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N社配転拒否本訴控訴事件

事件の分類
配置転換
事件名
N社配転拒否本訴控訴事件
事件番号
大阪高裁 − 平成17年(ネ)第1771号
当事者
控訴人 株式会社
被控訴人 個人2名A、B
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2006年04月14日
判決決定区分
棄却
事件の概要
 控訴人(第1審被告)は、経営合理化の一環として、姫路工場のギフトボックス係を廃止し、同係の従業員全員を恒常的に人員不足であった霞ヶ浦工場に異動させようとしたが、被控訴人(第1審原告)らは病気の妻や要介護の実母を抱えていることを理由に配転を拒否したところ、控訴人がこれを聞き入れなかったので、本件配転命令の効力停止の仮処分申請を行った。

 仮処分決定においては、本件配転命令は経営上の必要性があるとしながらも、被控訴人(債権者)らが病気の妻や要介護の実母を抱えており、本件転勤命令を受けることは通常甘受すべき不利益を著しく超えるとして、配転命令を無効とした。
 本訴第1審においても、仮処分決定とほぼ同様の考え方に立って、本件配転命令を無効としたところ、控訴人は、配転があることを前提に正社員を採用していること、個人面談の際に被控訴人らは家族の病状や介護状況について具体的に申告していないこと、被控訴人Aの妻は実家に帰っているなど被控訴人は援助を行っていないこと、同妻は十分に日常生活を営める程度の状態であったこと、被控訴人Bの実母については主治医意見書では夜間の徘徊については問題にしておらず、被控訴人Bが介護をしていたとの記載はないことを挙げ、原判決は姫路工場内で他の部署への配転の可能性について言及するが、企業内の実情を知らず、経営に責任を持たない裁判所が人事・経営政策を論じること自体失当であること等を主張し、その取消しを求めた。
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 訴訟費用は、控訴人の負担とする。
判決要旨
 被控訴人Aの妻は、本件配転命令当時、非定型精神病に罹患していたところ、配偶者たる被控訴人Aは、妻を肉体的、精神的に支え、病状の改善のために努力すべき義務を当然負っていたというべきである。控訴人は、本件配転命令当時、被控訴人Aと妻の関係はかなり悪く、被控訴人による援助は全く考えられない状態であったと主張するところ、確かに被控訴人Aが、長男の死亡や本件配転命令のこともあって妻に辛く当たり、これが妻の病状を悪化させた面も否定できないと考えられるが、離婚を真剣に考慮したような事実までは認められない。被控訴人Aが霞ヶ浦工場に転勤することになった場合には、単身赴任か家族を伴っての転居となるところ、単身赴任した場合には、妻は家事を自分で行わなければならないという心配が精神的安定に影響を及ぼす虞はかなり大きいものと考えられる。また、家族帯同で転居する場合については、全く知らない土地に住むことは妻の不安感を増大させ、病気が悪化する可能性が強く、医師との信頼関係を一から築く必要があり、これも症状悪化に結びつく可能性があり、ひいては家庭崩壊につながることも考えられる。したがって、本件配転命令が被控訴人Aに与える不利益は非常に大きいものであったと評価できる。

 被控訴人Bの実母は、本件配転命令当時、頻繁に外出し徘徊していたとまでは認められないが、家から出ようとすることもあり、トイレに行く場合に介助が必要になることもあったため、被控訴人Bは夜間の実母の監視や介助等をしていた。このうち、夜間の介護については、ショートステイの方法により、若干介護の負担を免れることができると認められるが、介護を親族が行うことは、主として精神的な面でメリットがあり、介護保険による介護を利用する場合には一定程度の利用者負担が必要であるから、配転命令のもたらす不利益の判断において、要介護者が常に最大限公的サービスを受けていることを前提として判断すべきものとはいえない。そうすると、被控訴人Bが単身赴任した場合には、実母の介助及び援助は被控訴人の妻が行わざるを得なくなることになり、実際上不可能である。これについては、ある程度は介護保険によるサービスで賄うことが可能と解されるが、十分とは考えられない上、相当額の費用負担も必要になる。他方、実母が老齢であって、新たな土地で新たな生活に慣れることは、一般的に難しいことを考慮すると、被控訴人Bに同行して転居することは、かなり困難であったことは明らかである。

 改正育児介護休業法26条の配慮の関係では、本件配転命令による被控訴人らの不利益を軽減するために採り得る代替策の検討として、工場内配転の可能性を探るのは当然のことである。裁判所が企業内の実情を知らないというのであれば、控訴人は具体的な資料を示して、工場内では配転の余地がないこと、あるいは他の従業員に対して希望退職を募集した場合にどのような不都合があるのかを具体的に主張立証すべきである。

 控訴人は、本件配転命令後に被控訴人らに個人面談を実施したにもかかわらず、被控訴人らは配転によって生じる不利益について具体的に主張することをせず、一方的に書面を送りつけただけである以上、後から不利益を主張すること自体信義則上許されないなどと主張するが、控訴人が設けた提出期限内に書面でなされた被控訴人らの転勤困難の申し出や具体的な事情の主張が信義則に反すると解すべき理由はない。したがって、本件配転命令は、被控訴人らに通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるもので、配転命令権の濫用に当たり、無効であって、被控訴人らは霞ヶ浦工場に勤務する雇用上の義務はなく、被控訴人らの賃金支払い請求は原判決の認容した限度で理由がある。
適用法規・条文
育児介護休業法26条
収録文献(出典)
労働判例915号60頁、労働経済判例速報1935号12頁
その他特記事項