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電信電話会社配転拒否事件
- 事件の分類
- 配置転換
- 事件名
- 電信電話会社配転拒否事件
- 事件番号
- 札幌地裁 - 平成14年(ワ)第1958号(第1事件)
- 当事者
- 原告(第1事件)個人3名 A、B、C (第2事件)個人2名 D、E
被告 電信電話会社 - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2006年09月29日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却
- 事件の概要
- 被告は、東日本地域において地域電気通信業務等を行うことを目的とした株式会社であり、原告らはいずれも被告の前身である電電公社に雇用された従業員である。
被告は、経営合理化の一環として、固定電話に関する業務を新設のS社に外注委託し、それに併せて従業員の雇用形態及び処遇体系を見直すこととし、平成14年3月31日時点の年齢が50歳以上59歳以下の従業員に対し繰延型、一時金型、満了型のいずれかを選択させ、選択通知書を提出しない者は満了型とする旨従業員に通達した。繰延型又は一時金型を選択した者は、平成14年4月末に被告を退職してS社に雇用され、給与加算や退職金に一時金が加算される一方、満了型を選択した者は被告において60歳定年まで勤務することができる反面全国的な転勤もあり得ることとされていた。原告らはいずれも選択通知書の提出を拒否したため、満了型を選択したものとみなされた。
被告は、平成14年7月1日付けで、原告らに北海道内各地の営業支店に配転させる発令をし、原告らはいずれも異議を留めつつ赴任したが、原告らは(1)本件配転命令は業務上の必要性がないこと、(2)勤務地限定とされている労働契約に反すること、(3)年齢差別に当たること、(4)ILO156号条約、165号勧告に違反すること、(5)育児休業法26条に違反すること、(6)原告らはいずれも家庭の事情を有し、多くは単身生活を強いられ、精神的・肉体的・経済的不利益を被ることなどを挙げ、本件配転命令の無効確認と、各原告に対する300万円の慰謝料の支払いを請求した。 - 主文
- 1 被告は、原告A、原告B及び原告Cに対し、それぞれ50万円及びこれに対する平成14年10月5日から支払済みまで各年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告Dに対し50万円及び原告Eに対し100万円並びにこれに対する平成15年1月21日から支払い済みまで各年5分の割合による金員を支払え。
3 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は、これを5分し、その1を被告の、その余を原告らの負担とする。
5 この判決は、第1、2項に限り仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 本件配転命令の無効について
被告が、雇用形態の選択を求める際に一定年齢を基準としたこと、その年齢以上の者に対し雇用形態の選択を求め、選択通知書を提出しない者については定年まで引き続き被告が雇用することとし、かつそれらの者については全国的な配転もあり得る反面、S社への出向はないなどとしたことは相応の合理性があると認められ、このような被告の経営判断を違法なものであるなどとすることはできない。
(1)従業員の配転につき定められた被告及び電電公社の就業規則においては、職種、勤務地の限定はなく、平社員にのみ適用されるといった限定もないこと、(2)原告らの採用者は電電公社総裁であって、当該地域の電話局長等ではないこと、(3)原告らが就職希望時に電電公社に提出した就職希望調書には勤務地や職種についての希望欄があるが、あくまでも「希望」であったこと、(4)被告は大規模な会社であり、異職種、遠隔地配転が行われるのはむしろ通常であること等からすれば、原告らと被告との間で勤務地、職種の限定が明示又は黙示的に合意され、あるいはそれらの限定が慣行となっていたと認めることはできない。原告らは、本件転勤命令は年齢によるいわれのない差別であると主張するが、従業員繰延型及び一時金型を選択した場合、賃金が低下するとしても激変緩和措置が講じられており、また満了型となっても、上記のとおり勤務地、職種の限定の合意又は慣行は認められず、異職種、遠隔地配転が就業規則に定められている以上、そのような配転が行われることはやむを得ないといえる。
