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市保健センター減給処分事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
市保健センター減給処分事件
事件番号
大阪地裁 - 平成15年(行ウ)第121号(甲事件)
当事者
原告甲事件及び乙事件原告 個人1名

被告甲事件被告 X市長その他個人2名A、B

被告乙事件被告 X市
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2006年04月26日
判決決定区分
一部認容・一部棄却
事件の概要
 原告は、昭和46年1月、被告X市の事務吏員として採用され、保健衛生部保健所東保健センター(以下「センター」という。)主幹を経て平成14年4月センター所長代理の地位にあった。被告市長は平成14年7月12日にX市の市長に就任しており、被告Aは医師で同年4月からセンター所長、被告Bは保健師で平成13年4月からセンター所長代理の職にそれぞれあった者である。

(1)原告は平成13年12月末、原告とPが倉庫整理をしていた際、原告がPに対し「Pはちょっと丸いから子豚やなあ」と言ったのに対し、腹を立てたPが「原告も丸いから大豚ですね」と言い返した。(2)原告は出勤時、Qに対して「今日は珍しくスカートやな」と話しかけた。(3)原告はGが嫌がっているにもかかわらず、自宅の場所を細かく尋ねたり、「旦那さんとはどうやって知り合ったの」「旦那さんには何と呼ばれているの」等Gと夫との関係等を細かく尋ねたりし、歓送会の際に二次会で原告がGの夫の話を皆の前でしたため、Gは不快に感じた。(4)特に親しい関係でもないのに、Gに対し「とっちゃん」と呼び、Gが抗議したところ、この呼び方を止めた。(5)Gが検診の問診表を提出したところ、原告が「健康そのものや、顔もきれいだし、スタイルもいいし、頭もいいし」等と言ったため、Gは不快に感じた。(6)原告はMに対し、休日の過ごし方や家族のことなどプライベートなことを尋ねたため、Mは不快に感じた。(7)Mがダイエットをしているという話をしたところ、原告から「まだやせてないな」とか「やせたん違う」などと言われたため、Mは不快に感じた。(8)原告はLに対し、毎日同じ服を着ているなどと言うので、Lは不快に感じた。(9)原告はHがハンカチで髪を束ねているのを見て、「今日は昨日と同じハンカチか」とか「昨日よりハンカチの色が濃いのは洗濯していないからか」などと言うため、Hは不潔であるかのように言われたと思い、不快に感じた。(10)Hが原告に指摘されるのが嫌で、ハンカチで束ねるのを止めてパーマを当てるようになると、原告は「火事に遭ったのか」などと言うようになった。(11)Kが、毛深いので美容院でなく散髪屋に行っているなどと言ったところ、原告はKに対し「え、毛深いの、どこの毛が毛深いの。顔だけ」とか、「下の方もかいな」などと言った。

HとLが被告Aに対し、原告からいろいろ言われると訴えたところ、平成14年7月セクシャル・ハラスメントの研修が行われ、その後女性職員から原告がセクハラを行ったということが、書面で被告Aに寄せられるようになった。原告は誰がセクハラについて言っているのか探すようになり、被告Aに対しても強く抗議するなどしたことから、被告Aはこの状況を放置すると更に深刻な状況を招きかねないと判断し、保健所長に対して原告がセクハラを行っているなどと報告し、保健所長は、保健衛生部長に対し被告Aの報告を伝え、同部長はこれを職員部長に伝えた。

 被告X市人事課はこれを受けてセンター職員らから事情聴取を行い、女性職員の被害状況を確認したが、原告はGを「とっちゃん」と呼んだこと、Qに対してスカートが珍しいと言ったこと以外はすべて否定し、被告市長に対して原告が被った不利益な措置を回復すること等を求める通告書を送付した。被告市は、被害者らの訴えの内容が具体的であることから、原告によるセクハラ行為があったと認定し、減給10分の1を1ヶ月とする懲戒処分を行うとともに、原告を平成14年9月17日付けで建設局都市整備部連続立体交差推進室主幹に異動させた。

 これに対し原告は、処分事由が存在せず違法であると主張して、本件懲戒処分及び異動による降格処分の取消しを請求するとともに、本件各処分によって精神的損害を被ったとして、被告X市に対し慰謝料500万円を、被告市長に対しては被告A、Bの虚偽の報告を無批判に受け入れたとして、慰謝料500万円を、被告A及びBに対しても連帯して慰謝料500万円を支払うよう請求した。
主文
1 被告市長の原告に対する平成14年9月17日付けの減給10分の1を1ヶ月という懲戒処分を取り消す。

