判例データベース
N社工場配転拒否懲戒解雇事件
- 事件の分類
- 配置転換
- 事件名
- N社工場配転拒否懲戒解雇事件
- 事件番号
- 新潟地裁 − 昭和59年(ヨ)第116号
- 当事者
- その他債権者 個人1名
その他債務者 株式会社 - 業種
- 製造業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1984年10月15日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却
- 事件の概要
- 債権者は、債務者(会社)の従業員であるが、会社は不況対策としての人員再配置計画に基づき、債権者を新潟東港工場から静岡県の蒲原工場に配転命令を発した。しかしながら債権者は、高齢で病気の母親を抱えていることから配転命令を拒否したところ、会社は就業規則違反を理由として債権者を懲戒解雇した。
これに対し債権者は、本件配転命令は人事権の濫用で無効であり、その配転命令拒否を理由とする懲戒解雇も無効であるとして、従業員としての地位の保全と賃金の支払いを請求した。 - 主文
- 1 債務者は債権者に対して、昭和59年4月11日以降昭和60年10月まで毎月25日限り月額金18万4910円の割合による金員を仮に支払え。
2 債権者のその余の申請を棄却する。
3 申請費用は債務者の負担とする。 - 判決要旨
- 会社は人員再配置計画に基づく人選に当たり、職種における層の厚薄、転勤者の職務経験、年齢の分布面に配慮し、これに個人的事情を勘案することとしたが、債権者については本件配転の業務上の必要性はあったものといい得る。
債権者の母は、脳溢血で倒れた後、運動障害を残し、歩行が困難である上、高血圧症、心臓病、糖尿病等を併発し、病状は年々悪化しつつあり、夫の死以後、長男である債権者を頼りにしている。
会社は蒲原工場への転勤者には同工場に隣接する社宅を用意したこと、同工場内には会社の診療所が、更に同工場から至近の距離に総合病院が存在すること、会社は債権者に対し、本件配転に伴う荷造り、運送等の手配はすべて会社で行うこと、単身赴任の場合は、債権者が現在入居している社宅に母と弟が引き続き居住することを容認する旨申し出たことが認められる。
本件配転命令は、新潟東港工場における業務の縮小と蒲原工場における業務の拡充に伴う人員再配置計画に基づくものであるが、新潟東港工場ではパート・臨時工は20名程度働いていること、本件配転命令が出された直後、10名前後のパートが新規に採用されていること、蒲原工場へ配転される人数は15名と決定され人選がなされたものの、結局債権者を含む3名が同工場に赴任しなかったが、それに代わる異動は実施されなかったことが認められ、これによれば15名という人数が動かし難いものであったともいえず、またその選出基準に特に不合理な点は窺えないとしても、債権者以外に右基準に該当する適任者が存在せず、債権者でなければならないという必要性は乏しかったものと認められる。結局、本件配転命令の業務上の必要性の程度は小さいものといわざるを得ない。
本件配転に関する債権者の事情としては、同居して扶養されている母の問題に尽きるところ、蒲原工場が新潟市より気候温暖で高齢者にとって気候の点では生活し易いことは明らかであり、医療環境においても現居住地に劣るものとは思えないし、働こうとする場合その先も用意され、引越し作業は会社が手配し、母に特段の負担となることはないのであるから、債権者が母を帯同して転勤することにさして支障はないように見えなくもない。しかし年齢が69歳で、多くの病気を持ち、適応能力を失いかけている同人を、永年住み慣れた土地から全く暮らしたこともない土地へその意思に反して連れて行き、居住をさせることは、心理的、精神的に極めて負担を強いることとなるのは想像に難くなく、ひいては病気を悪化させる危険があることは否定できない。そして、母を新潟に残したまま、債権者が単身赴任することも、債権者を頼りにしてきた母の精神的支柱を失わせることとなり、やはり病気に悪影響を及ぼすことは十分あり得ることというべきである。もっとも同人には次男がいるが、母はその世話を期待していなかったことが窺われ、次男もまた母の世話をする意思に欠ける。このような親の扶養・世話を子の誰がするかというような事柄は、当該家族の人間関係によるところが大であって、これを無視して他律的に決定できるものではない。
会社が従業員に対し配転を命じるに当たって、従業員の事情―従業員本人の事情ばかりでなく、その家族の事情も相当な範囲で含まれるというべきである--に対する配慮を全く欠かすことは許されないというべきであるが、常にその全部にわたり配慮しなければならないものではないというべきであり、その程度は具体的な労働関係を踏まえて社会通念により決定すべき問題というべきである。本件において、会社が債権者の事情に属する母の健康についてどの程度配慮すべきかは一概に決せられる問題ではないが、本件配転命令の必要性の度合いが小さいこと、右配転の基となった人員配置計画の実施について、会社と労組との間で、会社が特に転勤者の個人的事情に配慮することが確認されていること、債権者の事情が健康という最大限尊重されるべき価値にかかわるものであることを考慮すれば、会社が本件配転につきなした配慮をもってしては足りず、業務上の必要性との対比において、本件配転命令によって債権者の受ける影響・不利益は著しく大きいものというべきであるから、右命令は権利の濫用に当たり、その効力を有しないものといわなければならない。そうすると、債権者は本件配転命令に応ずる義務はなく、したがってこれに応じなかったことを理由としてなされた本件解雇は、その根拠を欠如することとなり、無効なものというべきである。 - 適用法規・条文
- なし
- 収録文献(出典)
- 労働経済判例速報1219号25頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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