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性同一性障害者解雇事件

事件の分類
解雇
事件名
性同一性障害者解雇事件
事件番号
東京地裁 - 平成14年(ヨ)第21038号
当事者
その他債権者 個人1名(男性)

その他債務者 株式会社S
業種
分類不能の産業
判決・決定
決定
判決決定年月日
2002年06月20日
判決決定区分
一部認容・一部却下
事件の概要
 債権者は、平成9年債務者に雇用され、本社調査部に勤務していたところ、平成12年に性同一性障害の診断を受け、平成13年には家裁で女性名への改名を認められた。

 平成14年1月21日、債務者が債権者に対し製作部への配転を内示したところ、翌日債権者は債務者に対し、「自分を女性として認めて欲しい、具体的には、(1)女性の服装で勤務したい、(2)女性トイレを使用したい、(3)女性更衣室を使いたい」旨申し出た。債務者は債権者に対し、申し出を承認しなければ配転を拒否するのか否か確認したところ、債権者は移転拒否と回答し、同年2月13日から3月1日まで出社しなかった。2月14日、債務者は債権者に対し、配転辞令を送付したところ、債権者はこれを破棄し、抗議文とともに債務者に送付したが、2月20日には辞令に従う旨謝罪文を債務者に送付した。

 3月4日、債権者は、女性の服装、化粧等をして出社し、配転先の製作部に在席したが、債務者から自宅待機を命じられ、3月5日から8日までの各日、債務者は、女性の容姿をして出社してきた債権者に対し、女性の服装又はアクセサリーを身につけたり、化粧をしたりしないこと、これに従わない場合は厳重な処分をすること等を内容とする通知書を発した。また3月8日、債務者は債権者の一連の行為につき懲戒処分を検討していると通知したが、3月12日、債権者は裁判所に対し、本件服務命令違反を理由とした懲戒処分の差止め等を求めた。債権者は、以後4月17日まで、女性の容姿をして出社したが、その都度、債務者から服務命令違反を理由に自宅待機を命じられ、その後就労しなかった。

 4月17日、債務者は債権者に対し、懲戒解雇する旨告知し、懲戒解雇通知書を送付した。同通知書には懲戒事由とし(1)本件配転命令に従わなかったったこと、(2)辞令を破棄し、債務者に送り返したこと、(3)本件配転命令を受けたにもかかわらず、業務の引継ぎを怠ったこと、(4)債務者から貸与されたパソコンを用いて、業務時間中に上長又は同僚を誹謗中傷する記事、業務上の秘密を漏洩する記事を書き込んだこと、(5)女装で出勤しないこと等の業務命令に全く従わなかったことが記載されていた。

 これに対し債権者は、本件懲戒解雇の無効を主張し、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認と賃金の支払いを請求した。
主文
1 債務者は、債権者に対し、22万円及び平成14年6月から平成15年4月まで毎月25日限り月額22万円を仮に支払え。

2 債権者のその余の申立てを却下する。

3 申立費用は債務者の負担とする。
判決要旨
1 解雇事由(1)について

 債権者が在籍していた調査部において、調査業務の外注に伴って人員削減をする一方、製作部では増員が必要になったこと、外注者への管理業務は他に適任者がいたこと、債権者にとって製作部は未経験であり、有益になるであろう等の事情により債権者を選んだことが認められ、本件配転命令は、債務者における業務上の必要に基づき、合理的な人選を経て行われたものであり、相当なものと認められる。

 債権者が、配転の内示を受けた翌日、債務者に対して、女性として就労することを承認しなければ配転を拒否すると回答し、送付された配転辞令を破棄して、公的機関に告発する旨債務者に送付した事実からすれば、債権者は、本件申出が受け入れられなかったことを主な理由として配転を拒否したものというべきである。そして、債務者において、就業規則により社員に配置転換に従う義務を課しており、他方、債権者は本件配転命令に一旦応じた上で債務者に申出を受けるように働きかけることも可能であったといえることを併せ考えると、債権者による本件配転命令の拒否は、正当な理由が認められないというべきである。したがって、債権者の行為は、懲戒解雇事由である就業規則の「正当な理由なく配転を拒否したとき」に当たる。しかし、債権者は辞令を破棄して送り返したことにつき債務者に謝罪文を送付しており、債務者は欠勤のうち数日間は有給休暇を認めている上、債権者は3月4日から4月17日までの各出勤日において、配転先で在席しているのみならず、債権者の性同一性障害に関する事情に照らすと、債権者が本件配転命令を拒否するに至ったのもそれなりの理由があるといえる。以上を総合すると、債権者による本件配転命令の拒否が、懲戒解雇に相当するほど重大かつ悪質な企業秩序違反であるということはできないから、懲戒解雇の相当性を認めさせるものではない。

