判例データベース
S社賃金差別事件
- 事件の分類
- 賃金・昇格
- 事件名
- S社賃金差別事件
- 事件番号
- 大阪地裁 - 平成7年(ワ)第7992号
- 当事者
- 原告 個人4名A、B、C、D
被告 株式会社 - 業種
- 製造業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2005年03月28日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却(控訴)
- 事件の概要
- 被告は、鉄鋼及び非鉄金属等の製造販売を主な事業内容とする株式会社であり、原告Aは高校卒業後住友軽金属工業に3年程勤務した後昭和37年8月に、原告Bは、高校卒業後昭和44年3月に、原告Cは高校卒業後昭和48年4月に、原告Dは高校卒業後昭和50年4月に、それぞれ被告に入社した女性である。
原告らは、昇格及び昇給において、女性であることを理由に差別を受けたとして、被告に対し、主位的には、昭和61年以降の同期同学歴の高卒男性事務職との差額賃金相当の損害及びこれと同額の慰謝料を、予備的には、高卒男性事務職との間に採用区分の違いがあるとしても、技能職として採用後、事務職に転換した同期同学歴の高卒男性従業員(LC転換者)との間の差別的取扱いには合理性がないとして、LC転換者との差額賃金相当請求及び慰藉料として、原告Aについては2500万円、原告Bについては1500万円、原告C及びDについては各1000万円を請求したほか、弁護士費用相当額、これらに対する遅延損害金の支払いを求めた。
これに対し被告は、(1)昭和45年までは高卒以上の、昭和46年から昭和61年までは高専卒以上の男性事務職を幹部要員として本社において採用するのに対し、高卒女性事務職と高卒男性技能職は事務所において採用し、その後の業務配置等も別異に取り扱って来たのであるから、取扱いの差異は採用区分の差異によるものであり、当時としては一般的な方法であったから、当時の公序には違反するものではないこと、(2)LC転換者との格差は、技能職としての知識・経験を有し、事務職としての適性のある者を大量に事務職に転換させ、昭和46年以降は、そのうち優秀な者をBHとして高卒男性事務職の代替として登用したのであるから、高卒女性事務職と、BHはもちろんLC転換者との間に格差が生じても当然であること、(3)査定区分は、能力評価の結果を年齢ごとに大括りに区分したもので、学歴・男女別等のグループを示すものではないと主張した。 - 主文
- 1 本件訴えのうち、原告A、原告B、及び原告Cの、平成16年12月末日を支払日と刷る別紙請求金一覧表の「差額賃金(月額)」欄記載の金員の支払いを求める部分中の平成16年12月16日以降の差額賃金相当損害金の支払いを求める部分及び平成17年1月から各月末日限り別紙請求金一覧表の「差額賃金(月額)」欄記載の各金員の支払いを求める部分並びにこれらに対する各支払日の翌日から支払い済みまで年5分の割合による金員の支払いを求める部分を却下する。
2 被告は、原告Aに対し、1885万円及び別表の「原告A内金」欄記載の金額に対する同表の「遅延損害金起算日」欄記載の日から支払い済み間で念5分の割合による金員を、原告Bに対し、1833万8000円及び別表の「原告B内金」欄記載の金額に対する同表の「遅延損害起算日」欄記載の日から支払い済みまで年5分の割合による金員を、原告Cに対し、1455万円及び別表の「原告C内金」欄記載の金額に対する同表の「遅延損害金起算日」欄記載の日から支払い済みまで念5分の割合による金員を、原告Dに対し、1137万4000円及び別表の「原告D内金」欄記載の金額に対する同表の「遅延損害金起算日」欄記載の日から支払い済みまで年5分の割合による金員をそれぞれ支払え。
3 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用中、各原告に生じた費用の20分の3及び被告に生じた費用の20分の3をいずれも被告の負担とし、各原告に生じた費用の各20分の17を各原告の負担とし、被告に生じた費用の20分の17を原告らの負担とする。
5 この判決は、第2項に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 本件差別的取扱いの有無
被告の高卒事務職における男女間には、昇進・昇給及び賃金に関して、顕著な格差が存在し、本件格差について合理的な理由が認められない限り、被告が性別による差別的取扱いをしていることが推認されるというべきである。
被告においては、昭和45年までは大卒の男性事務職の不足を補い、又はそれを補佐する者と位置づけて、終身雇用を前提に男性の高卒者を本社で採用し、基幹的な業務への就業を命じていたのに対し、女性の高卒者は、結婚等を機に短期間で退職することを前提に(女性が結婚退職する場合には、自己都合退職金を通常の場合と比較して、勤続3年未満で5倍、5年未満で3倍、5年以上で1割加算する反面、結婚祝金は男性の半額とするなど結婚退職奨励の措置をとっていた。)、本社や各事業所ごとに、補助的な事務を行う者として採用し、基本的には採用した本社又は各事業所において、補助的業務に従事させていたものということができる。
