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S町嘱託職員不再任控訴事件

事件の分類
雇止め
事件名
S町嘱託職員不再任控訴事件
事件番号
東京高裁 − 平成18年(ネ)第487号 損害賠償・地位確認等請求控訴
当事者
控訴人(附帯被控訴人) S町
被控訴人(附帯控訴人) 個人2名A、B
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2006年05月25日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(上告)
事件の概要
 被控訴人(附帯控訴人)らは、控訴人(附帯被控訴人)の温水プールで嘱託職員として勤務していた女性であるが、平成15年3月末をもって控訴人町長より、勤務態度不良、町長の妻を誹謗する噂を流したことなどを理由に、雇止めを受けた。また町長は議員運営委員会等の場で、被控訴人らに金銭的不正があったことを説明した。被控訴人らは控訴人の嘱託職員として10年程継続勤務しているから再任用の期待をもつことは合理性を有すること、勤務態度不良と指摘された事実や町長の妻を誹謗したことはないことを主張し、控訴人の嘱託職員としての地位を有することの確認と、控訴人及び町長に対し、各被控訴人それぞれに200万円の慰謝料を支払うよう請求した。

 第1審では、被控訴人ら期限付き任用の嘱託職員が任期満了後に再任用を求める法的権利や法的利益を有しないとして、期間満了後引き続き嘱託職員の地位を有しているとは認められないと判断したが、勤務態度不良の事実及び町長の妻を誹謗した事実は認められないこと、合理的な理由なく不当に原告らの再任用を行わず、その人格的利益を侵害したことを指摘し、また、町長が事実関係の調査をすることなく議員運営協議会等の場で、被控訴人らに金銭的不正があったと述べたのは名誉毀損に当たるとして、国家賠償法に基づき控訴人に対し各120万円の慰謝料の支払いを命じた。
主文
1 本件控訴及び本件各附帯控訴のうち弁護士費用相当額の損害賠償請求に係る部分に基づき原判決中控訴人に関する部分を次の通り変更する。

(1)控訴人は、各被控訴人に対し、それぞれ100万円及び内金90万円に対する平成16年2月4日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)被控訴人らのその余の請求を棄却する。

2 その余の本件控訴及びその余の本件各附帯控訴を棄却する。

3 訴訟費用(控訴費用及び各附帯控訴費用を含む。)は、第1,2審を通じてこれを5分し、その2を控訴人の負担とし、その余を被控訴人らの負担とする。
4 この判決は、第1項の(1)に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
 被控訴人らの名誉毀損を理由とする国家賠償請求は、各被控訴人につきそれぞれ30万円の支払いを求める限度で理由があるからこれらを認容すべきである。

 普通地方公共団体の長の判断の基礎とされた重要な事実に誤認があること等によりその判断が全く事実の基礎を欠く場合には、その判断に基づく職務執行行為は違法となるというべきである。普通地方公共団体の長が議会、委員会において事務の執行に関して説明するに当たっては、事実に基づいてこれを行わなければならず、故意又は過失により事実に反する説明をした場合には、当該普通公共団体の事務の執行に関して説明責任を果たしたということはできないのみならず、職務執行行為として違法となるといわざるを得ない。したがって、普通地方公共団体の長が上記説明の過程で行った発言により他人の名誉を毀損するに至ったときは、当該行為が国家賠償法上違法となることも否定できないというべきである。

 地方公共団体の嘱託員で任用期間の定めのあるものの職に雇用された者は、任用期間満了後に再び任用を要求する権利若しくは任用を要求する権利又は再び任用されることを期待する法的権利を有するものと認めることはできない。もっとも、任命権者が嘱託員に対して、任用期間満了後も任用を継続されると期待することが無理からぬものとみられる行為をしたというような特別な事情がある場合には、そのような誤った期待を抱いたことによる損害につき国家賠償法に基づく賠償を請求することができると解する余地があるというべきである。このことに鑑みれば、嘱託員を再任用しないことについて合理的理由がない限り任用するという運用が行われていた場合において、任命権者が再任用を希望していた嘱託員につき合理的理由がないのに再任用しなかったときは、人格的利益を侵害するものとして国家賠償法上違法となると解するのが相当である。

 本件についてみると、控訴人において従来任用期間が長年にわたる嘱託職員等について任用期間の更新をしない措置をとったことがなく、教育委員会でも同様であったこと、平成13年から15年にかけて、教育委員会において再任用を希望した嘱託職員等について再任用しなかった例はなく、被控訴人両名が初めてであったこと、町長が被控訴人らに対して再任用しない旨告げた後、教育長は7月までに限って再任用するという案を町長に説明し、その了解を得たこと、本件発令当時温水プールにおいて嘱託職員の人数を減少させなければならない客観的な必要が生じていたわけではないことが認められる。

 以上によれば、被控訴人らは、本件発令当時、再任用されることについて権利ないし法的利益を有していたわけではないが、合理的理由がないのに再任用について差別的取扱いを受けないという人格的利益を有していたといたものというべきであるから、任命権者が合理的理由なく再任用について差別的取扱いを行った場合は、嘱託員の人格的利益を侵害するものとして国家賠償法上違法となると解するのが相当である。そして、上記人格的利益は、嘱託職員が本来権利ないし法的利益を有していたわけではない再任用について、合理的理由のない差別的な取扱いを受けないという観点から法的保護に値することが肯定されるものであること、町長の名誉毀損行為による損害については別途控訴人に対し賠償請求がされて認容されること、その他一切の事情を総合勘案すると、各被控訴人が受けた精神的苦痛に対する慰謝料としては、各被控訴人につきそれぞれ60万円をもって相当とするというべきである。

 控訴人は、町長の違法行為により各被控訴人に対し、それぞれ合計90万円の無形の損害を与えたものというべきところ、上記不法行為と相当因果関係のある弁護士費用としては各被控訴人につきそれぞれ10万円が相当である。

 被控訴人らの控訴人の嘱託職員としての任用期間は平成15年3月31日をもって終了しているから、被控訴人らの地位確認請求は理由がなく、これを棄却すべきである。
適用法規・条文
国家賠償法1条
収録文献(出典)
労働判例919号22頁
その他特記事項
本件は上告された。