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N社配転本訴事件

事件の分類
配置転換
事件名
N社配転本訴事件
事件番号
神戸地裁姫路支部 − 平成15年(ワ)第918号
当事者
原告 個人2名A、B
被告 株式会社
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2005年05月09日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(控訴)
事件の概要
被告は、スイスに本社を置く食品メーカーであり、原告らは高校卒業後被告に入社した従業員である。

 被告は平成15年5月、原告らが所属する姫路工場ギフトボックス係を廃止し、原告らを含む61名を霞ヶ浦工場に転勤させることを命じ、これが出来ない者が退職する場合には特別退職金を支給すると伝えた。しかしながら、原告らは病気の妻や痴呆状態の実母を抱えていて転勤が不能であるとして、本件転勤の撤回を求めたが、被告がこれを拒否したため、本件転勤命令の効力停止等の仮処分を申請した。

 仮処分決定においては、就業規則、雇用契約書からみて、被告は原告らに対し転勤命令を行う権限を有していること、被告が経営合理化のためギフトボックス部門を廃止することにより姫路工場で余剰人員が生まれる一方、霞ヶ浦工場では慢性的に人員不足であったことから、原告らを霞ヶ浦工場に転勤させようとしたことは経営上必要な措置であったことが認められるとしながらも、原告Aについては病気の妻を抱え、実母が高齢であること、原告Bについては実母が痴呆のため、要介護状態になっていることから、共に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を課することになるとして、本件転勤命令を権利濫用により無効とした。
主文
1 原告両名が、被告霞ヶ浦工場に勤務する雇用契約上の義務のないことを確認する。

2 被告は、原告Aに対し、平成15年9月から本件判決確定に至るまで毎月25日限り金38万0592円を支払え。

3 被告は、原告Bに対し、平成15年9月から本判決確定に至るまで毎月25日限り金42万0770円を支払え。

4 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

5 訴訟費用は被告の負担とする。

6 この判決は、第2項及び第3項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 配転命令権の有無

 原告らと被告との間の雇用契約には、職種や勤務場所を姫路工場に限る旨の合意はなく、むしろ雇用契約書及び就業規則には転勤があり得ると明記されており、原告らが雇用された当時、被告には複数の工場が存在し、工場間の異動が具体的に予測し得る状況にあったことからすれば、原告らと被告との間の雇用契約は、勤務場所を限定する雇用契約ではなく、被告は配転命令権を有していたと認めることができる。 

2 本件配転命令権の有効性

 使用者に配転命令権が認められる場合であっても、転勤は、特に転居を伴うものにあっては、一般に労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えずにはおかないものであるから、使用者の配転命令権は無制約に行使できるものではなく、その配転命令について、業務上の必要性がない場合、又は業務上の必要性がある場合であっても、その配転命令が不当な動機・目的をもってなされたものであるとき、若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等の特段の事情がある場合には権利の濫用となり、当該配転命令は無効となるというべきである。

 企業が、その生産、販売体制をより効率的なものに変更するということは、経営権の範囲に属する事柄であって、その変更が経営上の観点から効率的なものを目指して行われる以上、許されないものではない。そして、企業内の一部署を廃止した場合には、当然にその部署に所属する労働者の配置転換が必要になるのであって、そのような場合の配転には業務上の必要性が認められる。そこで、姫路工場内のギフトボックス係の廃止に伴う労働者の配転については、業務上の必要性がなかったということはできず、本件配転命令には業務上の必要性を肯定することができる。原告らは、本件配転命令は、利潤追求のみを理由とするもので、退職を強要する実質的な解雇に当たり、配転命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものに該当すると指摘するが、本件配転命令には業務上の必要性を肯定でき、配転先の霞ヶ浦工場では現に労働者を受け入れる体制にあったのであるから、本件配転命令を実質的な解雇ということはできない。

 原告Aについては、本件配転命令時、妻が精神病に罹患しており、単身で生活できる状態になく、原告Aの援助を必要としていたから、原告Aが転勤となれば単身で赴任するか、妻ら家族を伴って転居するかいずれかの方法をとらざるを得ないが、単身赴任の場合は妻に対する援助を担当する者を失うことになり、そうなると妻の精神的安定に影響を及ぼし、家庭崩壊の危惧さえある。また原告Aが家族を伴って転居した場合には、妻としては全く知らない土地に住むことになり不安感が増し、病気が悪化することも予想されないではない。そうすると、本件配転命令が原告Aに与える不利益は相当程度大きいと認められる。

