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S社配転拒否事件

事件の分類
配置転換
事件名
S社配転拒否事件
事件番号
東京地裁 - 平成9年(ワ)第3993号
当事者
原告 個人1名
被告 株式会社
業種
製造業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1999年07月13日
判決決定区分
棄却
事件の概要
 被告は、電子機器の製造・販売などを目的とする株式会社であり、原告は昭和61年4月被告に入社した技術者である。原告は、入社後、八王子事務所に配属された後、昭和63年11月に名古屋営業所、平成2年4月に東京営業所、平成3年4月に川崎の事務所に転勤した後、同年9月に再び名古屋営業所に配属された。原告は最初の名古屋営業所勤務の際、後に妻となる女性と知り合い、原告の希望により再度名古屋勤務になり、その間の平成5年2月に同女性と結婚したものである。

 被告は、平成8年2月28日に、原告に対し同年3月1日付で川崎市所在のマイコンシティー事業所への転勤を命じた。ところが原告は、(1)広域配転に当たっては配転される従業員に対し配転を打診し、同意を得る労働慣行があるのに、被告は同慣行に従わなかったこと、(2)業務上の必要性がないこと、(3)労働者に対し退職を強要する目的により行われたものであることを主張したほか、(4)妻は保母の仕事に就いており、自律神経失調症に罹患していることから、医師からも本件配転を避けるべきと指示されていること、(5)新婚間のない時期で子宝に恵まれていないことからも単身赴任を避けたいところ、転勤となれば単身赴任とならざるを得ないこと、(6)別居となると、二重生活に伴う経費の増加に耐えられないこと、(7)別居生活に伴う精神的負担に自信がもてないことなどから、労働者に発生する損害が通常甘受すべき程度を超えているとして、本件転勤命令を拒否した。
 原告は本件配転命令を不服として直ちにその撤回を求め、マイコンシティー事業所には赴任しなかったが、結局同年10月16日、本件配転命令に異議を留めつつ同事業所へ赴任した。被告は原告が同年4月1日から10月15日までの間同事業所に赴任しなかったことを理由に、その間の賃金を支払っていないことから、原告は勤務地が名古屋営業所であることの確認とこの間の賃金の支払いを請求した。
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
 使用者が労働者の個別的同意なしに労働者の勤務場所を決定してこれに転勤を命じて労務の提供を求めるためには、雇用契約その他の両当事者の合意の解釈として、使用者が配転命令権を有すると認められることが必要と解される。本件においては、就業規則で「業務上の都合により、転勤・出向・派遣等を命ずることがある」という規定が設けられているところである。原告は、被告が広域配転に伴う不利益の軽減措置を執ることなく広域配転命令を発し、そのため配転命令を受けた社員が次々と退職するという事態を迎えたと主張するが、その事実を認めることはできない。これらを総合すれば、原被告間の雇用契約その他合意の解釈として、被告は業務上の必要性に応じてその裁量により原告の個別的同意なしに原告の勤務場所を決定してこれに転勤を命じて労務の提供を求める権限を有するものと認められる。そうすると、被告は本件配転命令の発令に当たって原告の同意を得ていないことを理由に本件配転命令が無効であるということはできない。

 転勤、特に転居を伴う転勤は、一般に原告の生活関係に少なからぬ影響を与えずにはおかないから、被告の配転命令権は無制約に行使できるものではなく、これを濫用することは許されないところ、配転命令につき業務上の必要性が存しない場合には、当該配転命令は権利の濫用として無効であるというべきである。そして業務上の必要性については、当該転勤先への異動が余人をもっては容易に替え難いといった高度の必要性に限定することは相当ではなく、労働者の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性の存在を肯定すべきである。

 企業には経営の自由があり、経営に関する危険を最終的に負担するのは企業であるから、企業が自己の責任において経営上の判断をすることは当然のことであり、被告が落ち込んでいく売り上げに見合った人員の配置を行うという観点から名古屋営業所の営業担当社員1名を他に転勤させることにしたことが被告の裁量権を逸脱したものと認めるに足りる証拠はなく、営業担当社員1名を他に転勤させることにしたという被告の判断は合理性を有するものと認められる。被告が本件配転命令を発するに至った経緯・目的によれば、本件配転命令の真の目的が退職の強要であるということはできない。
 原告は平成8年10月から川崎のマイコンシティー事業部に出社し、毎週末名古屋の妻の下に帰っている。原告と妻は本件配転命令後は東京と名古屋に別れて住んでおり、原告は概ね毎週週末は名古屋に帰っているというのであるから、別居によって原告と妻は肉体的、精神的及び経済的な点において家庭生活上の不利益を相応に被っているものと認められるが、これら家庭生活上の不利益はいまだ本件配転命令に基づく転勤によって通常甘受すべき不利益の程度を著しく超えていないものと認められる。そうすると、本件配転命令が権利の濫用として無効であるということはできない。
適用法規・条文
なし
収録文献(出典)
労働経済判例速報1739号3頁
その他特記事項