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N社配転拒否控訴事件

事件の分類
配置転換
事件名
N社配転拒否控訴事件
事件番号
大阪高裁 - 平成16年(ネ)第528号
当事者
控訴人(第1審原告) 個人1名
被控訴人(第1審被告) 株式会社
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2005年01月25日
判決決定区分
控訴認容
事件の概要
 被控訴人は、マネージャーA職である控訴人が、原価を操作し、担当店舗の従業員にサービス残業をさせ、無銭飲食をさせるなどしたとして、マネージャーB職、更に店長へと降格させ、大阪から東京へ研修目的で配転命令を発したところ、控訴人から仮処分の申請がなされ、同申請に基づく仮処分決定により配転命令の効力を停止されたため、控訴人に対し大阪所在の関連子会社への出向を命じた。

 控訴人は、配転拒否の理由として、採用当初から大阪地区に勤務するという地域限定の合意があったこと、心臓病を患う8歳の長女がおり、その診察、治療のため、大阪地区を離れることはできないことを主張し、関連子会社への出向による降格により賃金が減少したとして、降格前の地位にあることの確認と、給与の差額及び慰謝料200万円を請求した。
 第1審では、被控訴人は能力主義・成果主義の賃金体系をとっており、労働者の適性や能力を正当に評価して、これに見合った職位に労働者を配置することは予定されているとした上で、本件降格は正当であること、採用時のやりとりから、直ちに控訴人と被控訴人との間で、勤務地を関西地区に限定する合意があったとは認められないこと、長女の容態は落ち着いており、東京でも診察、治療を受けることは可能であるから、控訴人が東京に転勤できない理由は認められないことを挙げて、本件転勤命令が権利の濫用に当たらないと判断した。そこで、控訴人はこの判決を不服として控訴したものである。
主文
1 原判決を次のとおり変更する。

(1)控訴人が被控訴人に対して、被控訴人営業4部(東京)で勤務する義務のないことを確認する。

(2)控訴人が被控訴人に対して、日本レストランデリバリー株式会社の大阪デリバリー部門で勤務する義務のないことを確認する。

(3)被控訴人は控訴人に対し、100万円及びこれに対する平成15年1月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(4)控訴人のその余の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は、1、2審を通じてこれを2分し、その1を控訴人の、その余を被控訴人の負担とする。
3 この判決は、主文1項(3)に限り仮に執行することができる。
判決要旨
1 本件降格処分について

 被控訴人は、人事権の行使として降格処分を行うについて一定の裁量を有しているというべきであるが、それが社会通念上著しく妥当性を欠き、権利の濫用に当たると認められる場合には無効というべきである。被控訴人が主張するとおり、事実を認め反省しているとはいえ、無銭飲食の実行犯が何ら処分を受けていない点は、平等取扱の原則上問題がないではないが、控訴人の管理監督下にある店長の責任と、当該エリアの最高責任者である控訴人の責任の軽重には相当の差異があるといわざるを得ず、他の関係者に比して控訴人の責任が軽いとは到底いえない。更に本件同様に、従業員の無銭飲食について管理不行届があったとされた事案では、控訴人と同じ職位にある者が2階級の降格処分を受けているのに、控訴人の場合は1階級の降格に留まる点からしても、本件降格処分は同種事例よりも軽いものであったことが窺われる。以上の点を総合考慮すれば、本件降格処分には上記問題はあるものの、なお、それが権利濫用に当たるとまではいい難いから、本件降格処分は無効とはいえず、その無効を前提とする本件降格処分を受ける前の地位にあることの確認請求、本件降格処分以降の賃金差額請求及び慰謝料のうち同処分にかかる控訴人の請求はいずれも理由がない。

2 本件配転命令について

 (1)控訴人は、被控訴人より関西地区における調理師資格を有する管理職候補として現地採用されたものであり、本社で幹部要員として採用されたわけでも、長期人材育成を前提として新卒採用された者でもなかった。(2)控訴人は採用面接の際、長女の病状を述べて関西地区以外での勤務に難色を示し、被控訴人もこれを了解していた。(3)入社後も、控訴人は昇格したとはいえ、関西地区外に転勤する可能性について説明を受けたり、打診されたことも無く、本件配転命令時点において、被控訴人会社全体としても、マネージャー職を地域外に広域移動させることは稀であった。これらの各点を総合すれば、控訴人と被控訴人との間では、採用時点において、黙示にせよ勤務地を関西地区に限定する旨の合意が成立しており、その後も上記合意が変更されるには至らなかったものと認定することができる。また、上記認定ができないとしても、少なくとも、被控訴人は控訴人に対し、採用時から本件配転命令に至るまでの間、特段の事情がない限り、勤務地を関西地区に限定するようできる限り配慮する旨の意向を示し、その旨の信義則上の義務を負っていたと認定すべきである。