2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。

3 訴訟費用は、原告に生じた費用の10分の1と被告市長に生じた費用の2分の1を被告市長の負担とし、原告に生じたその余の費用と被告市長に生じたその余の費用、被告市長を除くその余の被告らに生じた費用の全てを原告の負担とする。
判決要旨
1 本件懲戒処分の理由

 被告X市の要綱により、セクシャルハラスメントとは「職場において、相手の意に反し不快にさせる性的な関心や欲求に基づく言動、及び性別により役割を分担すべきとする意識に基づく言動をいう」と定義されており、性的な言動には、性別役割分担意識に基づく言動も含まれると解される。また、セクハラ行為の成否に、相手の意に反し不快にさせるという行為者の認識は要件とならず、行為者の認識の有無については、行為者の具体的な行為の態様、悪質性の重要な要素として、懲戒権者において処分の可否や処分の内容を選択するに際し考慮されるに過ぎないと解するべきである。したがって、セクハラ行為の結果、職場環境を悪化させた場合は、行為者が相手の意に反していることについて認識していなかったとしても、行為者の行為が信用失墜行為ということができる以上、懲戒事由に該当するというべきである。

 そうすると、原告の言動のうち(1)Gに対し夫との関係を尋ね、「とっちゃん」と呼び、身体的特徴を指摘したこと、Mに対し身体的特徴を指摘したこと、(3)LやHに対し服装等について指摘したこと、(4)Kに対し毛深い場所についての発言をしたことについては、セクハラに当たると認められる。そしていずれの言動についても、程度の差はあれ、相手方に精神的被害を与えたと認められ、その結果職場環境を悪化させたということができるから、原告の言動は信用失墜行為であって、地方公務員法29条1項1号及び3号に該当するものというべきである。

2 本件懲戒処分の相当性

イ Gに対する言動について

 原告はGに対しプライベートな内容の質問をしたことが認められるが、これらの言動がセクハラに該当するとしても、その悪質性の程度は直ちに懲戒処分に該当するとはいえない。またGから聞いた内容を喫茶店でGを含む複数の者の前でしゃべり、Gにとって単に尋ねられる以上の苦痛があったことは想像できるが、その際の具体的状況・内容は不明であり、強く非難するには躊躇を感じる。また、「とっちゃん」と呼んだことについては、Gから抗議されてからはその呼び方をしなくなっているので、執拗であったと評価することもできない。更にGの身体的特徴を告げた内容は、相手を褒める言辞であり、さして親しくもない異性から褒め言葉を聞く者としてはむしろ不快感や不安感を覚えることがあり得ることは容易に想像できるが、これを聞いた者が嫌悪感を抱くような性質の言辞とはいえず、その回数も2回であることを併せ考えると、これらの言動自体の悪質性の程度も必ずしも重いとはいえない。

ロ Mに対する言動について

 原告はMに対しプライベートな事項を尋ねているが、その内容は休日の過ごし方や家族のことなどであり、直ちにセクハラに当たるとはいえない。また、原告がMに対し身体的特徴を告げたのは、ダイエットをしているというMの会話を踏まえてなされた指摘であることを考えると、必ずしも悪質なものとまではいえない。

ハ Hに対する言動について

 Hは当初ハンカチのことを言及されることについて嫌な気持ちは感じなかったが、原告から洗濯していないのかという趣旨のことを言われて、初めてすごく嫌な気持ちになったと述べており、原告がHの気持ちの変化を認識していなかったということは十分にあり得るところである。

ニ Kに対する言動について

 原告はKが「毛深い」と発言したことを受けて、その場所を尋ねたが、会話の流れから毛深い箇所は顔であることは明らかであるにもかかわらず、その箇所を敢えて聞くというものであって、明らかに意図的なセクハラといえる。またその言動も、相手方や周囲で聞いていた者に直ちに不快の念を抱かせる内容であり、悪質というべきである。もっともこの言動は、会話の流れから、相手の言葉に誘発された、偶発的な側面を有しているということができる。

