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Y社雇用拒絶損害賠償請求事件

事件の分類
解雇
事件名
Y社雇用拒絶損害賠償請求事件
事件番号
大阪地裁 − 平成11年(ワ)第9555号
当事者
原告 個人2名A、B
被告 有限会社
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2000年06月30日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(控訴)
事件の概要
 被告は、経営に関する各種情報の提供、幼児用教育出版物の販売等を目的とする有限会社であり、フランチャイズ方式で園長を募集する方法で、10箇所において託児所を経営している。

 被告は、平成10年10月、Y社から保育ルームの業務委託の打診を受け、条件交渉に入るとともに、これと併行してY社との契約が成立した場合の準備としてスタッフの確保を考え、同年11月に原告A、平成11年1月に原告Bに対しトレーナーとしての就職を勧誘し、両者から承諾の返事を受けた。その後被告は原告らからの要請を受けて、平成11年3月27日、仕事内容、勤務時間、賃金等を記載した雇入通知表及び同年4月の日程表を交付し、原告らは翌日の園長会議に出席し、トレーナーとして紹介を受けた。この日程表では、原告らは同年4月1日から勤務することになっていたが、被告は同年3月30日にY社から業務委託契約の締結を拒絶されたことから、4月6日に出勤した原告Aに対し、就職の話はなかったことにしてくれと通告した。また、原告Bは、労働時間、賃金について従前の説明と違うことから態度を留保していたが、同月8日被告代表者から雇用の話がなくなったとの告知を受けた。

 原告らは、少なくとも雇入通知表が交付された平成11年3月27日には被告との間で雇用契約が成立しているから、本件被告の告知は解雇に当たるところ、これは解雇権の濫用であり、雇用契約上の信義則に反する違法な解雇であるとして被告の不法行為又は債務不履行責任を主張した。その上で、原告らは本件解雇によって1年間失業する蓋然性が高いとして、それぞれ月額24万円の賃金1年分として288万円、解雇予告手当24万円、慰謝料50万円、弁護士費用20万、合わせて382万円を被告に対し請求した。
主文
1 被告は原告Aに対し、81万円並びに内24万円に対する平成11年4月7日から支払い済みまで年6分の、内57万円に対する平成11年4月7日から支払い済みまで年5分の各割合による金員の支払いをせよ。
2 被告は原告Bに対し、33万円及びこれに対する平成11年4月9日から支払い済みまで年5分の割合による金員の支払いをせよ。
3 原告らのその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用はこれを5分し、その1を被告の、その余を原告の負担とする。
5 この判決は、第一、第二項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 雇用契約の成立について

 被告による平成10年11月2日の原告Aに対する就職の勧誘は、その前提となるY社との業務委託についての交渉開始から間がなく、その実現の可能性が計り知れない時期であり、就労の開始時期も数ヶ月先で明らかでなかったから、被告にその時期において明確な雇用契約を締結する意思があったとは考えられず、労働条件についても大雑把な内容であって、その内容を明確にする書面が作成されているわけでもないから、被告の勧誘を雇用契約の申込みとまで認めることはできず、原告Aが雇用に応じる返事をしたことをもって雇用契約が成立したと認めることはできない。しかし、被告が原告らに交付した雇入通知表は、雇用契約の申込みということができ、原告Aは既にこれに承諾したということができるから、原告Aと被告との間では、雇用契約が成立したものと認めることができる。

 被告は、平成11年1月20日頃、原告Bにも就職を勧誘したが、この時期においても就職の前提になるY社との業務委託契約は合意の見通しがあったわけでもなく、この時点で被告に明確な雇用契約を締結する意思があったとは考えられず、被告が示した労働条件には明確でない部分も多く、原告Bは同年2月1日、仕事を引き受ける旨回答しているけれども、労働条件について未確定の部分やあいまいな部分も存在し、就労開始時期も4月上旬という程度にしか明らかにできない時期であり、その内容を明確にする書面が作成されているわけでもないから、原告Bが雇用に応ずる返事をしたことをもって雇用契約が成立したと認めることはできない。また原告Bは、平成11年3月27日の雇入通知表を交付されたとき、同月30日に被告に電話した際にも就職についての回答を留保していたもので、被告の雇用申込みに承諾したとは認められないから、未だ雇用契約が締結されたとまでは認められない。

2 解雇について

 一旦確定的に雇用契約が成立している以上、未だこれに基づく就労前であっても、これを解消する旨の意思表示は解雇ということができる。

 本件における原告Aの解雇は、被告が予定していた新規事業が行えなくなったことによるものであり、就労前ではあるが、だからといって直ちに解雇が合理性を持つものとはいえない。一旦雇用した以上は、労働者に解雇の原因がある場合ではないから、使用者として解雇回避の努力をすべきであるところ、被告は他の部署における就労の可否も含めて解雇回避を検討することが可能であったと思われるのにそのような努力を真剣に行ったとは窺われないし、解雇が不可避である旨を十分に説明するなどの手続きがとられたともいえない。そうであれば、本件解雇は社会通念上相当として是認できるものではなく、解雇権の濫用であるといわなければならない。

3 原告らの請求について

 原告Aは解雇の無効を主張せず、解雇予告手当と1年分の賃金相当額を逸失利益として請求する。解雇権の行使が濫用であるということは、解雇が無効であり、雇用関係が継続していることになるから、使用者は解雇予告手当を支払う必要はないが、賃金については支払い義務がある。そして当該労働者については、賃金請求権が存在するのであるから、それ以外に賃金相当額の逸失利益が生じるとはいえない。解雇権の行使が濫用といえる場合であっても、労働者がその効力を否定しないことは差し支えないが、この場合、その解雇の意思表示は有効なものとして扱われることになるから、解雇予告手当については請求し得るものの、賃金請求権は発生じないこととなる。そこで原告Aに対する解雇予告手当の額については、労働基準法12条,同法施行規則4条により、24万円と推算する。

 原告Aは、1年間の賃金相当額を逸失利益として請求するが、復職を望まないとの理由で解雇の無効を主張しないことは、結局のところ自ら退職する場合と同様であり、将来の賃金が逸失利益となることはない。本件では解雇の事由が予定された新規事業が行えなくなったという点にあり、客観的に復職を不可能とする事情はないから、原告Aの賃金1年分を逸失利益として請求する部分は理由がないというべきである。ただし、原告Aに対する解雇は、被告において解雇事由が生じてからの解雇回避の努力を全くせずに解雇を告知したこと、その告知に至る対応の手続きを併せて考慮するときは、これを不法行為ということができ、これによって原告らが著しい精神的苦痛を受けたことはこれを肯定できる。そして、これを慰謝するに相当な額は諸般の事情を考慮して50万円と認めるのを相当とする。

 原告Bについては、雇用契約が成立していないのであるが、被告の雇入通知表は労働条件を具体的に明示したもので、雇用契約の申込みと認められるところ、同申込みの撤回は、原告Bに対する不法行為になるというべきである。そしてこれによって生じた精神的損害を慰藉する額は30万円と認める。また、弁護士費用は、原告Aについて7万円、原告Bについて3万円を相当と認める。
適用法規・条文
民法709条、労働基準法12条、20条
収録文献(出典)
労働判例793号49頁
その他特記事項
本件は控訴された。