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航空会社エア・ホステス配転事件

事件の分類
配置転換
事件名
航空会社エア・ホステス配転事件
事件番号
東京地裁 - 平成2年(ワ)第5101号
当事者
原告 個人1名
被告 航空会社
業種
運輸・通信業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1992年02月27日
判決決定区分
棄却
事件の概要
 被告は、インド国営の国際線航空会社であり、原告(昭和19年10月生)は、昭和42年1月、被告との間で雇用契約を締結し、一貫してエア・ホステスとして勤務していた女性である。原告が採用された当時、入社時より最低30ヶ月勤務しなければならないこと、通常エア・ホステスは19歳から30歳に達するまでの間雇用され、原告がその年限を越えた場合、被告は雇用関係を終了させる権利を有することとされていた。

 昭和57年2月、被告はエア・ホステスの定年につき。(1)35歳到達時、(2)勤務後4年以内の結婚、(3)2児出産後の妊娠のいずれかが生じたときと定め、定年後も10年間は1年ごとに搭乗勤務を延長することができることとした。原告はこれによると45歳に達する平成元年10月限りで雇用契約を終了させられるおそれがあるとして、若年定年制の無効を主張し、エア・ホステスとしての地位確認を求める訴訟を提起した。この訴訟の審理中、被告は原告に対し地上勤務に配転する旨の通知をしたが、これについても原告はエア・ホステスとしての地位保全を求める仮処分を申請した。

 平成元年10月、インド政府が、エア・ホステスについて、男子と同様58歳まで勤務することを許容されるべきという決定をしたことを受けて、被告は原告をエア・ホステスに再配転したが、平成2年2月22日、原告に対し、定年は58歳まで延長されるが、エア・ホステスとしての搭乗勤務はこれまで通り45歳で終了することを通告した。そして被告は、原告に対し、同年3月15日よりエア・ホステスとしての搭乗勤務を解き、成田営業所において「パブリック・リレーションズ・アシスタント」(旅客担当)として勤務することを命ずる旨の通知をした。

 これに対し原告は、主位的請求として、(1)本件採用当時原告の職務をエア・ホステスに限定する旨の合意が成立していたこと、(2)原告は採用された後、エア・ホステスとしての所定の訓練を経て搭乗業務に就いており、地上職とは明確に区別されたプロフェッショナルとして扱われていること、(3)職種別定年制の採用は、原告の職務がエア・ホステスに限定されていたことの証左であること、(4)被告においてエア・ホステスから地上職へ強制配転された例はないこと、(5)就業規則には配転を命じ得る権限を定めた規定が存在しないことを主張し、本件配転命令は、原告の同意を得ることなくエア・ホステスとは異なる職種への配転を命じたものであるから無効であると主張した。また原告は、予備的請求として、仮に本件配転命令が雇用契約違反に当たらないとしても、原告を本件職務に配転する業務上の必要性がないこと、本件配転により原告は外地手当を奪われ、月額約5万円の不利益を受けること、本件配転命令はインド政府による定年延長の決定を空洞化するという不当な動機・目的に基づくものであるとして、仮に主位的請求が認められないとしても、予備的請求が認められるべきであると主張した。
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
1 雇用契約違反について

 雇用契約は、労働者がその労働力の使用を包括的に使用者に委ねるという内容を持つものであるから、使用者は、その包括的処分権に基づいて、労働者に対し、職種及び勤務場所を特定して配転を命じ得ることが原則であるが、労使間において、特に職種又は勤務場所を限定する明示又は黙示の合意が成立し、これが雇用契約の内容になっている場合には、その範囲を超えて配転を行うには、労働者の合意が必要であると解するのが相当である。

 原告は、被告のエア・ホステスの採用試験に合格し採用され、採用通知にも原告をエア・ホステスとして採用することが明記されていたこと、原告はエア・ホステスの訓練を受け、実際にもエア・ホステスとして搭乗勤務してきたこと、本件採用通知にも最低30ヶ月の義務年限を定める一方で、エア・ホステスは19歳から30歳の間雇用されることを明記していたことが認められる。エア・ホステスの採用に当たっては、一定水準の語学能力を要求されるものの、それ以上に特別な公的資格や専門的知識等を要求されるものではなく、その業務内容自体によって職種限定の合意を基礎付け得るほどに専門職とまでは見ることはできない。しかし、原告が採用された昭和42年当時には、エア・ホステスは少なくとも国内的には、女性の花形職業として希少価値が高く、賃金等の雇用条件も比較的に恵まれていて、社会的にも高い評価を受けていたことは公知の事実であるし、他の雇用条件との関連において職種限定の合意をすることを排除すべき理由はないから、エア・ホステスの業務内容が右程度のものであるからといって、本件採用時に、原告と被告との間で、原告の職務をエア・ホステスに限定する旨の職種限定の合意が成立したとの認定を妨げるものではない。以上によれば、本件採用時、原告と被告との間では、原告の職務をエア・ホステスに限定する旨の職種限定の合意が成立し、これが本件雇用契約の内容になっていたものと認めるのが相当である。

