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N社配転仮処分申立事件

事件の分類
配置転換
事件名
N社配転仮処分申立事件
事件番号
神戸地裁姫路支部 - 平成15年(ヨ)第92号
当事者
その他債権者 個人2名A、B
その他債務者 株式会社
業種
サービス業
判決・決定
決定
判決決定年月日
2003年11月14日
判決決定区分
一部認容・一部棄却
事件の概要
 債務者は、スイスに本拠を置く総合食品企業の日本法人であり、債権者Aは高校卒業後昭和46年8月に、債権者Bは高校卒業後昭和49年4月に、それぞれ債務者に雇用され、共に姫路工場に勤務していた男性である。
 債務者は、平成15年5月9日、債権者両名が所属するギフトボックス係61名全員に対し、姫路工場におけるギフトボックス箱詰め作業の廃止を理由として、同年6月28日までに霞ヶ浦工場への転勤を命じるとともに、この転勤に応じられない者が退職する場合には特別退職金を支給する旨の優遇措置を提示した。
 これに対し、債権者らはいずれも家庭の事情を理由として転勤に応ずることができない旨を説明し、転勤命令の撤回を求めたが、債務者はこれを拒絶したため、当該配転命令の効力停止等の仮処分を申請した。本件転勤命令当時、債権者A(53歳)は、妻(43歳)、長女(18歳)、次女(14歳及び実母(78歳)と同居し、債権者B(47歳)は、妻(40歳)、長男(13歳)、次男(8歳)及び実母(79歳)と同居していた。
主文
判決要旨
1 債務者の転勤命令権の有無 

 債務者の就業規則は、業務上の必要に応じ、従業員に異動を命ずる旨定めており、債権者両名と債務者との雇用契約書には「雇用中に、他の勤務地へ転勤される事があり」と明記されている。債権者両名が債務者に入社以来、長年にわたり一貫して姫路工場に勤務してきたことは、直ちに勤務場所を限定する合意を推認させるものではなく、かえって(1)就業規則には、債務者は業務上の都合により従業員に転勤を命ずることができる旨の定めがあること、(2)現に債務者では、全国に事業所、工場を置き、現地採用者であっても転居を伴う転勤措置を実施してきていること、(3)債権者両名が雇用契約を締結した際にも、転居を伴う転勤措置を明示的に承諾していたことなどの事情の下においては、債務者は、個別的同意なしに債権者両名の勤務場所を決定し、これに転勤を命じて労務の提供を求める権限を有するものというべきである。

2 本件転勤命令の有効性

 使用者の転勤命令は、当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合、又は業務上の必要性が存する場合であっても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等特段の事情の存する場合は、権利の濫用になるものというべきである。
 転勤命令の要件とされる業務上の必要性は、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤労意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、これを肯定するのが相当である。

 債務者は低コストでギフトボックスを製造するために外注方式としたこと、姫路工場では生産体制の合理化のため人員が余剰になっているのに対し、霞ヶ浦工場では慢性的に人員が不足していること、このため債務者は姫路工場のギフトボックス係に配属されている61名全員を霞ヶ浦工場に異動させることに決めたことが認められる。債務者がこのような計画を実施したのは、経営上必要な措置であったことが認められ、労働者配置の効率化、公平確保の点からやむを得ない措置として是認し得るものである。

 (1)債権者Aの妻は、平成10年4月、非定型精神病と診断され、日常生活を営むにも家族の援助が必要であり、未知の土地で暮らすことが困難であること、(2)実母は看護師として稼働しているものの78歳と高齢であること、(3)長女は高校3年生、次女は中学3年生であり、いずれも受験を間近に控えていることが認められる。そうすると、妻が債権者Aとともに茨城県に転居することは危険が大きく、他方、債権者Aが単身赴任し、他の同居家族だけで妻の世話をすることは不可能とまではいえないにしても、相当な困難が予想される上、その病状を悪化させる可能性もある。したがって、本件転勤命令は、債権者Aの家庭の事情に照らすと、同債権者に対し、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものと認められる。
 (1)債権者Bの実母は79歳であり、脳梗塞後遺症等が原因で介助を要し、要介護2の認定を受け、週2回のデイサービスを受けながら同債権者と妻によって在宅介護されていること、(2)実母は夜間徘徊等も見られるほどに痴呆が進んでおり、転居に伴う環境変化によりその症状が悪化する可能性もあることが認められる。そうすると、債権者Bが単身赴任し、その妻だけに実母の面倒を委ねることは現実に不可能であり、また実母が同債権者とともに転居することも困難である。したがって、本件転勤命令は、債権者Bの家庭の事情に照らすと、同債権者に対し、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものと認められる。
 以上によると、本件転勤命令は、業務上の必要性が存するものの、債権者A及び債権者Bのいずれに対しても、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるから、権利の濫用に当たり無効というべきである。

3 保全の必要性

 (1)債務者は、債権者両名に対し、平成15年6月23日以降、姫路工場における労務の受領を拒絶するとともに、同年10月以降は賃金相当額の支払いの停止する意向を示していること、(2)債権者両名は姫路工場で労務を提供する意思を示していること、(3)債権者両名が賃金を受けられないとすれば、家族を含むその生活に著しい支障を来し、回復し難い損害を生じるおそれがあり、これを回避するためには少なくとも従来の平均賃金の8割に相当する金額が必要であることが一応認められる。
適用法規・条文
なし
収録文献(出典)
労働判例861号88頁
その他特記事項
本件は本訴に移行した。