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T社転勤拒否懲戒解雇事件

事件の分類
配置転換
事件名
T社転勤拒否懲戒解雇事件
事件番号
大阪地裁 − 昭和52年(ワ)第6261号
当事者
原告 個人1名
被告 株式会社
業種
製造業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1982年10月25日
判決決定区分
一部認容・一部棄却
事件の概要
 被告は、塗料及び化成品の製造・販売を業とする会社であり、原告は昭和40年4月に被告に入社し、昭和44年から2年3ヶ月間他社に出向した後、被告神戸営業所に転勤し、昭和48年10月当時同営業所において営業担当の主任の地位にあった。

 被告は、本社、支店のほか、2ヶ所の工場、10ヶ所の営業所を有していることから、就業規則や労働協約には業務上の都合により、社員に転勤、配置転換等の異動を命ずることができると定められており、社員は正当な理由なくして異動を拒絶できない旨の規定が存在し、現実に営業マンの出向や転籍等の人事異動が数多く行われていた。

 被告は、瀬戸内海沿岸地方における家庭用塗料の販売を強化するため広島駐在員を置くこととし、広島営業所の主任Aをこれに充てたため、その後任を係長、主任クラスから充てることが必要となり、原告をその後任とすべく昭和48年9月28日、右転勤の内示をした。しかし原告はこの転勤を拒否したため、被告は広島営業所には名古屋営業所の主任Bを充て、原告は名古屋営業所に転勤させる内示をして説得したところ、原告はこれも拒否した。そこで被告は同年10月8日に原告を除く50名の定期異動を発令し、原告に対して名古屋営業所に転勤するよう説得を続け、原告の承諾を得られないまま同月30日、原告に対して名古屋営業所への転勤命令を発令した。しかし原告はこの命令に従わず、名古屋営業所に赴任しなかったため、被告は転勤命令拒絶を理由に昭和49年1月22日、原告を懲戒解雇した。
 これに対し原告は、被告に入社する際の労働契約において、その勤務地を大阪とする旨の合意が成立していること、家庭の事情から転居を伴う転勤はできないことを主張し、本件転勤命令は人事権の濫用として無効であり、これを拒否したことを理由とする本件解雇も無効であるとして、従業員としての地位の確認と賃金の支払いを請求した。
主文
1 原告は被告の従業員たる地位にあることを確認する。
2 被告は、原告に対し、金1008万7902円及び内金530万2152円に対する昭和52年11月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3 被告は、原告に対し、昭和52年11月1日以降毎月25日限り1ヶ月当たり金18万3848円を支払え。
4 原告のその余の請求を棄却する。
5 訴訟費用は被告の負担とする。
6 この判決は、主文第2、3項に限り仮に執行することができる。
判決要旨
原告と被告との間で、その労働契約成立時に、その契約内容として、原告の勤務場所を大阪とする旨の合意がなされたことはないというべきである。被告と労働組合との労働協約、被告の就業規則には、業務の都合により社員に転勤、配置転換を命ずることができる旨定められているから、被告においては、業務上の必要がある限り、従業員の承諾がなくても、これを一方的に転勤させることができるが、一方従業員は正当な理由があれば、右転勤を拒否することができるものというべきである。

 被告においては、昭和48年10月当時、広島営業所の主任Aの後継者として適当な者を転勤させる必要があったところ、被告は原告を適任者として広島営業所への転勤を内示したが、原告がこれを拒否したのでこれを止め、これに代わって名古屋営業所の主任Bを広島営業所に転勤させたこと、したがってBの後任者として適当な者を転勤させる必要があったのであって、その限度で原告を名古屋営業所に転勤させる必要があったといえるが、是非原告でなければならない事情はなかったのであるから、原告を名古屋営業所へ転勤させる必要性はそれ程強いものではなく、場合によっては原告に代えて他の従業員を転勤させても足りる状況にあったというべきである。被告は、神戸営業所の原告の後任としてCを内定していたことを理由に原告を名古屋営業所に転勤させる必要があったと主張するが、だからといって是非とも原告を名古屋営業所に転勤させなければならない必要があったとは認め難く、原告については転居を伴わない部署に配転するか、場合によってはCを名古屋営業所に転勤させることも可能であったというべきである。また被告は、名古屋営業所のBの後任としては原告の如き営業活動においてこれまで十分な成果を上げてきたベテランを配属する必要があったと主張するが、原告が転勤を拒否したのでBの後任として入社後3年で主任ではないDを転勤させたが、そのために名古屋営業所において支障が生じたとの事実を認めるに足りる証拠はないから、この点に関する被告の主張も採用できない。

 原告は本件転勤命令が出された当時、母親(71歳)、妻(28歳)、長女(2歳)と共に母親名義の家に住んでいた。母親は元気で食事の用意や買い物もできたが、生まれてから大阪を離れたことはなく、俳句を趣味に老人仲間で月2,3回句会を開いていたので、原告が名古屋に転勤になった場合に、自宅を引き払って原告と共に名古屋に移住することは、その年齢や生活環境に照らし、著しく困難であった。原告には当時独立の生計を営んでいる兄3人、姉2人がいたが、兄は異母兄弟であり、姉は既に結婚していたことなどから、兄や姉が母親を引き取るなどしてその面倒をみることは事実上できなかった。また原告の妻は、昭和48年8月30日まで会社に勤め、同年9月1日から保育所の保母として勤めるようになったところ、保母資格取得のために勉強をしており、保育所の運営委員をしていたことから、発足したばかりの保育所を辞めることは事実上困難であったし、原告と共に名古屋に移住しても、2歳の幼児を保育所に預けて働くところが見つかるとは限らなかった。したがって、原告が名古屋営業所に転勤になった場合には、原告は単身で赴任し、母親及び妻子と別居せざるを得ない状況にあって、原告は相当の犠牲を強いられることになるといわなければならない。

 しかして、被告が原告を名古屋営業所に転勤させる必要性がそれ程強くなく、原告に代え他の従業員を転勤させることも可能であったのに対し、原告が名古屋営業所に転勤した場合には、その母親、妻、子供と別居を余儀なくされ、相当の犠牲を強いられること、更には原告は昭和40年4月に被告に入社して以来、X社に出向した外、被告の神戸営業所に転勤し、かつ本件転勤命令が出された昭和48年10月までに2年4ヶ月しか経過していないこと等に照らして考えると、原告には本件転勤命令を拒絶する正当な理由があったものと認めるのが相当である。してみれば、原告が名古屋営業所への転勤を拒絶しているのに、敢えて転勤を命じた本件転勤命令は、被告において、その人事権を濫用した権利の濫用であって、無効というべきである。したがって、原告が本件転勤命令に従わなかったことを理由になされた本件解雇も無効というべきである。
適用法規・条文
なし
収録文献(出典)
労働判例399号43頁
その他特記事項
本件は控訴された。