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Y社(総合技術センター)転勤拒否控訴事件

事件の分類
配置転換
事件名
Y社(総合技術センター)転勤拒否控訴事件
事件番号
福岡高裁 - 平成11年(ネ)第917号
当事者
控訴人(第1審 原告) 個人3名A、B、C
被控訴人(第1審 被告) 株式会社
業種
製造業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2001年08月21日
判決決定区分
棄却
事件の概要
 控訴人Aは、昭和36年7月に、合併前の被告の前身であるY社に臨時作業員として雇用され、その後主として鋼材の伝熱流体・エネルギー等の分野で、熱処理試験実験に従事しており、控訴人Bは昭和35年6月、Y社に臨時作業員として雇用され、その後主として真空圧延機、小型熱間圧延機等を用いた鋼材の圧延試験実験業務に従事していた。

 被控訴人は、平成2年9月1日付けで控訴人Aに対し、平成3年7月1日付けで控訴人Bに対し、それぞれ千葉県にある中央研究本部富津試験室への転勤を命じた。しかしながら、控訴人らは共に、本件転勤命令は労働契約違反であること、家庭の事情により転勤できないことを主張して転勤を拒否し、転勤命令の無効確認を求めて提訴した。
 第1審では、被控訴人の就業規則、労組との間の労働協約上、被控訴人は社員に転勤命令を発する権限を有していること、控訴人らの主張する家庭の事情では、本件転勤命令が、社会通念上労働者が甘受すべき不利益の程度を著しく超えているとは認められないとして有効と判断したことから、控訴人らはこれを不服として控訴したものである。
主文
1 控訴人らの控訴を棄却する。
2 訴訟費用は控訴人らの負担とする。
判決要旨
 (1)控訴人両名が入社した当時のY社の就業規則には「社員に対しては、業務上の都合によって転勤させ又は職場もしくは職種を変更することがある」との規定があったこと、(2)控訴人両名は臨時作業員としての採用時に就業規則の説明を受け、就業規則遵守の誓約書を被控訴人に提出していること、(3)その後就業規則は数次の改正を経たが、本件転勤命令発令時の就業規則にも同旨の規定が存在すること、(4)被控訴人と労組との間の労働協約には、会社は業務上の都合により組合員を転勤させることがある旨の規定があること、(5)新たな製鉄所の建設、操業に伴い、技術職社員の大規模かつ継続的な転勤措置が行われてきたことが認められる。

 就業規則及び労働協約中の「業務上の都合により社員(組合員)を転勤させることがある」旨の規定、控訴人両名の入社時には既に技術職社員の転勤措置が実施されており、今後規模を拡大して継続される状況にあったこと、控訴人両名とY社との労働契約締結の際勤務地を限定する旨の合意はされなかったこと等の事情によれば、被控訴人は、控訴人両名に対し、その個別的合意なしに転勤を命じる権限を有するものと認めるのが相当である。

 使用者の転勤命令権は無制約に行使できるものではなく、これを濫用することの許されないことはいうまでもない。しかし、当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等特段の事情の存する場合でない限りは、当該転勤命令は権利の濫用になるものではないというべきである。

 被控訴人としては、技術研究・開発力の強化充実が不可欠であり、研究開発体制の整備が急務になっていたこと、そのため被控訴人は千葉県富津市に総合技術センターを設立したことが認められ、これらの事実に照らすと、被控訴人において経営上の観点から同センター設置の必要性があったと認めるのが相当である。同センター設置に伴う人員措置は、技術職社員のほぼ全員が転勤の対象となるところ、同センターの早期・円滑な立上げのためには、技術職社員が永年蓄積した技術・技能の継承が必要であり、同センターへの立地統合自体が職場ぐるみの移転という性格を有し、移転後は旧職場がなくなるため従業員の雇用の場を確保する必要があることから、これらの理由はいずれも合理性を有している。

 控訴人Aは、本件転勤命令発令当時、妻と大学浪人中の長男、高校2年の次男と同居しており、妻は約30年にわたり看護婦として病院に勤務していたこと、同控訴人は北九州市内に居宅を保有し、ローンの支払いを続けていたこと、同控訴人は本件転勤命令以降、単身赴任し独身寮で単身生活を続けていることが認められる。確かに妻が北九州で勤務を続ける限り控訴人Aは単身赴任となるところ、被控訴人は転勤先で妻が勤務できる病院の紹介を申し出る等一定の配慮を行っており、社宅貸与等の便宜を図り、子弟のみ八幡に残し他の家族が富津へ転居する場合は、八幡地区の寮へ子弟が入居できるようにする等の配慮を行っている。以上のとおり、控訴人Aの被る不利益の程度と被控訴人の援助措置等を総合勘案すると、本件転勤命令により同控訴人が受ける経済的、精神的不利益は、転勤に伴い、労働者が通常甘受すべき程度を著しく超えているとまで認めることはできないし、同一の人員措置によって転勤した者との対比においても、同控訴人に不当な不利益を負わせるものともいいがたい。
 控訴人Bは本件転勤命令当時、妻である控訴人C、高校3年生の長女、21歳の長男と同居していたこと、控訴人Cは結婚後も概ね働いて収入を得ており、平成2年2月からは保険外交員として勤務していたこと、控訴人B及びCは北九州市内に居宅を新築し、そのローンの支払いが残っていたことが認められる。被控訴人は控訴人Bに対して、控訴人Aの場合と同様の配慮を行っていることから、これらの事情を前提に、被控訴人B及びCの被る不利益の程度と被控訴人の援助措置等を総合勘案すると、本件転勤命令により、同控訴人が受ける経済的、精神的不利益は、転勤に伴い労働者が通常甘受すべき程度を著しく超えていると認めることはできないし、同時に転勤した者との比較においても不当な不利益を負わせるものとはいい難い。以上によると、本件転勤命令が権利の濫用に当たり、無効である旨の控訴人らの主張はいずれも理由がなく採用できない。
適用法規・条文
なし
収録文献(出典)
平成14年版労働関係判例命令要旨集
その他特記事項