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N社勤拒否解雇本訴事件

事件の分類
配置転換
事件名
N社勤拒否解雇本訴事件
事件番号
前橋地裁 − 昭和51年(ワ)第241号
当事者
原告 個人1名
被告 株式会社
業種
製造業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1977年11月24日
判決決定区分
認容
事件の概要
 被告は、通信機器の製造・販売、通信施設の工事等を業とする株式会社であり、原告は、昭和41年3月に中学を卒業後被告に入社し、前橋工場の製造部に配属され、定時制高校卒業後、変電施設の保守、点検、管理の作業に従事し、昭和49年10月から再び製造部門で業務に従事していた。

 被告は、電々公社からの発注の減少が見込まれることから、民間の需要を開拓するため、昭和50年2月に札幌営業所を開設し、20歳から30歳、社歴5年以上の男子で、設計部門、製造部門の経験者等という基準に従って人選を行い、同2月5日、原告に札幌営業所勤務を命じた。これに対し原告は、父母と同居しているところ、母が高血圧と糖尿病の治療中であり、脳梗塞も認められることから、父と共に面倒を見ていること、兄2人、姉2人がいるが、いずれも母を引き取る余裕がないこと等の家庭の事情を説明し、転勤を待って欲しいと被告に再考を申し入れたが、被告は本件転勤命令を撤回することはできないとして両者の話合いは平行線をたどった。
 その後、原告は転勤について、前橋に戻れる時期の明確化、両親を扶養できる給与の保障等の条件を提示したが、被告はこれを拒否し、同年2月22日、原告の本件転勤拒否行為は就業規則に違反するとして、解雇する旨の意思表示を行った。これに対し原告は、本件転勤命令は生活関係を根底から覆すものであり、人事権行使の過程においても原告の同意を得ることなく発令されたものであって、労使間の信義則に照らし無効であり、本件転勤命令違反を理由とする本件解雇もまた無効であるとして、雇用契約上の権利を有することの確認と賃金の支払いを請求した。
主文
1 原告が被告に対し雇用契約上の権利を有することを確認する。

2 被告は原告に対し、金209万5454円及びこれに対する昭和51年9月6日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払をせよ。

3 被告は原告に対し、昭和51年8月から毎月27日限り1ヶ月につき金9万5261円の割合による金員の支払いをせよ。

4 原告のその余の請求を棄却する。

5 訴訟費用は被告の負担とする。
6 この判決は、主文第2、第3項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
 本件転勤命令の業務上の必要性は十分認められるが、本件転勤命令が原告の生活関係に重大な影響を与えることもまた認められる。すなわち原告の母親の病状は軽視することのできないものであり、原告ら家族の経済的能力からみて、原告には家を遠く離れることのできない事情が存したということができる。また、右の事情と前橋工場における転勤の実態に照らすと、原告が交渉の過程で被告に述べた要求は切実なものであったということができる。これに対し被告は、通り一遍の判断で原告の合意を得ることもなく転勤が可能であるとし、原告が転勤不能の理由を説明するのを原告のわがままとみて軽視した結果、原告に対し、転勤に応ずるための生活上の困難を克服する時間的余裕も与えず、また原告の切実な要求にも十分答えるところがなかったということができる。

 本件転勤命令が、当事者間の労働契約において予定された労務指揮権の範囲内にあるとしても、転勤を命ぜられる労働者の側にも転勤の可能性について種々の事情があり、被告は自己の事業の必要性とともに、労働者側の事情に十分な配慮を惜しんではならないのであり、このことは就業規則自体も定めるところである。被告が業務の都合にとらわれ、原告が最も大事に考えていた事情を顧慮しなかった本件転勤命令は、信義に従い誠実になされた労務指揮権の行使とは認められず、結局その法的効果を生じないというべきである。本件解雇は形式的には普通解雇の形態をとっているが、その実質は懲戒解雇と認められるところ、本件転勤命令は無効であり、原告はこれを拒むことができるのであるから、本件解雇がその要件を誤認した無効のものであることは明らかである。
<p> 被告は、原告が転勤できる可能性について真剣に検討せず、また不能の理由を充分説明せず正当理由を主張するのは、信義則上または禁反言の法理に照らして許されないと主張する。しかし前橋工場においては、会社側も従業員側も転勤について普段の用意が充分でなかったことは認められるが、特に原告が労働契約上の信義則又は禁反言の法理に反したと認めることはできず、当事者間の交渉経過に照らすと、原告は本件転勤命令の生活関係に及ぼす深刻な影響を父兄とも検討し、また組合からも転勤に応ずるよう説得されていた状況の中で、被告に対し、具体的事実を述べて転勤不能を主張していたのであって、被告がこれを誠実に受け止める姿勢を有していたならば、被告の主張が単なるわがままでなかったことは容易に看取しえたものと認められる。
適用法規・条文
なし
収録文献(出典)
労働判例293号69頁
その他特記事項