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S社賃金差別事件

事件の分類
賃金・昇格
事件名
S社賃金差別事件
事件番号
大阪地裁 - 平成7年(ワ)第8009号
当事者
原告 個人2名A、B
被告 株式会社、国
業種
製造業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2000年07月31日
判決決定区分
棄却(控訴)
事件の概要
 被告会社は電線、特種金属等の製造、販売を目的とする会社であり、原告Aは昭和44年に、原告Bは昭和41年にそれぞれ高校卒業後被告会社に雇用された女性である。
 被告会社では、昭和41年及び昭和62年に職種及び身分制度を大きく改定しており、昭和41年制度(旧制度)の職種は、管理職、専門職、作業職、保安職、庶務職、医務職に分けられ、昭和62年制度(現行制度)の職種は、経営職、管理職、技術職、一般職、専任職に分けられている。被告会社は、昭和43年から高卒男子事務職の採用を再開し、事務職高卒男子は、昭和58年までにすべて専門職に転換したが、高卒女子で専門職に転換した者はいなかった。
 原告Bは、採用後事務職に配置され、現行制度の導入に伴い一般職に移行し、昭和58年に一般職2級、平成3年に同1級となった。原告Aは、採用後事務職に配置され、昭和63年に一般職2級、平成4年に同1級となった。
 原告らは、被告会社から、女性であることのみに基づいて、同じ事務職の同学歴の高卒男子との間で、昇格、昇進、昇給等において差別を受け、その結果大きな賃金格差を生じるに至ったもので、被告会社の男女差別は債務不履行であり、不法行為であるとして、主位的には同時期入社、同学歴男子社員との賃金格差相当額差額の支払いを請求するとともに、予備的に、当初は違法とまではいえなかったとしても、社会意識の変化等によりその後は違法になったにもかかわらず男女間格差を是正しなかったことは不法行為又は債務不履行に当たると主張して、賃金格差相当額の損害賠償等の支払いを請求した。また、被告国に対して、原告らが男女雇用機会均等法に基づき調停申請をしたのに、大阪婦人少年室長は機会均等調停委員会に調停を行わせるか否かを決定する権限を有しながら、この権限を行使しなかったとして、国家賠償法に基づき、原告各自に対し100万円の損害賠償を請求した。
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
判決要旨
1 被告会社に対する主位的請求―事務職の男女別処遇が違法な男女差別か

 事務職(一般職)で採用された男女間でみる限り、男子には勤続年数とともに職分が昇進していく傾向にあることが認められるし、職級運用の実態からすると、職分昇進に合わせて職級もほぼ並列的に昇格していっているものと推認されるが、女子の場合には、男子に比して職分昇進が著しく遅い上、勤続年数との相関関係も認められない。また賃金格差も、著しく大きなものになっていると認められる。

 被告会社では、本社が人員計画を立て一括して募集、採用する全社採用と、各事業所が独自に募集、採用する事業所採用の2種類の採用方法をとってきた。原告らが採用された旧制度の下では、専門職は大卒見込みの男子を対象とした全社採用であったが、作業職、保安職、庶務職及び医務職はすべて勤務地限定の事業所採用であった。事務職も原則として事業所採用であり、対象は高卒女子で定型的補助的一般事務を担当する社員として位置づけられ、勤務地を限定されていたが、昭和43年から52年にかけて全社採用で大卒専門職に準ずる将来の中堅幹部候補要員として高卒男子も採用された。

 全社採用の専門職や事務職は学力に重点が置かれ、高卒男子の場合は、学科試験(国語、数学、英語、簿記等)、適性検査及び面接等により採否が決定されていたが、高卒女子事務職は、事業所ごとに作成した試験問題による学科試験(国語、数学)、適性検査及び面接により採否を決定していた。また全社採用の男子事務職には、工場実習を含めた約2ヶ月半の長期実習が行われたが、女子事務職には各事業所限りで13日の短期接遇教育等が行われるに過ぎなかった。

 被告会社においては、(1)当時女子に勤務地の変更を伴う転勤をさせることは考えられなかったこと、(2)一般的に女子は勤務期間が短く、幹部候補要員として要求されるキャリアの蓄積が期待できなかったこと、(3)労働基準法の女子保護規定など法的制約も多く、多忙なポストへの配置が困難であったこと等の理由から、高卒女子は定型的補助的業務に従事するとの位置づけで事業所採用の事務職として採用し、職種転換審査を受審させることがなかった。