 しかし、職種限定の合意が成立したといっても、原告はエア・ホステス以外の業務に従事することを要しない旨を明記した契約条項が定められていたわけでもないから、職種限定の合意は、エア・ホステスについて30歳という通常よりも相当に低い職種別定年制を採用したこととの関連で成立したもので、エア・ホステスの定年年齢が30歳から58歳まで順次延長され、これに伴って原告の勤務可能年数が大幅に伸長したのにも関わらず、本件の職種限定の合意のみが何らの変更もなく効力を維持するものと解することは、妥当ではない。エア・ホステスの定年年齢を30歳とする職種別定年制のもとで成立した本件の職種限定の合意を、定年年齢が58歳まで伸長した現在の法律関係の下で事後的に評価した場合においても、それは、せいぜい当初の定年年齢である30歳か又はこれに近接する当分の期間について原告の職務をエア・ホステスに限定する趣旨のものとして効力を認め得るのみで、本件雇用契約の締結時から58歳の定年年齢に達するまでの全期間にわたって効力を有するものと解するのは相当でないというべきである。したがって、原告の年齢が45歳を超え、かつ本件雇用契約の締結時から23年経過した後にされた本件配転命令当時には、当初成立した職種限定の黙示的な合意は既にその効力を失い、本件雇用契約の内容にはなっていなかったと解するのが相当である。

 被告は、職種限定の黙示的な合意を含む本件雇用契約において約定された原告の30歳定年年齢が到来した後である昭和57年2月以降においては、エア・ホステスの定年年齢を順次延長する一方で、エア・ホステスとしての職種限定を認めない意思を繰り返し表明してきたことになるから、少なくとも原告に配転命令を発した平成2年3月の時点では、職種限定の黙示的な合意は、本件雇用契約の内容にはなっていなかったものと解するのが相当である。以上によれば、被告は、本件配転命令を発した平成2年3月の時点では、いずれにせよ、本件雇用契約上、契約締結当初の職種限定の合意に約束されることなく、原告に配転を命じ得る権限を有していたことになるから、本件配転命令が本件雇用契約に違反して無効であるということはできない。

2 配転命令権の濫用について

 被告においては、本件配転当時、海外旅行の普及等による成田空港での接客業務の量的な拡大傾向にもかかわらず、それに対応すべき人員が不足している状況にあったこと、接客業務の質的な面でも向上を図る必要があったことが認められるから、接客業務に専門的に従事することを内容とする職務を新たに設けたことの業務上の必要性を是認することができる。そして、エア・ホステスとしての長年の経験で培った接客に関する知識及び技能を考慮し、原告を人選したことについても、合理的なものであるということができる。そうすると、被告が、本件職務を新たに設け、本件職務に充てるべき人材として原告を人選したことは業務上の必要性があったものと解するのが相当である。

3 原告の受ける不利益

 原告が本件職務に就いた場合、エア・ホステスに支給されていた外地手当が支給されなくなるが、これはもともとエア・ホステスが外地で滞在するときの必要経費の実費負担分としての性格を有するものと解されるから、外地手当が支給されなくなることをもって経済的不利益ということはできない。また原告が配転以前にエア・ホステスとして支給を受けていた賃金総額は、外地手当を除くと48万1838円であったところ、本件配転命令に当たり提示された賃金総額は、48万4100円であるから、本件配転によって原告は何ら経済的不利益を被るものではない。また、原告は通勤上著しい不利益を受けると主張するところ、確かに原告の自宅から成田空港まで通勤が困難になることは認められるが、被告東京支社は千代田区内の事務所と成田営業所のみから成るのであるから、このような不利益は、被告に勤務する原告にとって全く予想外の事態であるということはできず、これをもって本件配転命令権の濫用に当たる事情とすることはできない。更に原告は、本件配転がインド政府による定年延長の決定を空洞化するという不当な動機・目的を持つものであると主張するが、インド政府の決定は、エア・ホステスの勤務年限を男子と同等の58歳に延長したに留まり、個々の労働者が58歳までエア・ホステスとして勤務し得ることまで保障したものとはいえないし、まして個々の雇用契約に根拠を置く配転命令権を左右する効力を有するものとは認められないから、本件配転がインド政府の決定を空洞化する不当な動機・目的を持つものということはできない。以上の通り、本件配転命令が権利濫用として無効であるとする原告の主張はすべて理由がない。
適用法規・条文
なし
収録文献(出典)
労働判例609号15頁
その他特記事項