原告らは、本件転勤命令は家族的責任を有する労働者の均等待遇について定めたILO156号条約及び165号勧告に定める義務に反し、育児・介護休業法26条にも違反すると主張するが、ILO条約・勧告は国内の法人に対し直接に効力が及び、当該法人と従業員との間の労働契約がこれにより直ちに無効となることを認めることはできない。また育児休業法26条は、転勤により育児又は介護が困難になる労働者がいる場合に、事業主に配慮を求めているだけであり、その配転命令が同条により直ちに違法無効となるものではない。
本件において、勤務地、職種の限定の合意等が認められないとしても、配転、特に転居を伴う配転は、労働者の生活関係に影響を与えるから、使用者による配転が無制約に許されることにはならない。配転命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、当該配転命令が他の不当な動機、目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合、当該配転命令は権利の濫用になる。そして業務上の必要性は、当該配転が余人をもって容易に替え難いといった高度の必要性に限定されず、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤労意欲の高揚、業務円滑化等の使用者の合理的運営に寄与する点があれば、認められると解される。
2 原告Aの個別事情
原告Aは、昭和43年4月に電話交換手として電電公社に雇用され、平成14年7月1日付けで苫小牧営業支店法人営業担当への配置転換を命じられた女性である。原告Aは3人の子を持ち、喘息の持病があり、本件配転時81歳の父は歩行困難で介護2級と認定され特別養護老人ホームに入所し、母はパーキンソン病で入院し、夫は癌で入院したため、平成16年2月に看護休暇を取得した。被告は、販売経験のある原告Aを苫小牧営業支店に配転する業務上の必要性があったと主張するが、同支店では法人担当であり、販売経験が特別に必要とは考えられず、広く接客の経験があれば顧客への対応を十分に行えると考えられること等を考えれば、原告Aを同支店に配転したことは労働力の適正配置と認めることはできず、本件配転の業務上の必要性は認められないから、本件配転命令は権利の濫用として違法というべきである。原告Aの苫小牧への異動は転居を伴うもので、家族関係に影響を及ぼすものであり、それによって原告Aが精神的苦痛を被ったことは容易に推認することができる。もっとも、原告は本件配転命令前から滝川において単身又は長女と同居しており、本件配転の時点では両親の介護に関し大きな影響を受けたとは認められず、夫の癌も本件配転後に生じた事由であり、持病の喘息に関しては異動によって具体的な支障を生じ、又は生じるおそれがあったことを認めるに足りる証拠はなく、経済的負担についても、単身赴任手当、帰郷実費、社宅の制度により、負担が大きかったとまでは認められない。その他原告Aの苫小牧での生活の期間や態様等の各事情を勘案すれば、本件配転命令によって原告Aの被った精神的苦痛に対する慰謝料は、50万円とするのが相当である。
3 原告Bの個別事情
原告Bは、昭和37年4月に電々公社に雇用された男性であり、平成14年7月1日室蘭支店への配転を命じられ、平成16年3月まで単身生活をした。被告は原告Bの本件配転につき、特にLモードの担当として適任と判断したからと主張するが、原告Bに対してはLモード販売に関する調査等に関する書面による指示はなく、調査等の結果につき書面による報告もさせていないこと等からすれば、被告が原告BにLモード販売につき適任と考えていたと認めることはできない。したがって、本件配転につき労働力の適正な配置がなされたと見ることはできず、原告Bにつき本件配転の業務上の必要性は認められないから、本件配転命令は業務上の必要性がないにもかかわらず行われたものであり、権利の濫用として違法であるというべきである。本件配転命令による原告Bの室蘭への異動は転居を伴うもので、その家族関係に影響を及ぼすものであり、原告Bは既に相当高齢であり、身内や知人のいない室蘭において定年までの1年9ヶ月の間単身生活を送らざるを得なくなったもので、その生活上の不便を感じ、寂しい思いをしたであろうこと、原告Bは遠隔地に転居したことにより、自宅の管理にも支障を来し、不安を感じたであろうことは容易に推認することができる。その他各事情を勘案すれば、本件配転命令によって原告Bの被った精神的苦痛に対する慰謝料は50万円とするのが相当である。
4 原告Cの個別事情
