判例データベース
S町嘱託職員不再任事件
- 事件の分類
- 雇止め
- 事件名
- S町嘱託職員不再任事件
- 事件番号
- 甲府地裁 − 平成15年(ワ)第300号 損害賠償請求(第1事件)
- 当事者
- 原告第1・第2事件原告 個人2名A、B
被告第1事件被告 個人1名C
被告第2事件被告 S町 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2005年12月27日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却(控訴)
- 事件の概要
- 原告Aは平成5年12月1日、原告Bは同年8月4日、いずれもS町教育委員会に嘱託職員として採用され、平成12年4月1日以降は任用期間半年毎の辞令を受けながら温水プールにおいて勤務していた女性であり、被告Cは平成11年2月に被告昭和町の町長に就任し、平成15年2月に同町長に再選された者である。
平成15年3月18日、被告Cは原告両名を町長室に呼び出し、原告Aに対し、「うちの妻が万引きしたと触れ回った。3月末で辞めてもらう。」と発言し、原告Bに対して「3月末をもって退職してもらう。理由は自分の胸に手を当てればわかる。」と発言し、同月31日をもって両名の嘱託を免じた。被告Cは、同年3月20日の議員運営委員会及び同年4月11日の町議会に先立って行われる全員協議会の場で、議員の質問に対し、原告両名に金銭的不正があった旨回答した。
これに対し原告両名は、雇用形態は形式的な雇用期限が来ても特段の問題がない限り継続されてきており、将来にわたって特段の事由がない限り嘱託職員としての地位を保障されるという期待権を有していたので、「嘱託職員を免ずる」旨の発令は、単に任期満了によるものではなく、「雇止め」の処分であること、被告らが主張するようなアルバイト職員に仕事をさせて健康器具で体操したり、アルバイト職員を泥棒扱いしたり、被告Cの妻が万引きしたとの話をしたりしたことはないことを主張し、被告昭和町に対しては嘱託職員としての地位を有することの確認と慰謝料200万円、被告Cに対して慰謝料200万円の支払いをそれぞれ請求した。 - 主文
- 1 被告昭和町は、原告両名に対し、それぞれ金120万円及びこれに対する平成16年2月4日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告両名の被告昭和町に対するその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、原告両名と被告昭和町との間においてはこれを5分し、その2を原告両名の負担、その3を被告昭和町の負担都市、原告両名と被告Cとの間においては全部原告両名の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 名誉とは、人がその品性,徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価、主観的評価すなわち名誉感情は含まれないと解されるところ、名誉毀損に当たるか否かは、客観的にみて、人の社会的評価や信用が低下したといえるかどうかにより判断すべきである。被告Cの町長室における原告両名に対する発言は、原告両名の品性に対する誹謗中傷といったものとまでは認められず、また社会的評価を客観的に低下させるものとは認められないから、原告両名の名誉を毀損するものとは認められない。
議員運営委員会及び全員協議会における被告Cの発言は、結局のところ、原告ら2人に金銭的不正があったから辞めてもらったことを内容とするものであるところ、金銭的不正の摘示は、人格的価値に関わる事項であり、一般的に人の社会的評価を低下させるものといえるから、原告両名の名誉を毀損するものと認められる。
被告Cの発言は、職務の執行に際して行われ、公共の利害に関する事実について述べたものとも認められるところ、これが専ら公益を図る目的に出たものであり、かつその内容が真実であるか、真実と誤信したことについて相当の理由がある場合であれば、違法性がなく、不法行為にならないものと解される。ところが、被告Cの発言は真実性の立証がなく、確実な資料等に基づいて発言したとも認められず、それが専ら公益目的に出たものと認めることも困難である。したがって、被告Cの発言は、原告両名の名誉を毀損するものであり、かつ違法性を阻却する事由もないから、不法行為に当たるというべきである。なお、上記発言が町長としての職務執行に当たって行われたものであることにかんがみれば、被告昭和町が国家賠償法に基づく賠償責任を負うに留まるというべきである。
期限付き任用の嘱託職員等については、正規職員と異なり、予定任用期間満了により当然に退職となるというべきであるから、職員において、任用予定期間満了後に再び任用される権利、もしくは任用を要求する権利、又は再び任用されることを期待する法的利益を有するものと認めることはできず、原告両名が将来にわたって嘱託職員の地位を保障するような権利や法的利益が生じていると認めることはできない。本件において任用期間満了後再任用がなされていないのであるから、原告両名が期間満了後も引き続き嘱託職員の地位を有しているとは認められない。しかしながら、任期満了後も任用が継続されることを職員が期待することが無理からぬものとみられる行為を任命権者がしたというような特別な事情がある場合には、任期満了により退職した職員に対する国家賠償法に基づく賠償を求める余地がある。
被告昭和町においては、嘱託職員等の再任用に際し、勤務上の問題行動や公務員として不適格なところがあるなど再任用することの消極的事由がある場合は別として、本人の希望があれば再任用を継続していたことに加え、原告両名に関して、具体的な勤務上の問題や公務員としての不適格性があったことも認め難い。これらの事情に加え、平成15年3月以降の被告Cの原告両名に対する態度、更に一連の事態が被告Cの町長再選直後に発生していることを踏まえれば、被告Cは町長としての2期目の任期を開始するに当たり、嘱託職員である原告両名を失職させ,自らの厳しい姿勢を役場内外に認識させようと考え、事実関係について何らの調査も行わないまま、任命権者である教育委員会に働きかけ、原告両名を失職させたものと解さざるを得ない。そして、再任用をしなかった理由を問われるや、何の事実確認もしていないのに、「金銭的不正があった」など、原告両名の名誉を毀損する事実を摘示し、自らの立場を正当化しようとしたのである。このような被告Cの行為をみれば、原告両名を再任用しなかったことに合理的な理由がないことは明らかであるし、職員に対する平等取扱いの原則にも反する不当な措置であるといわざるを得ない。これを原告両名の側からみれば、再任用されることについて事実上の期待を有していたにもかかわらず、全く身に覚えのない名誉毀損的な理由で再任用を拒否されたのであり、その人格的利益が著しく侵害されたことは明らかである。以上によれば、本件においては、原告両名の人格的利益の侵害という特別の事情があったということができるから、被告昭和町は原告両名に対し国家賠償法に基づきその損害を賠償する責任を負う。
議員運営委員会及び全員協議会における被告Cの発言によって、原告両名はその名誉を侵害されたものであり、これについての慰謝料は,原告両名につき、それぞれ30万円が相当と認める。また被告Cの働きかけにより、昭和町教育委員会は、合理的な理由なく不当に原告両名の再任用を行わず、原告両名の人格的利益を侵害したものであり、これについての慰謝料は、原告両名につき、それぞれ90万円が相当と認める。 - 適用法規・条文
- 国家賠償法1条
- 収録文献(出典)
- 労働判例919号31頁
- その他特記事項
- 本件の第2事件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
甲府地裁 − 平成15年(ワ)第300号 損害賠償請求(第1事件) | 一部認容・一部棄却(控訴) | 2005年12月27日 |
東京高裁 − 平成18年(ネ)第487号 損害賠償・地位確認等請求控訴 | 一部認容・一部棄却(上告) | 2006年05月25日 |