 原告Bについては、実母の介護を行い得るのは原告Bと妻しかいないと認められるところ、実母の症状に照らせば、妻1人で介護を行うことは甚だ困難である。そこで原告Bが転勤となれば、単身赴任か家族を伴っての赴任かいずれかの方法を取らざるを得ないが、単身赴任の場合は実母の介護を福祉サービスを利用するなどの代替しなければならないが、それは多大な経済的負担が伴い、家族を伴って赴任するのも実母の病状に悪影響を及ぼす可能性があるから、原告B並びに妻及び他の家族らに対して多大な負担を与えることになる。したがって、本件配転命令が、原告Bに与える不利益も、また相当程度大きいと認められる。

 育児介護休業法26条は、事業主が労働者の就業場所の変更を伴う配置の変更をしようとする場合において、それにより子の養育又は家族の介護が困難となる労働者がいるときは、その状況に配慮しなければならないと定めているが,同条によって事業主に求められる配慮とは、必ずしも配置の変更をしないことまで求めるものではないし、介護等の負担を軽減するための積極的な措置を講ずることを事業主に求めるものでもない。しかし、事業主が全く何もしないないことは許されることではなく、就業場所変更によって子の養育又は家族の介護が困難となることとなる労働者に対しては、避けられれば避け、避けられない場合にはより負担が軽減される措置をするよう求めるものである。そのような配慮をしなかったからといって、直ちに配転命令が違法となるというものではないが、その配慮の有無程度は、配転命令権の行使が権利の濫用となるかどうかの判断に影響を与えるということはできる。

 労働者が配転によって受ける不利益が通常甘受すべき程度を超えるか否かについては、その配転の必要性の程度、配転を避ける可能性の程度、労働者が受ける不利益の程度、使用者がなした配慮及びその程度等の諸事情を総合的に検討して判断することになる。被告姫路工場内には多様な業務が存在し、原告らが就労することのできる業務もあり、霞ヶ浦工場における業務内容もギフトボックス係の者だけがなし得るというような特殊なものでないことからすれば、姫路工場全体から配転する人材を選定することもできたはずであり、退職優遇制度の提案によって、遠隔地への転勤が困難な者若干名を姫路工場内の他の部署へ配転することができる余地も生じたはずであるということができる。 

 原告Aについては、妻が精神病に罹患しており、単身で生活することが困難な状態であり、その治療や生活のために援助が必要であり、原告Aが本件配転命令に従うことによって、妻のための治療の援助が困難となったり、その症状が悪化する可能性があったのであるから、原告Aが本件配転命令によって受ける不利益は通常甘受すべき程度を著しく超えるものといわなければならない。また、原告Bについては、実母が要介護状態にあり、原告Bが本件配転命令に従うことによって、介護が困難になったり、実母の症状が悪化する可能性があったから、本件配転命令によって受ける不利益が通常甘受すべき程度を著しく超えるものといわなければならない。

 本件において、被告は配転命令を出した後、異動できない場合は平成15年5月23日までに申し出るように通知しているのであるから、少なくとも従業員に対して同日までは個人的事情を申述する期間として猶予を与えたというべきである。原告Aは同月22日に妻が精神病であること、実母が高齢であること等を理由に姫路工場に留まりたいと申し入れており、原告Bは同月23日に実母が要介護2と認定され、妻による介護が必要であること等を告げているのであるから、本件配転命令の効力を判断する上で考慮の対象になる。ところで、被告は、交通費、宿泊費、引越費用、転勤休暇及び赴任支度料を支給するとしており、主として経済的側面からは相当程度の援助を尽くしているということができるが、原告らの受ける不利益は金銭的なもののみではなく、むしろ肉体的精神的な不利益が多大であるというべきである。そうであれば、被告による転勤に対する援助があるとしても、原告らが本件配転命令によって受ける不利益が通常甘受すべき程度を著しく超えるとの判断を覆すに足りるものとはいい難い。

以上によれば、本件配転命令は業務上の必要性に基づいてなされたものではあるけれども、原告らに対し、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるという特段の事情が認められるから、本件配転命令によって原告らを霞ヶ浦工場へ移転させることは、被告の配転命令権の濫用に当たる。
適用法規・条文
育児介護休業法26条
収録文献(出典)
労働判例895号5頁
その他特記事項
本件は控訴された。