 一般に、使用者の有する広範な人事権に照らし、配転命令は、業務上の必要性がない場合又は業務上の必要性がある場合でも不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等特段の事情のある場合でない限りは、権利の濫用にならないものと解されている。控訴人の管理職としての職務遂行能力を改善するために一定の指導教育を行う必要性があることは否めないところであり、そうすると、研修を担当する人的資源も潤沢である東京において控訴人を指導教育することにも一定の合理性があるといえるが、関西地区で一定期間自主的な改善が可能かどうか見極める措置を採ったり、東京に異動させるにしても、期間を限定した上で異動を命じ、改善状況を見極めた上でその後の対応を検討することも合理的な選択肢としてあり得たというべきである。以上の点を総合すれば、控訴人を直ちにかつ期間の限定もなく東京に移動させない限り、控訴人の改善を期待できなかったものとは認め難く、この点において本件配転命令に業務上の必要性があったとまではいい難い。

 控訴人の長女は、心臓病三種合併症に罹患しているが、上記疾病は生後間もない段階での心臓手術を経由したものであって、主治医による定期的な観察、治療が不可欠なものとされ、経過観察の結果3回目の手術が必要となる場合もある旨の説明を受けており、国が難病として位置づける特定疾患でもあることから主治医を変更することも容易ではない。また、緊急時には直ちにかかりつけの大阪市総合医療センターで治療を受ける必要があるために、控訴人家族は同病院に通院可能な場所を離れることが困難である。控訴人は、長女の介護に妻と共に当たっているが、妻は控訴人の降格処分以降、生計を支えるためにアルバイトに従事しており、控訴人の母も身体障害者の身でパート勤務に従事している。さらに控訴人の二女、三女が未だ幼く、養育に手がかかることもあって、長女の介護のためには控訴人が家族と離れて生活することは困難な状況にある。そして、控訴人及び妻は、本件配転時点から今日に至るまで、東京への異動は不可能である旨を一貫して述べており、以上の点を総合すれば、控訴人及びその家族は、本件異動によって相当な不利益を被るものといわざるを得ない。そうすると、控訴人が家族で転居する場合は家族用の社宅を無償で提供する意向を被控訴人が示していること、控訴人の長女も、本件配転命令の時点では特段緊急の治療が必要な状態にあったとは認められないこと、東京の医療機関で受診することも不可能とはいえないこと等の被控訴人主張の諸事情を十分に考慮しても、控訴人の上記不利益には軽視し難いものがあり、これを解消するに足る措置が講じられたとまでは認め難い。

 本件配転命令は、控訴人にその意思に反して相当な不利益を課するものであるから、使用者たる被控訴人としては、予め、(1)配転が必要とされる理由、(2)配転先における勤務形態や処遇の内容、(3)大阪地区への復帰の予定等について、控訴人に対し可能な限り具体的かつ詳細な説明を尽くすべきであった。しかるに、被控訴人が控訴人に対し、上記の点について具体的かつ詳細な説明を尽くしたものとは到底いえず、勤務地を関西地区にとどめるようできる限りの配慮がなされたとも到底いえない。以上を総合すれば、本件配転命令は権利の濫用に当たるから無効というべきである。

3 本件出向命令について

 被控訴人の就業規則は、業務上必要がある場合には、社員に配転を命じることがある旨の規定であって、被控訴人の配転命令権について包括的な定めをしたものに過ぎない。その他被控訴人の就業規則等に、出向先の労働条件・処遇、出向期間、復帰条件等を定めた規定は見当たらないし、控訴人が本件配転命令に全く合意していないから、本件出向命令は、その法的根拠自体を欠く無効なものというべきである。また、仮に本件出向命令の法的根拠自体に欠けるところがなかったとしても、それは権利を濫用してなされたものといわざるを得ない。

4 慰謝料請求について

 本件配転命令は、家庭の事情で当初から関西での勤務を希望し、被控訴人もこれを受け入れてきていた控訴人に対し、その業務上の必要性も十分説明せず、また研修期間もあえて明示しないままに、研修名目で東京への異動を強いる内容であり、事実上は控訴人にとって退職を余儀なくさせられる内容のものである。また本件出向命令は、調理師資格を有し、マネージャーA職まで体験した控訴人を系列会社に出向させた上、研修の名目で、本来の職種とは関係なく、研修の実態も全くないような態様で、冷凍庫での単純作業を長期にわたり担当させるもので、これに従う控訴人が強い屈辱感を覚え、かつ、見せしめのため他の従業員から隔離されたと受け止めるのもやむを得ない内容のものである。したがって、これらの命令によって控訴人が相当な精神的苦痛を受け、また現に受けていることは容易に推察されるところである。
 以上のような点に、前記認定の各事実を総合すれば、本件配転命令及び出向命令は、人事権を濫用してなされた従業員に対する不法行為に当たり、被控訴人は、これによって控訴人が受けた精神的損害を賠償する義務を負うといわざるを得ない。控訴人の精神的な苦痛の内容、程度は著しいと認められる一方で、控訴人の側にも社内ルール遵守の点で問題があり、上記各命令を許す要因を与えていること、そして控訴人が慰謝料の対象の1つとして挙げていた本件降格処分については違法とまでは認められないこと、また本件仮処分命令により本件配転命令の効力が停止されていること、本判決により上記各命令がいずれも無効であると確認されること自体によっても相当程度の慰謝が図られるとも見得ること等諸般の事情に鑑みれば、慰謝料の額は100万円をもって相当というべきである。
適用法規・条文
民法709条
収録文献(出典)
労働判例890号27頁
その他特記事項