ホ 二次的被害について

原告は本件について非を認めて反省することはなく、犯人探しをしたり、事情聴取に反発したりするなどした結果、Gは精神的苦痛を感じ、カウンセリングを受ける事態に至り、二次的なセクハラ被害が生じていたことが認められるが、犯人探しの内容、G以外の職員に対する影響も不明であるから、二次被害が生じてしまったことの責任を原告一人に負わせることには躊躇を感じる。被告市長も、本件懲戒処分において、二次的な被害を懲戒事由としているわけではない。

3 裁量権の濫用の有無

 地方公務員法に定められた懲戒事由がある場合に、懲戒処分を行うかどうか、懲戒処分を行うときにいかなる処分を選ぶかは懲戒権者の裁量に任されており、懲戒権者がその裁量権の行使としてした懲戒処分は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合でない限り、その裁量権の範囲内にあるものとして違法とならないものと解すべきである。

 これを本件についてみると、(1)原告は所長に次ぐ管理職員であって、セクハラの防止・排除に努めなければならない立場にありながら、自らセクハラに当たる行為を行っていたこと、(2)その被害者は多数に及んでいること、(3)被告X市においては種々のセクハラに対する取組みが行われており、原告もセクハラに関して十分な認識を有するべき立場にあったことが認められ、原告の言動による信用失墜の程度は決して軽微とはいえない。しかし、本件懲戒処分の事由とされた原告の言動、その程度の評価等については前記のとおりであり、相手方に対し不快感を与える言動であったとはいうものの、その程度は必ずしも高いものとはいえず、原告において相手の不快感を十分認識していなかった可能性も否定できない。一方原告に対し、これまで何らの注意処分を経ることなく、いきなり減給10分の1を1ヶ月という懲戒処分を加えることは、原告に反省の態度が見られないことを考えても重過ぎる処分というべきであり、懲戒権者の裁量を逸脱したものといわざるを得ない。したがって、本件懲戒処分の取消しを求める原告の請求は理由がある。

4 本件異動命令の理由及び適法性

 原告は、センター所長代理から建設局都市整備部連続立体交差推進室主幹を命じられたところ、いずれも課長代理級であり、3等級と認められるから、その間に上下関係は認められず、昇級基準上の不利益があったということもできない。しかし、本件異動によって管理職手当が月額6000円減額されたと認められるから、原告にとっては不利益な処分ということができ、その取消しを求める法律上の利益を認めることができる。ところで原告は、本件懲戒処分の事由とされた自己の言動について反省をするどころか犯人捜しをしたりして、職場環境が著しく悪化したため、被告X市は良好な職場環境を回復するために原告をセンターから異動させたことが認められ、本件異動命令が懲戒処分として行われたという事情は窺えない。なお、本件異動の結果管理職手当が月額6000円減額となったことは、職務内容の変更によるものであり、原告にとってそれほど大きな不利益ということはできないこと、本件異動命令が定期異動の時期でないため、異動先の選択が限られていたこと等の事情を総合すると、管理職手当の減額だけをもって、不合理であるということはできず、人事権の濫用を窺わせる事情も見当たらない。したがって、本件異動命令の取消しを求める原告の請求は理由がない。

5 本件各処分の不法行為該当性

 地方公務員が職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは、地方公共団体が損害賠償責任を負うに過ぎず、公務員個人は責任を負わない。被告市長、A及びBの行為は職務行為であることは明らかであるから、被告らに対する原告の請求は理由がない。

 本件懲戒処分は違法であり取り消されるものと解するが、本件懲戒処分の事由とされた原告の言動については戒告程度の懲戒処分を受けてもやむを得ないと認められること、本件懲戒処分を受ける前から強く争い、「セクハラ冤罪から原告を救う会ニュース」を配布したりしていたこと、新聞報道では原告の氏名は報道されていないことなどの事情が認められる。以上の事情を総合すると、本件懲戒処分のうち、違法であるとされた点と相当因果関係があり、かつ、本件懲戒処分が取り消されるだけでは解消されず、慰謝料をもって賠償しなければならない程度の精神的損害が原告にあったとは認められない。したがって、被告らの行為が不法行為であることを理由に損害賠償を求める原告の請求は、いずれも理由がない。
適用法規・条文
地方公務員法29条1項1号、3号
収録文献(出典)
労働経済判例速報1946号3頁
その他特記事項