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Z航空退職強要事件

事件の分類
解雇
事件名
Z航空退職強要事件
事件番号
大阪地裁 − 平成8年(ワ)第9953号
当事者
原告 個人1名
被告 航空会社
業種
運輸・通信業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1999年10月18日
判決決定区分
一部却下・一部認容・一部棄却(控訴)
事件の概要
 原告は、昭和48年12月に被告に雇用され、スチュワーデスとして勤務し、ベテラン客室乗務員として稼働していた女性である。

 平成3年4月18日、原告は乗務のために乗車した被告手配のタクシーで交通事故に遭遇し、平成5年10月18日まで業務上災害による休業を、翌日から同年12月31日まで有給休暇を、平成6年1月1日から労使協定による病気欠勤を取得し、平成7年1月1日から休職に入っていた。

 被告は、休職中の平成7年5月に原告に出社を命じ、「知識テスト」を行い、「客室乗務員としては失格」「適性を欠いている」などと述べ、原告に復職の断念を迫った。更に以降連日のように原告の上司らが原告に対し、「能力・適性がない」「周りにとってお荷物」「寄生虫」「普通は辞表を出す」「退職を確認するまで毎日でも寮に行く」などと、原告に退職を強要したほか、原告の親族を通じても退職を強要した。原告は被告の指示により社医の診断を受けた後、同年7月6日に復職し、被告の命により、同月6,7日、同年8月1,2日、同年10月19,20日と、3回の復職者訓練を受けたが、いずれも不合格と判定された。そこで被告は、平成8年1月24日、原告に対し、「労働能力の著しい低下」「やむを得ない業務上の都合」等を理由として、原告を同年2月29日付けで解雇する旨の意思表示を行った。

 原告は、被告が異例の方法で復帰訓練を行い、原告の職場復帰を妨害し、「不合格」の結論を出して解雇を行ったものであり、信義則違反に基づく解雇権の濫用として無効であると主張し、従業員としての地位の確認と賃金の支払いを請求した。また原告は、被告による退職強要及び解雇は人格権の侵害であり、原告は著しい精神的苦痛を蒙ったほか、20数年来の職場を失い、その結果本件裁判を提起することを余儀なくされたとして、身体的、精神的苦痛に対し1000万円の慰謝料と100万円の弁護士費用を請求した。
主文
1 原告の訴えのうち、本判決確定後に支払期日の到来する賃金の支払いを求める部分を却下する。

2 原告が被告に対し雇用契約上の地位を有することを確認する。

3 被告は、原告に対し、平成8年3月以降本判決確定に至るまで、毎月25日限り47万5109円及びこれに対する各支払日の翌日から支払い済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。

4 被告は、原告に対し、55万円及びこれに対する平成8年10月29日から支払い済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。

5 原告のその余の請求を棄却する。

6 訴訟費用は、これを4分し、その1を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
判決要旨
1 本件解雇の効力

 労働者がその職種や業務内容を限定して雇用された者であるときは、労働者がその業務を遂行できなくなり、現実に配置可能な部署が存在しないならば、労働者は債務の本旨に従った履行の提供ができないわけであるから、これが解雇事由となることはやむを得ないところである。そして客室乗務員としての業務は、通常時における業務のほか、緊急時における措置、保安業務、救急看護措置等の業務を含むものであって、高度の能力を要求される業務であり、緊急時における措置等の適否が、万が一の場合には人命に直結するものであることからすると、かかる部分における業務遂行能力は、これをおろそかにすることはできず、これを欠いたままで乗務させることはできないといわなければならない。しかしながら、労働者が休業又は休職の直後においては、従前の業務に復職させることができないとしても、労働者に基本的な労働能力に低下がなく、復帰不能な事情が休業又は休職に伴う一時的なもので、短期間に従前の業務に復帰可能な状態になり得る場合には、労働者が債務の本旨に従った履行の提供ができないということはできず、就業規則が規定する解雇事由もかかる趣旨のものと解すべきである。使用者は、労働者が直ちに従前業務に復帰できない場合でも、比較的短期間で復帰することが可能である場合には、休業又は休職に至る事情、使用者の規模、業種、労働者の配置等の実情から見て、短期間の復帰準備時間を提供したり、教育的措置をとるなどが信義則上求められるというべきで、このような信義則上の手段をとらずに解雇することはできないというべきである。

 被告が行った3回の復職者訓練の結果では、知識確認の点は問題ないものの、客室乗務員としての接客、サービス業務等の通常業務においても不十分な点があり、保安要員としての業務について不適切な部分が多く存在したことからすれば、原告を直ちに客室乗務員として乗務させることができるか否かについては消極的な回答を出さざるを得ないところである。しかしながら原告は、過去に18年間に及び客室乗務員として勤務し、その経歴に応じた資格も取得してきた者で、知的能力の部分に低下があったわけではなく、運動能力についても、業務に支障のあるものではなく、復職者訓練の結果は、原告の休業及び休職中の4年間に航空機やその設備機器に変化があり、原告がこれらに対する知識の取得をしなかったことに原因するというべきである。そうであれば、原告には基本的な能力の低下があった訳ではなく、具体的な、航空機に対応した能力が十分でなかったというに尽きる。なお復職者訓練の結果についても、3回目の訓練が終わる頃には内容も改善され、最終的に緊急時のドア操作を除き一定の水準に達したとされているから、これを原告が短期間で習得することは可能というべきである。してみれば、本件において、原告には、就業規則の解雇事由に該当するような著しい労働能力の低下を認めることはできないから、本件解雇は就業規則に規定する解雇事由に該当しないにもかかわらずなされたものであって、合理的な理由がなく、解雇権の濫用として無効というべきである。

2 不法行為の成否及び賠償額

 原告の上司達は、平成7年5月22日以降9月頃まで、原告と復職について、30数回もの「面談」「話し合い」を行い、その中には8時間もの長時間にわたるものもあり、面談において原告に対し、能力がない、別の道があるだろう、寄生虫、他の社員の迷惑、普通だったら辞表を出す、客室乗務員として失格、制服を脱げなどと述べ、大声を出したり、机を叩いたりした。また、原告の兄など家族にも直接会って、原告が退職するよう説得を要請した。かかる原告に対する被告の対応を見るに、その頻度、各面談の時間の長さ、原告に対する言動は、社会通念上許容し得る範囲を超えており、単なる退職勧奨とはいえず、違法な退職強要として不法行為となるといわざるを得ない。
本件において結局原告は退職していないこと、原告は都合の悪いことは沈黙し、煮え切らない態度を取ったことが被告の担当者の言動を誘発したこと、退職強要を受けていた間弁護士がついていたことなどを考慮すれば、被告の退職強要により原告が受けた精神的損害に対する慰謝料としては50万円が相当であり、その弁護士費用としては5万円が相当である。
適用法規・条文
民法709条
収録文献(出典)
労働判例772号−9頁
その他特記事項
本件は控訴された。