判例データベース
T社配転拒否事件
- 事件の分類
- 配置転換
- 事件名
- T社配転拒否事件
- 事件番号
- 山口地裁 − 昭和46年(ヨ)第15号
- 当事者
- その他債権者 個人1名
その他債務者 株式会社 - 業種
- 製造業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1976年02月09日
- 判決決定区分
- 認容
- 事件の概要
- 債務者は、石油化学製品等の製造・販売を目的とし、本社工場を含む3工場及び東京、大阪の2支店ほか3営業所を持つ株式会社であり、債権者は、昭和29年3月工業高校卒業後債務者に雇用され、以来主として徳山の本社工場で化学分析の業務に従事していた。
債務者は東京支店特許課を増員することとし、昭和46年1月11日、債権者に対し同課への配転を内示したところ、債権者は家庭の事情を理由に人選の再考慮を申し出た。また組合からも債務者に対し人選について再考慮が求められたことから、債務者は債権者の身辺整理のため2ヶ月間発令を延期し、その旨債権者と組合に通知した。その後債権者と債務者との間で本件転勤命令を巡って折衝が重ねられ、同年3月には人事諮問委員会が開催され、同委員会は、本件転勤につき不当人事とは認められないが、債権者の家庭的事情等を顧慮して再度人選の配慮を要請する旨答申した。更に同月、債権者の提訴により、職場苦情処理委員会及び中央苦情処理委員会が開催され、これらの委員会で今回の配転は過去の例に照らし特に異例ではないと判断された。債務者はこれらの判断を受けて、同月21日付けで債権者を東京支店特許課に転勤を命ずる旨の発令をし、債権者は異議を留めつつ、単身赴任した。
本件転勤命令について、債権者は、先例のないものであること、債権者は義母に養われ現在も同居しているところ、義母は健康を害し東京の生活は不適当であること、義母を長期にわたって面倒を見てくれる人はいないこと、妻は看護婦であり共働きで何とかやりくりしてきたところ、別居生活により家計は困窮していること、本件配転は債権者の政治的信条による差別であり、労働組合の活動を理由としたものであること等を挙げて、人事権の濫用として無効であると主張した。 - 主文
- 債務者が債権者に対し、昭和46年3月21日でなした債務者東京支店社長室特許課への転勤を命ずる配転命令の効力を本案判決の確定するまで仮に停止する。
申請費用は、債務者の負担とする。 - 判決要旨
- 債権者と債務者との間の本件労働契約において、将来の勤務場所について特段の合意がなされたことについてはこれを認める資料がなく、債務者と組合との労働協約には「会社は業務の都合により組合員に転任を命ずることがある」とあり、就業規則には「会社の都合で人事の異動を行うことがある。この場合正当な理由なしでこれを拒むことはできない。」と定められているから、本件労働契約においては、債権者は、債務者に対し、業務上の必要により、勤務場所の変更を伴う配置転換を行う権限を委ねたものと解すべきである。しかしながら、一般に、労働契約において、給付の目的たる労務は、労働者の人格と切り離すことのできないものであり、継続的な債権債務の関係であることに鑑み、また勤務場所は、労働者の生活の本拠と密接不可分の関係にあり、重要な労働条件でもあるから、使用者は、たとえ右のような権限に基づいて、業務上の必要により、労働者に配転を命ずる場合であっても、常に無制約に許されるものと解すべきではない。殊に、労働者が長年同一場所に勤務して相当の成績を上げているとき、その勤務場所を遠隔地に変更する場合には、使用者としては、客観的に余人をもって代え難い場合でない限り、当該労働者の同意を得る必要があると解するのを相当とする。
債権者は、自宅から通勤できることを就職先の絶対的条件と考え、その事情で債務者を選択したのであって、債権者及びその家族としては転勤を希望していなかった。債権者は、東京配転が決まったこと、及びその理由の説明を受けたのが本件配転を知った最初であり、それまでに債権者本人の意向を打診することも家庭の事情を調査することもなかった。債権者が事実上配転先の東京で担当している職務については、最小限化学系の高校を出て一般的知識があれば誰でもできないことはないと思われる。債務者の配転状況からみて、本件配転当時、債権者以外にも、高卒の技術者は多数おるにも拘わらず、本件配転の適任者を検査課所属の債権者に限定すべき根拠が乏しい。
債権者の養母は57歳で健康体ではなく、東京行きを拒んでおり、債権者は養子であることから、肉親以上に気を配っているところ、養母1人では社会生活上不自由を免れない。また債権者の妻は看護婦として共働きしているが、家の新築で170万円の借金があり、債権者は親族、知人らに養母の面倒、田畑の管理等についての協力を求めたが、長期にわたることから協力を得られず、会社を辞めるわけにもいかないことから、結局単身赴任をした。本件配転当時、債権者には小学校2年と幼稚園の子供がいたが、妻は働いているので、子供の面倒を十分に見てやれないほか、債権者も、経済的・距離的理由から、月1回くらいしか自宅へ帰れない状況にある。
以上、債権者は昭和29年3月入社以来、本件配転に至るまで、一貫して徳山市の債務者本社に勤務し、研究部研究員、薬品課係員、検査課係員としての業務経験を積み、特に資料の調査、整理等に優れた能力を認められていること、そして本件配転問題以外に、債務者の業務の運営上、特に債権者を他の職場に移さなければならない必要は認められないこと、しかも、本件配転による債権者の担当業務が必ずしも同人でなければならないほど特種なものと思われないこと、本件配転による転勤場所が東京のような遠隔地であること、そして、本件配転によれば、債権者としては、妻に義母の世話をさせるため、夫婦が別居を余儀なくされ、精神上並びに経済上顕著な不利益を蒙ることが認められる。このような場合には、債務者は、本件配転について債権者の同意を得なければならないものと解する。しかるに、債権者は、事実上本件配転命令に応じて赴任し、その職務に従事してすでに数年を経過したことが窺われるけれども、本件配転に対しては、当初から異議を留め、その後も機会ある毎に本件配転の不当を訴え続けていることは明らかである。なるほど債務者は、本件配転に当たって債権者のため種々配慮するところがあったとはいうものの、本件配転について、事前に債権者の意向を尋ねるようなことがなく、債務者側においては、既に決定済みのこととして、専ら一方的に説得に当たったことが疎明され、未だに債権者の同意を得るに至らない以上、結局本件転勤命令は、債務者の人事権の濫用として無効であるといわなければならない。 - 適用法規・条文
- なし
- 収録文献(出典)
- 労働判例252号62頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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