2 解雇事由(2)、(3)について

 債権者が、送付された辞令を破棄し送り返した行為は、本件配転命令に関する事情に照らしても、著しく不適切な行為であり、かつ常識を欠いたものといえる。また、債権者が辞令を受けてから3月1日までの間、引継ぎ業務に従事しなかったことは、就業規則の事務引継ぎの義務に違反し、各部署における業務遂行に支障を来したものと認められる。そうすると、これらの行為は、就業規則の「勤務怠慢、素行不良または規則に違反し、会社の規律、風紀秩序を乱したとき」に当たり得るものではあるが、これらの行為は、いずれも本件配転命令の拒否に伴うものといえるところ、懲戒解雇にするまでの相当性は認められない。

3 解雇事由(4)について

 債権者が、計13回にわたり、就業時間中に業務用パソコンを用い、私的事項を記載したことは、就業規則等に違反するものではあるが、懲戒解雇にするまでの相当性は認められない。また、債権者がホームページにおいて、債務者社員の行為を非難したことは、債務者の名誉・信用を毀損する虞のあるものとはいえるが、一部以外は事実や人名等を具体的に認識し得るものではなく、債権者が債務者の対応に強い不満を抱くこともそれなりの理由が認められること等を総合すると、懲戒解雇事由の「故意又は重大な過失により、会社に重大な損失を与え、または著しく会社の名誉及び信用を傷つけたとき」に当たるものとは認められない。

4 解雇事由(5)について

 債権者は、従前は男性として、男性の容姿をして就労していたが、1月22日、債務者に対し、初めて女性の容姿をして就労すること等を認めるよう申出をし、これを承認されなかった最初の出社日である3月4日、突然女性の容姿で出社したのであり、債務者社員はこれにショックを受け、強い違和感を抱いたものと認められる。そして、債務者社員の多くが、当時、債権者の行動の理由をほとんど認識していなかったであろうことに加え、性同一性障害について認識がなかったであろうことに照らすと、債務者社員のうち相当数が債権者に対し、嫌悪感を抱いたものと認められる。また、債務者の取引先や顧客の相当数が、女性の容姿をした債権者を見て違和感を抱き、嫌悪感を抱く恐れがあることは認められる。更に、一般に、労働者が使用者に対し、従前と異なる性の容姿を認めて欲しいと申し出ることが極めて稀であること、本件申出が専ら債権者側の事情に基づくものである上、債務者及びその社員に配慮を求めるものであることを考えると、債務者が、債権者の行動による社内外への影響を憂慮し、当面の混乱を避けるために、債権者に対して女性の容姿をして就労しないよう求めること自体は、一応理由があるといえる。

 性同一性障害は、生物学的には自分の身体がどちらの性に属しているかを認識しながら、人格的には別の性に属していると確信し、日常生活においても別の性の役割を果たし、別の性になろうという状態をいい、医学的にも承認されつつある概念であることが認められ、債権者は、性同一性障害として精神科で医師の診療を受け、ホルモン療法を受けたことから、精神的、肉体的に女性化が進み、平成13年12月頃には、男性の容姿をして就労することが精神、肉体の両面において次第に困難になっていったことが認められる。これらによれば、債権者は、本件申出をした当時には、性同一性障害として、精神的、肉体的に女性として行動することを強く求めており、他者から男性としての行動を要求され又は女性としての行動を抑制されると、多大な精神的苦痛を被る状態にあったということができる。そして、このことに照らすと、債権者が債務者に対し、女性の容姿をして就労することを認め、これに伴う配慮をして欲しいと認めることは、相応の理由があるものといえる。

 このような債権者の事情を踏まえて検討すると、債務者社員が抱いた違和感、嫌悪感は、債権者における事情を認識し、理解するよう図ることにより、時間の経過も相まって緩和する余地が十分あるものといえる。また、債務者の取引先や顧客が抱き又は抱くおそれのある違和感及び嫌悪感については、債務者の業務遂行上著しい支障を来す恐れがあるとまで認めるに足りる的確な疎明はない。のみならず、債務者は、債権者に対し、本件申出から回答までの間に、何らかの対応をし、回答の際に具体的理由を説明しようとしたとは認められない上、その後、債権者の性同一性障害に関する事情を理解し、本件申出に関する債権者の意向を反映しようとする姿勢を有していたとも認められない。そして、債務者において、債権者の業務内容、就労環境等について、本件申出に基づき、債務者、債権者双方の事情を踏まえた適切な配慮をした場合においても、なお、女性の容姿をした債権者を就労させることが、債務者における企業秩序又は業務遂行において、著しい支障を来すと認めるに足りる疎明はない。

 以上によれば、債権者による本件服務命令違反行為は懲戒解雇事由である「会社の指示・命令に背き改悛せず」に当たり、「その他就業規則の定めたことに故意に違反し」に当たり得るが、懲戒解雇に相当するまで重大かつ悪質な企業秩序違反であると認めることはできない。

5 まとめ
 以上の通り、債務者主張の各解雇事由は、いずれも懲戒解雇事由該当性又は懲戒解雇としての相当性が認められないものである以上、これらの事由を総合しても、本件解雇の相当性を認めることはできないというべきである。よって、本件解雇は権利の濫用に当たり無効である。
適用法規・条文
なし
収録文献(出典)
労働判例830号13頁
その他特記事項