原告Cは、昭和39年4月に電々公社北海道電気通信局札幌搬送通信部にされ、研修後新得電話中継所に配属された男性である。原告Cは、異議を留保したまま平成14年7月1日付けで函館営業支店SE担当への異動の発令を受け、同支店に単身赴任した。組織率99%のNTT労組の調査では「通労1名ほぼ不稼働」との記載があり、函館営業支店の通信労組の加入者は原告Cのみであったことからすれば、原告Cは同支店において適当な業務が与えられていなかったと認められ、同支店のSE担当の業務に適任であったとはいい難いことからすれば、原告Cにつき、本件配転により労働力が適正に配置されたとは認められない。したがって原告Cにつき本件配転の業務上の必要性は認められず、本件配転命令は権利の濫用として違法であるというべきである。本件配転命令による原告Cの函館への異動は転居を伴うもので、その家族関係に影響を及ぼすものである。そして原告Cは既に相当に高齢であり、初めて住む函館において定年までの2年9ヶ月の間単身生活を送らざるを得なくなったもので、その生活上の不便を感じ、寂しい思いをしたであろうこと、自らの健康管理にも不安を覚えたであろうことは容易に推認することができる。その他各事情を勘案すれば、本件配転命令によって原告Cの被った精神的苦痛に対する慰謝料は50万円とするのが相当である。
5 原告Dの個別事情
原告Dは、昭和39年4月に電々公社釧路電報電話局に雇用された男性であり、昭和62年に札幌に移転した。原告Dは平成14年6月頃課長に対し病後の検査の必要や妻の病気を理由に配転には応じられないと伝えたが、同年7月1日付けで北海道支店釧路営業支店営業総括担当に異動の発令を受け、異議を留めたまま同支店に異動した。釧路営業支店は、営業総括担当として営業の企画、提案や顧客の接客経験がある人材を要請していたことが認められるが、営業総括担当の業務の中では企画提案の経験はそれほど重要視されていなかったといえること等からすれば、原告Dでなくとも良かったものと考えられ、更に原告Dが具体的な企画提案等をしたことは認められない。これらを考えれば、原告Dが業務を適切に行っていたとは認められず、原告Dの本件配転につき、労働力が適正に配置されたと認めることはできないから、本件配転の業務上の必要性は認められない。原告Dの釧路への異動は転居を伴うもので、その家族関係に影響を及ぼすものである。そして原告Dは妻が軽いうつ病に罹患しており、釧路赴任後も妻は治療のために札幌に残ることにしたが、その後体調を崩し釧路に転居することになる一方、それまで社宅で同居していた長女も転居しなければならなくなり、被告から支給される移転費用を超える支出をするなど経済的にも不利益を受け、また札幌市内で予定していた自宅の建築計画も中断せざるを得なくなったもので、原告Dが精神的苦痛を被ったことは容易に推認することができる。その他原告Dの釧路での生活の期間や態様等の各事情を勘案すれば、本件配転命令によって原告Dの被った精神的苦痛に対する慰謝料は50万円とするのが相当である。
6 原告Eの個別事情
原告Eは、昭和39年4月に電々公社苫小牧電報電話局に雇用された男性であり、平成13年1月に札幌への配転を受けた。原告は平成14年7月1日付けで東京都葛飾区所在の法人営業本部への配転を命じられ、異議を留めつつ赴任した。原告Eの両親は苫小牧で2人で暮らしているところ、父は視力障害等で身体障害者1級、要介護3に認定され、母は変形性関節症による左膝関節機能の全廃で、身体障害者4級に認定された。原告Eの転勤以降、妻が両親宅に寄り家事の手伝いをしていたが、平成15年10月以降父は老人保健施設に入所し、原告E自身も椎間板ヘルニアに罹患した。配転先での原告Eの主な仕事は外販活動で、相応の体力が要求される業務であったところ、このような業務を比較的高齢で頚椎に障害のある原告Eに行わせることは適正な配置と認めることはできず、原告Eの配転について業務上の必要性はなかったと考えられる。原告Eの両親の障害等からすれば、本件配転当時、原告Eの両親について介護の必要性が存在していたことは明らかである。
原告Eに対する本件配転命令は、上記のとおりいずれも権利の濫用として違法というべきである。本件配転命令による原告Eの東京への異動は転居を伴うもので、その家族関係に影響を及ぼすものであり、特に両親の介護に与えた影響は大きなものがあり、それによって原告Eが精神的苦痛を被ったことは容易に推認することができる。その他原告Eの東京での生活の期間や態様等の各事情を勘案すれば、本件配転命令によって原告Eの被った精神的苦痛に対する慰謝料は100万円とするのが相当である。 - 適用法規・条文
- 民法709条
- 収録文献(出典)
- 労働判例928号37頁、労働経済判例速報1954号3頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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札幌地裁 - 平成14年(ワ)第1958号(第1事件) | 一部認容・一部棄却 | 2006年09月29日 |
札幌高裁 - 平成18年(ネ)第314号、札幌高裁 - 平成19年(ネ)第33号 | 一部認容・一部棄却 | 2009年03月26日 |