被告においては、男女間で初任の職分職級の取扱いに差異を設けるとともに、長期実習を命じた高卒男性事務職については、基本給及び業務手当に代えて、実習生手当を支給していたものであり、少なくともこの点に基づき高卒事務職における男女間に生じた昇進・昇給及び賃金格差は、本件コース別取扱いに基づくものといえるが、この取扱いの差異だけでは、本件格差を到底合理的に根拠付けることができないことは明らかである。
被告の高卒男性事務職の入社29年ないし31年の平均年収は平成7年度で820万円ないし890万円であるのに対し、同じ勤務期間の高卒女性事務職の平均年収は約600万円となっている。また、男性技能職から事務職に転換した者(LC)の平均年収は、勤続29年ないし31年の平成7年度は、645万円ないし685万円となっている。また、被告での年齢区分ごとの査定区分ロないしホに該当する従業員の職分職級の状況を見ると、高卒男性事務職と査定区分ロに該当する職員、BHと査定区分ハに該当する職員、LCと査定区分ニに該当する職員、高卒女性事務職と査定区分ホに該当する職員の各昇進状況が概ね符号している。
以上によれば、被告は、差別的取扱いにより、高卒女性事務職の最高の評価区分を受けた者よりも高卒男性事務職の最低評価を受けた者の方が評価区分が上回る運用をしており、その結果、35歳の平均的な従業員において、高卒男性事務職は企画統括職2級に昇進するのに対し、高卒女性事務職は専門執務職2級に留まり、49歳では、高卒男性事務職は管理補佐職に昇進しているのに対し、高卒女性事務職は優秀者であっても企画統括職3級に留まり、年収において230万円もの差異が生ずることになったものである。これは、高卒事務職において、同等の能力を有する者であっても、男女間で能力評価区分に差をつけるとともに、男女間において評価区分及び査定区分において明らかに差別的取扱いをし、昇給・昇進等の運用をしていたというべきであり、このような運用は、本件コース別取扱い
と合理的関連を有するとは到底認め難いといわなければならない。
2 本件差別的取扱いの違法性
憲法14条は、法の下の平等を保障して、性別による差別的取扱いを禁止し、これを受けて、民法1条の2は、本法は個人の尊厳と両性の本質的平等を旨として解釈すべき旨を規定し、労働基準法3条は、労働者に国籍、信条又は社会的身分を理由として労働条件について差別的取扱いを禁止するとともに、同法4条は、女性について賃金に関する差別的取扱いを禁止している。これらのことからすれば、使用者が、採用した労働者を合理的理由なく性別に基づき、労働条件について差別的取扱いをすることは、民法90条の公序に反し、違法というべきである。したがって、同種の業務を担当している従業員間において性別のみにより労働条件について差別的取扱いをすることが違法であることはもちろん、従業員の個々の能力や適性等の具体的差異に基づかず、男性従業員一般を女性従業員一般に比べて重用し、業務内容や教育・研修等につき差別的取扱いをした結果、賃金や昇進・昇格等の労働条件に差異が生じた場合も公序に反し、違法というべきである。
他方、憲法は、22条、29条において、財産権の行使、経済活動の自由をも保障しているから、事業主は契約締結の自由を有し、いかなる者をいかなる条件で雇い入れるかについては、法律等による特別の制限がない限り、原則として自由とされている。そして、労働基準法3条にいう「労働条件」には募集及び採用に関する条件は含まれないというべきであるし、同法4条も、募集及び採用について男女間で異なった取扱いをすることまで直接禁止するものではない。原告らが被告に採用された当時、募集及び採用に関し男女間で異なった取扱いを直接禁ずる法律等は存在せず、それらが禁止されたのは、改正均等法が平成11年4月に施行された時点からである。しかも、当時一般的に女性の勤続年数は男性よりも短く、全国的異動も期待し難かったことも考慮すれば、被告が女性の高卒事務職の採用に当たり、男性の高卒事務職と同一の取扱いをしなかったことは、憲法14条の理念に沿うとはいえないものの、直ちに公序良俗に違反するとはいい難い。
しかし、そうであるからといって、高卒事務職の男女間の差別的取扱いのすべてが当然に公序良俗に違反しないと評価されるわけではなく、その扱いが募集・採用時におけるコース別取扱いの差異に基づくものとは認められないか、その差異に基づくものであったとしても合理性を有しない場合には、なお公序に反して違法というべきである。
採用後の高卒事務職の男女間の取扱いの差異が、少なくとも採用時に男女別に締結した労働契約に定められた労働条件の差異に基づく場合は公序良俗に違反するとはいえないのであり、採用後の高卒事務職の男女間の取扱いの差異が必ずしも労働契約の内容とされていなくても、募集対象・方法、採用手続・条件、就業場所、職務内容等の差異に照らせば合理的と評価できるものであれば、未だ公序良俗に違反するとまではいえない。以上によれば、被告が、本件コース別取扱いに基づき、高卒男性事務職については、長期の実習を受けさせた後、全国の本社、事務所で基本的には基幹的な業務につくことを命じ、高卒女性事務職よりも有利な取扱いをしていたのに対し、高卒女性事務職に対しては、採用した本社又は各事業所において、基本的には補助的な業務に就かせていたことは、未だ公序良俗に違反するとはいえない。