 以上の認定事実によって判断すると、原告らが比較対象とする昭和43年から同52年にかけて事務職として採用された高卒男子は、すべて専門職に職種転換し、そのほとんどが管理職へ昇進しているから、原告ら女子職員とは既に職種、身分を異にしており、これに伴い職級にも相当の開きがあると考えられるし、採用から比較時点まで20~30年が経過していることを併せ考慮すると、現時点で賃金格差が生じていることは、被告会社の賃金制度からすると格別不可解なこととはいえない。

 幹部候補要員として採用された高卒男子事務職が、数年後には全員専門職に転換し、その後更にそのほとんどが管理職に昇進したことは、一見年功序列的に見えるけれども、それは当初から予定されていたことであり、右のようなほぼ一律な職種転換、昇任、昇進の経過を辿るのもまた当然であったと考えられる。他方、原告ら高卒女子事務職は、定型的補助的業務に従事する社員という位置付けであるから、その多くが一般職に留め置かれていることもまた当初から被告会社が予定していたことというべきである。その結果、現在では職種、職分、職級を異にすることになり、それが著しい賃金格差に繋がっているとしても、両者間には単に男女の違いというのみならず、社員としての位置付けの違いによる採用区分、職種の違いが存するのであるから、これを直ちに男女差別の労務管理の結果ということはできない。

 被告会社は、高卒の全社採用はすべて男子から募集し、同じく高卒の事業所採用であるにもかかわらず、男子作業職には専門職への職種転換をさせながら、女子事務職には職種転換をさせることがなかった。結局高卒女子は、女子であることを理由に全社採用の対象から排除されていたのであり、専門職への職種転換の対象からも排除されていたのであって、被告会社は、高卒女子の社員としての位置付けを通じて間接的には男女別の労務管理を行っていたといわなければならない。
 企業は、いかなる労働者をいかなる条件で雇用するかについて広範な採用の自由を有するが、かかる採用の自由も、法律上の制限がある場合はもちろん、そうでない場合でも基本的人権の諸原理や公共の福祉、公序良俗による制約を受けることは当然であり、不合理な採用区分の設定は違法になることもあるというべきである。被告会社が、一方で幹部候補要員である全社採用から高卒女子を閉め出し、他方で定型的補助的業務に従事する職種を専ら高卒女子を配置する職種と位置づけたこと、その理由も結局は高卒女子一般の非効率、非能率ということによるものであるから、これは男女差別以外の何者でもなく、性別による差別を禁じた憲法14条の趣旨に反する。しかしながら、憲法14条は私人間に直接適用されるものではなく、労働基準法も男女同一賃金の原則(4条)は規定しているものの、採用における男女間の差別禁止規定は有していない。いうまでもなく憲法14条の趣旨は私人間でも尊重されるべきであって、雇用の分野においても不合理な差別が禁止されるという法理は既に確立しているというべきであるが、他方では、企業にも経済活動の自由(22条)や財産権保障(29条)に根拠付けられる採用の自由が認められているのであるから、不合理な差別に該当するか否かの判断に当たって、これらの諸権利間の調和が図らなければならない。

 昭和40年代頃は、男子は経済的に家庭を支え、女子は家事育児に専念するという役割分担意識が強かったこと、女子が企業で働く場合でも、結婚又は出産までと考えて短期間で退職する傾向があったこと、このようなことから我が国の企業の多くにおいては、男子に対しては定年までの長期雇用を前提に、労働生産性を高めようとするが、女子に対しては定型的補助的な単純労働に従事する要員としてのみ雇用することが少なくなかったこと、女子に深夜労働などの制限があることや出産に伴う休業の可能性があることなども、女子を単純労働の要員としてのみ雇用する一要因ともなっていたことなどが考慮されなければならない。採用における男女差別が実定法上初めて禁止されたのは、平成9年の均等法改正によってであり、改正前均等法7条ではこの点は事業主の努力義務に留められていたことも、右のような社会意識の存在を配慮したものと考えられる。現時点では、被告会社が採用していたような女子事務職の位置付けや男女別の採用方法が受け入れられる余地はないが、原告らが採用された昭和40年代頃の時点でみると、被告会社が高卒女子を定型的補助的業務にのみ従事する社員として位置づけたことをもって、公序良俗違反であるとすることはできない。そうであれば、原告らを補助的業務の要員として採用し、処遇してきたことには違法な点はないというべきであり、原告ら高卒女子事務職の採用後の処遇についても公序良俗に反するものではないというべきである。

