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N社配転拒否解雇事件
- 事件の分類
- 配置転換
- 事件名
- N社配転拒否解雇事件
- 事件番号
- 東京地裁 − 昭和37年(ワ)第10139号
- 当事者
- 原告 個人2名A、B
被告 株式会社 - 業種
- 製造業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1968年08月31日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却
- 事件の概要
- 被告は、電気に関する一切の装置、機械、器具材料等の製造・販売等を業とし、全国各地に支店、営業所、工場等を有する株式会社であり、原告Aは、昭和33年4月、原告Bは昭和23年4月にそれぞれ被告に雇用された従業員であって、共に東京の事業所において勤務していた。
被告は、広島支店の特約店との受注、出荷等に従事していた社員が退職したことから、その後任として年齢、経験等を考慮して原告Aが最適と判断し、昭和37年2月16日、同人に対して広島支店への転勤を内示した。しかし原告Aは、6人家族で生活していたところ、兄がてんかんにより寝たきりに近い状態であること、妹が交通事故の後遺症等により歩行困難のため勤めを辞めていること、母も高血圧のため加療中で家事も十分にできないこと、父は健康であるが病人の世話等に手を取られ、商売の収入が少なかったこと、そのため一家の生活は原告Aの収入に頼っていたことを主張し、本件転勤命令について再考慮を求めた。これに対し被告は、一度決めた命令は変えられないこと、原告Aだけ特別扱いすることはできないことを挙げて説得したが、原告Aは考えを変えず、民生委員に相談し嘆願書を提出したり、組合に相談したりした。組合は一連の人事異動を了承していたが、原告Aの異動について被告と協議し、そこで被告は人事異動そのものは変更できないが、経済条件については十分考慮すると回答した。組合はその旨原告Aに伝えたが、原告Aはあくまでも本件転勤を拒否したため、被告は同年2月28日、労働協約の規定に違反したとして、原告Aを懲戒解雇処分としたため、原告Aは解雇無効を主張し、被告との雇用関係の存在確認と賃金の支払いを請求した。
(原告Bに係る部分 略) - 主文
- 1 原告Aが被告に対し従業員たる権利を有することを確認する。
2 被告は原告Aに対し、金85万8564円およびこれに対する昭和42年6月27日以降完済に至るまで年5分の割合による金員、ならびに金14万5547円および昭和43年5月1日以降復職するに至るまで毎月26日限り、金1万3628円を支払え。
3 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は、原告Aと被告との間においては全部被告の負担とし、原告Bと被告との間においては、被告に生じた費用の2分の1を原告Bの負担とし、その余は各自の負担とする。
5 この判決は主文第2項中昭和43年5月1日以降原告Aの復職まで毎月1万3628円あての支払部分とその余の支払部分中金70万円の限度において仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 原告Aについて
被告と労働組合との労働協約には「会社は業務上必要があるときは組合員に対し職場、職種の変更、出向等の異動を行なう。」旨の規定があること等からすると、被告と原告Aがその提供する労務の種類、態様、場所等について特段の合意をしたとの立証のない本件においては、原告Aと被告との雇用契約は右労働協約に律されて、一般的には被告の指示、命令に従って労務を提供する内容となっているものと認めるのが相当である。すなわち、原告Aは被告との雇用契約により、原則として被告に対し同原告の労務を提供すべき場所等を指定し、その労務を具体化する権限を委ねたものというべく、したがって被告が右の権限に基づいてする転勤等の命令は被告が一方的に意思表示することによってその法的効果を生ずるのが原則であって、必ずしも原告Aの同意を必要とするものではないといわなければならない。したがって被告が原告Aの承諾を得ることなく一方的に広島支店への転勤を命じたとしても、単にその故をもってその命令の効力を否定することはできない。
しかしながら、右のような労働指揮権とでもいうべき権限の行使も絶対的なものではあり得ず、被告はその行使に当たっては、労働協約等があればそれに従わなければならないのは勿論、労使の間を規律する信義則や慣行に従うべきは当然のことであって、それらに反してなされた労働指揮権はその効力を生じないものとするのが相当である。
ところで、労働協約に附帯する覚書では、転勤等については「本人の事情を考慮して行う」旨定めていることから、被告が従業員に転勤を命令するにつき、当該従業員と協議することまでを求めるものと解することはできないが、転勤命令をするについては会社側の都合だけでなく、当該従業員の個人的事情も無視することなく充分配慮することを明らかにしたものと解すべきである。そして、考慮しなければならない「本人の事情」とは従業員自身の事情の外,本人の転勤に伴い影響を受ける家族との関係における本人の事情も特段の場合には考慮されるべき事情に含まれるものと解される。
原告Aの場合、生計の中で原告Aの収入が大きな割合を占め、しかも病人3人を抱えていたのであるから、原告Aは家事手伝い、病人の看護,更に家事について父親の相談相手と、同家族にとってなくてはならない存在であったと認めるのが相当であって、このような事情の下においては、原告Aの転勤により取り残される家族との関係における事情も被告は考慮すべきである。
原告Aは入社に際し、家族は皆健康であり、昭和37年2月当時独身であって、家族と同居していたことから、被告は右のような家族構成等も考慮して、原告Aは広島支店へ転勤できるものと判断したことが認められる。してみると、被告が原告Aは広島支店へ赴任できるものと判断したとしても、それは無理からぬものといわなければならないが、被告は本件転勤内示後発令までの間に、原告Aの家庭の事情を知ったのであるから、当然被告はこの点を考慮に入れてしかるべきであった。一方、被告は広島支店へ原告Aを転勤させる必要が大であったと認められるが、同支店の業務内容、原告Aのそれまでの経験からすると、余人をもっては代替し得ないものであったとは認め難い。他方、原告Aの家庭状況からすると、原告Aが本件転勤命令に従って広島へ赴くことは経済的にも困窮を来たすばかりでなく、同家族の生活が危機に瀕する虞があることは容易に推察し得るところであって、それを避けるためには原告Aは自ら退社して他に職を求めるか、広島への転勤命令を撤回して貰うかのいずれかの方法しかなかったと認められるところである。なお、原告A自身も、入社に際し、転勤すべき義務のあることを了解していたとしても、転勤し得ない労働者は採用しない旨被告が明示したなどの特段の事情のない限り、入社後の事情の変更により転勤し得なくなった従業員に転勤等を強いることは酷に過ぎるものといわなければならない。
以上、原告Aに対する広島支店への転勤命令の必要性と、原告Aがそれに応じることによって受けるべき影響ならびに被告がそれらの事情を考慮すべきであることを比較考量すれば、本件転勤命令は著しく均衡を失しているものといわねばならず、したがってその転勤命令はその法的効果を生じないものと解するのが相当である。したがって、原告Aが本件転勤命令に従わなかったとからといって、就業規則にいう「職務上の指示に反し」たということができない。すると、転勤命令に従わないことを理由として原告Aを解雇するのは、解雇の理由がないのに解雇したもので、解雇は被告の恣意に基づくものということができ、しかも原告Aの事情からすると解雇は苛酷に過ぎるといわねばならぬから、本件解雇の意思表示は無効と解すべきである。
2 原告Bについて (略) - 適用法規・条文
- なし
- 収録文献(出典)
- 労働関係民事判例集19巻4号1111頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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