以上とは異なり、本件格差は、本件コース別取扱いによる差異だけでは到底合理的に根拠付けることができないものであって、男女間で能力評価において差別的取扱いをし、同じ能力評価区分に該当した者についても評価区分及び査定区分において明らかに差別的取扱いをし、それに基づき、昇給・昇進等の運用をしていたことによるものであって、本件コース別取扱いと合理的関連を有するとは認め難いから、被告の本件差別的取扱いは、性別のみによる不合理な差別的取扱いとして民法90条の公序に反する違法なものであるといわなければならない。そうすると、被告は、不法行為責任(民法709条、44条、715条)に基づき、原告らに対し、損害を賠償する義務を負うというべきである。
3 損害の有無及びその額
原告らが主張する差額賃金相当額のうち、本件コース別取扱いと相当因果関係を有する昇進・昇格格差及び賃金格差に基づくものは、当時その取扱い自体は公序良俗に反する違法なものとまではいい難いから、被告の違法な差別的取扱いと相当因果関係を有する損害とはいえない。
選抜昇進をさせるか否かの選定基準の一つに職務内容が挙げられている上、被告は上位の職務に就かせることができる能力、潜在性、管理職に就かせることができる将来性を重視して評定していたのであるから、能力評価が男女間で公平に行われている場合であっても、本件コース別取扱いに基づき、男女間で担当している業務が異なっているため、選抜昇進においても、差異が生じることは可能性として否定することができない。そうすると、違法な差別的取扱いがなかった場合に原告らが得られるであろう差額賃金相当額が、原告らが主張する標準的な高卒男性事務職との差額賃金相当額全額であると認めることはできない。被告は、差別的取扱いがなければ、少なくとも本件コース別取扱いにおいて、別異に取り扱われることが予定されていなかった従業員間においては、男女とも同様の昇進・昇格及び昇給がされていたものと推認するのが相当である。
被告の事務職において、本件コース別取扱い上、原告ら高卒女性事務職と同様本社採用者でない者は、高卒技能職から事務職に転換した者(LC転換者)だけであり、被告による差別的取扱いがなかった場合に得られたであろう差額賃金相当額は、LC転換者における同等の能力を有する者との賃金等の差額を下回ることはないというべきである。また、LCや高卒女性事務職よりも有利に取り扱われるBHへの登用につき、本件コース別取扱い上の差異がないにもかかわらず、男性のLCだけを対象とし、高卒女性事務職を一切対象としなかったことには、合理的な理由を認めることができず、単に性別のみに基づく不合理な取扱いというべきである。しかし、原告らは主として定型的、補助的な業務を担当させられていたことからすれば、BHと同等の業務を担当したからといって、直ちに原告らを含む高卒女性事務職が一般的にBHと同等の能力を有していたことが証明されたとはいえないから、原告らはBHとの差額賃金相当損害金を請求することはできず、比較の対象となるLC転換者からはBHを外し、LCと比較するのが相当である。そしてBH登用に関する差別的取扱いを受けたことは、慰謝料算定の一事情として考慮するのが相当である。
LCの中には、相当期間技能職であった後に転換した者も存在するから、LC全体と高卒女性事務職との平均賃金額の実際の差額を直ちに差別的取扱いによる損害と評価することはできない。被告は、基本的にはLCを査定区分ニに、高卒女性事務職を同ホと位置づけて、昇進・昇格及び昇給の運用をしていたのであり、それは性別のみによる不合理な差別的取扱いで違法というべきであるから、その差別的取扱いと相当因果関係を有する損害である差額賃金相当額は、現実にLCと高卒女性事務職との間に存する賃金差額相当額ではなく、査定区分ニと同ホとの年収差額と認めるのが相当である。
各原告の差額賃金相当額を算定すると、原告Aについては差額退職金相当損害金を含め1415万円、原告Bが1413万円8000円、原告Cが1125万円、原告Dが887万4000円となる。また、原告らは、被告からBH登用に関する差別的取扱いを受け、BHに登用される機会を喪失しているのであって、BHとLC間の年収の格差その他本件に顕れた諸般の事情を考慮すると、精神的苦痛に対する慰謝料としては、原告Aについては300万円、原告Bについては250万円、原告Cについては200万円、原告Dについては150万円が相当であり、弁護士費用の損害は、原告A及びBについては各170万円、原告Cについては130万円、原告Dについては100万円と認める。 - 適用法規・条文
- 憲法14条、22条、29条
民法1条の2、44条、90条、709条、715条
労働基準法3条、4条
男女雇用機会均等法5条、6条 - 収録文献(出典)
- 判例タイムズ1189号98頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|