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N社研究所配転拒否事件

事件の分類
配置転換
事件名
N社研究所配転拒否事件
事件番号
大阪地裁 - 昭和56年(ヨ)第5279号
当事者
その他申請人 個人1名
その他被申請人 株式会社
業種
製造業
判決・決定
決定
判決決定年月日
1982年11月19日
判決決定区分
却下
事件の概要
 被申請人は、製紙、繊維、伸線の各製造工程に必要な油剤の製造販売を主な業務とする株式会社であり、申請人は、昭和36年に被申請人に雇用され、昭和38年以降高槻工場でセールスエンジニアを経て昭和54年から技術係長として研究開発業務に従事してきた男性である。なお申請人は、昭和46年から8年間にわたり労働組合委員長を務めた。

 被申請人は、新たに北海道に営業所を設けることから、昭和55年7月24日、申請人に同営業所への転勤を内示した上、同年10月6日、札幌出張所長の転勤命令を発したところ、申請人がこれを拒否し、転勤命令効力停止の仮処分を申請したため、同月22日、就業規則に基づき申請人を解雇した。

 これに対し申請人は、次の理由を挙げて、高槻工場に勤務する従業員として取り扱うこと及び賃金の支払いを求めた。

(1)申請人の従来の業務内容は営業的性格を有するものではないのに、本件転勤命令はセールスエンジニアとしての業務への従事を要求するものであって、労務内容の変更を伴うものであること。

(2)申請人が雇用された当時、転勤についての定めもなく、その後規定が設けられはしたものの、転勤例は高槻、川之江、福山間に限られており、本件転勤命令は申請人と被申請人との間の研究開発業務に専念すること、勤務場所を高槻工場とすることの黙示の合意に変更をきたすものであって、申請人の合意がない限り無効であるところ、これを拒否したことを理由とする本件解雇は無効であること。

(3)当時、北海道に出張所を開設する必要性はなく、そのことは申請人が転勤を拒否した時点で他の人選を行わなかったことからも窺われること。

(4)申請人には、保母として勤務する妻と小学校6年生及び3年生の子供がいることから、申請人が転勤になれば必然的に単身赴任とならざるを得ないところ、これは夫婦関係及び親子関係に否定的な影響を与える要因となること。

(5)申請人は昭和53年に借金して自宅を新築し、加えて妻の母が病弱であって引き取って扶養する必要があるところ、転勤によって二重生活になれば、生活できなくなること。

(6)本件転勤命令は、申請人が長期にわたって労働組合の委員長を務め、活発な組合活動をしたことの故をもって行われた不当労働行為に該当し、また申請人の思想信条を理由とする差別的取扱いに該当すること。
主文
本件仮処分申請はいずれもこれを却下する。
申請費用は申請人の負担とする。
判決要旨
 一般に労働契約においては、労働者は企業の運営に寄与するために使用者に対して包括的に労務の提供を約するのが通常であるから、使用者は、労働者との間に職種や勤務場所を限定する個別的な特別の合意がない限り、労働契約の趣旨の範囲内において、労働者に対し職種や勤務場所を具体的に決定して労務の提供を命ずることができ、労働者はその命令に従って労務を提供すべき義務を負う。そして、職種や勤務場所の変更を伴う配置転換または転勤の場合もその例外をなすものではなく、被申請人の就業規則16条の規定「業務の都合により必要がある場合は、従業員に異動(転勤、職場・職種の変更、出向等)を命じ、または職階の変更を命ずることがある」「従業員は、正当な理由なくこれを拒んではならない」はこの理を確認したものということができる。