2 被告会社に対する予備的請求―是正義務違反

 原告らは、予備的請求として、社会意識の変化等を理由に、第一次的には被告会社が男女別定年制を廃止した昭和54年の時点で、第二次的には均等法が施行された昭和61年時点で、それまでの男女別労務管理を是正する義務が生じたと主張する。しかしながら、第一に被告会社が行っていた全社採用と事業所採用という採用方法の使い分けは、社員の区分に基づくものであり、同一の募集に応募し、同一の採用条件を満たした上で採用されながら、採用後に性別の違いを理由として異なる処遇を受けたという場合とは明らかに異なる。

 第二に、原告ら高卒女子は、全社採用の事務職に採用される機会を与えられなかったが、そのような採用方法は当時としては違法ではなかった。原告らは事務所採用の事務職に応募して採用され、そこで予定されていた処遇を受けているものであって、制度上管理職に登用される途もあり、その処遇は違法性を帯びるものではない。原告らの主張は、結局のところ、被告会社が行ってきた当時としては違法とはいえなかった採用方法や処遇までも現在の判断基準に照らし、過去に遡って評価し直し違法評価を行うものというほかなく、法的安定性を害する。

 第三に、原告らが主張する是正義務の内容は、専門職への転換を希望する高卒女子事務職に対し、既に採用された高卒男子事務職と同様の教育、訓練、配置を行った上、受験に不利にならないよう試験内容は職務に関連したものに改定して職種転換審査を実施すべきというものであり、これではほとんど結果の平等を求めているに等しい。もともと、高卒男子事務職は、より厳しい選考試験等に合格してきた社員であり、採用後に受けた教育や仕事の配置などの処遇は、選考試験等にも合格した者であって初めて要求できることというべきであり、現実には事業所採用の選考試験にしか合格せず、あるいは縁故によって採用された原告ら高卒事務職に対し、希望しさえすれば当然に男子事務職に対してしたと同等の教育、訓練等を施さなければならないとする理由はない。また、専門職に職種転換すれば専門職としての仕事の配置があるから、転換審査においてはそれに応じられる能力を有するか否かが試されるのは当然のことであり、長年の受験が認められなかった不利があるからといって、これを救済するために試験内容改訂の義務が生じるものでもないというべきである。以上のとおり、いずれの観点からしても、被告会社には原告らが主張する是正義務の発生を認めることはできない。

3 被告国に対する請求―調停不開始決定の違法性

 均等法指針が、募集、採用ごとに女子を排除しないよう求めたのは、現に採用区分を設けてコース別人事管理などが行われている現状に照らすと、単に募集、採用に当たって女子を排除しないこととしたのでは、女子差別を排除するのに不十分と考えたことによるものと解され、何ら均等法の趣旨を限定するものではない。また均等法が事業主に求める配置、昇進についての均等取扱いは、結果の平等ではなく、機会の平等を意味するものであり、機会が均等か否かは、条件が同一の男女間で判断されるべきことである。事業主が採用区分を設定してコース別の人事管理を行うのは、採用後の勤務条件や処遇を異にしているからであり、そのため採用条件も採用区分に応じて異なっているのが通常である。そのような場合に、採用条件や採用後の勤務条件、処遇の異なる労働者間での昇進の違いを比較しても、そこに差があるのはむしろ当然のことであり、それをもって差別と称することはできない。したがって、大阪婦人少年室長が、採用区分ごとに差別の有無を判断しようとしたことには何ら違法はない。

 旧制度における専門職と事務職とでは、採用条件はもとより、採用後に従事する業務、採用後の処遇を異にしており、被告会社ではこのような職種ごとに社員を募集、採用しているのであるから、まさに採用区分に相当する。そして、同じ事務職であったとはいえ、男子は幹部候補要員として位置付けられ、採用方法も女子とは異なり、全社採用の方法で採用されるなどしてきているのであるから、このような事務職の違いもまた採用区分に相当するものというべきである。したがって大阪婦人少年室長が、原告らが比較対象であると主張した専門職男子と旧制度の事務職からそのまま移行してきた現行制度の女子一般職との間に採用区分があるとしたことに判断の誤りはない。また原告らは、専門職出身の管理職割合と一般職出身の管理職割合に著しい格差が存することを問題にしているが、専門職と一般職とでは採用区分が異なるのであるから、その間で管理職割合に格差があるとしても、これをもって均等法に違反する男女間の昇進差別の問題とすることはできない。そうすると、本件調停不開始決定が違法であるとする原告らの主張はいずれも採用できず、被告国に損害賠償の支払いを求める原告らの請求は理由がない。
適用法規・条文
憲法14条、22条、29条
民法90条
男女雇用機会均等法7条、8条、15条(改正前)
収録文献(出典)
判例タイムズ1080号126頁、労働判例792号48頁
その他特記事項
本件は控訴された。