規・条文
なし
収録文献(出典)
労働経済判例速報1626号3頁
その他特記事項