 申請人の主な仕事は、昭和53年6月以降、直接ユーザーを持ちこれらを訪問して製品の販売をするという純粋な意味でのセールスエンジニアではなくなったものと考えられるが、被申請人との間に職種を研究員に限定する旨の合意が成立したという疎明はないし、組織変更による体制は1年で見直され、全員が営業活動に当たるという方針に変更されたこと、セールスエンジニアの仕事は、その技術的知識に裏付けられた営業要員であって、一定期間基礎的研究に従事することと全く矛盾する職種ではないことが一応認められるのであって、これらの事実に照らせば、申請人と被申請人との間に申請人を研究開発業務に専従させ、他の職種には就かせないとの黙示の合意が成立していたとも考え難い。また勤務場所については、新設の営業所に転勤した者がおり、11名のうち5名が2回の転勤を経験していることが認められるから、申請人が主観的にどのように考えていたにせよ、被申請人の業務上の必要性ないしはその事業の発展に伴って、従来から存在した事業所への転勤はもちろん、新設の出張所等への転勤も予想すべき事柄であって、現にそのような先例があるのであるから、被申請人が申請人についてのみ将来いかなる事態が生じようとその勤務場所を高槻工場に限定することを黙示にせよ約諾したとは到底考えられず、申請人の職種及び勤務場所を限定する旨の合意が存在したものと認めることはできない。

 労働者の職種や勤務場所は使用者がその裁量によって決定・変更できるのが原則であるとしても、その決定・変更に何らの合理性もない場合とか、これによって労働者に著しく不相当な不利益をもたらす場合等には使用者の人事権の濫用としてその決定・変更命令の効力が否定されることがある。そこで本件転勤命令についてみると、北海道地区における脱墨剤の需要増が見込まれるところ、ユーザーが求める薬品をセールスエンジニアが絶えずユーザーと接触して知る必要があること、被申請人の最大の取引先から北海道出張所の開設を要請されたことが認められ、被申請人において北海道に出張所を設けることによって販売量を増加させ、シェアの拡大をもたらす利益が期待されるのであるから、被申請人には同出張所を開設する業務上の必要があったということができる。更に人選の適否について検討すると、申請人は従前から製紙担当のセールスエンジニアとしての豊富な経験を有していた上、昭和55年以降北海道地区のユーザーの新規開拓を目的として北海道への出張を重ね、同地区の実情を把握しつつあったこと等が一応認められるから、被申請人が出張所長として申請人を選んだことは、その経歴、能力、被申請人の全社的な人事配慮の点からみて相当なものであったということができる。

 申請人には本件転勤命令発令当時妻と小学校6年生と3年生の子供があり、将来妻の母を引き取って扶養することを考えていたこと、妻は保母として月20万円の収入があり勤務を続ける意思でいること、新築住宅の借入金を毎月10万円返済しなければならないことが一応認められるから、申請人が北海道へ転勤するとすれば単身赴任とならざるを得ず、申請人の家庭生活に重大な影響が生じることは否定できない。しかし、申請人の転勤期間は2年間が予定されており、月に1度高槻に帰る費用を被申請人が負担することを保証したこと、住居費、光熱費等についても月額100円を徴収する他は被申請人が負担し、月1万5000円の手当が支給されることになっていたことから、申請人の精神的、経済的負担は相当程度軽減すると考えられる。また今日の我が国において夫が単身赴任する事例が少なくないことは公知の事実であって、本件転勤命令が申請人において全く予想できないような異常なものであるとも考えられない。これらの事情に照らせば、被申請人が本件転勤について有する業務上の必要性を上回る程度の不利益が申請人に生じることはないというべきであるから、本件転勤命令が被申請人の人事権の濫用により無効であるとの申請人の主張は理由がない。

 昭和53年頃から被申請人の労務対策に変化が生じ、組合活動に対して厳しい態度を取るようになり、これと同時に組合内部において申請人ら執行部の方針に反対する勢力が増加してきたことが窺えるけれども、これは組合内部での意見対立が原因であったと考えられ、また申請人の従来からの組合活動が特に過激であったわけでもなく、申請人が委員長をしている頃に組合が獲得した成果も著しく被申請人に不利益をもたらす程のものではなかったのであって、被申請人が申請人の組合活動を理由にこれを高槻工場から排除しなければならなかった事情は見出し難い。したがって、本件転勤命令を被申請人が申請人の組合活動を嫌い、これを高槻工場から排除する目的に出た不当労働行為とすることはできないし、またこれを申請人の思想信条による差別処分であることを認めるに足る疎明はないから、これらの事由によって本件転勤命令を無効とする申請人の主張は理由がない。
適用法規・条文
なし
収録文献(出典)
労働判例401号36頁
その他特記事項