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社会福祉法人解雇事件

事件の分類
解雇
事件名
社会福祉法人解雇事件
事件番号
平成7年(ヨ)第904号
当事者
その他債権者 個人4名 A、B、C、D(Cは男性)
その他債務者 社会福祉法人
業種
サービス業
判決・決定
決定
判決決定年月日
1995年10月20日
判決決定区分
一部認容・一部却下
事件の概要
 債務者は、大阪G病院を経営する社会福祉法人であり、債権者Aは、昭和8年4月生まれで、昭和39年10月、債務者に「職員」たるソーシャルワーカーとして雇用され、債権者Bは昭和7年2月生まれで、平成3年1月、債務者に「職員」たる看護婦として雇用され、債権者Cは昭和8年12月生まれで、平成5年11月、債務者に1年契約の事務職員として雇用され、債権者Dは昭和6年11月生まれで、昭和51年4月、債務者に「職員」たる給食調理員として雇用された者である。

 債務者は、昭和56年大阪地裁に和議を申請し、和議債権者らの債権放棄と理事長の私財提供等によって和議を終了させたが、その後ほぼ毎年度1億ないし3億の赤字が続いてきた。このような事情から債務者は退職金の財源がなかったため、定年である60歳を迎えた者について退職手続きが取れず、これらの者を黙示的に再雇用する結果となり、期限の定めのない労働契約が締結された。債務者はその後財務状況が悪化したことから人員整理を行うこととし、平成6年5月、退職勧奨を実施しようとしたところ、組合が労使の合意が調うまで中止を要求してきたため、退職勧奨を一時中止した。その後団体交渉を行っても両者の主張が平行線をたどったが、同年7月「今回の退職勧奨は凍結する」旨の確認書が取り交わされた。同年11月に債務者が組合長に非公式に退職勧奨の了解を打診したところ、同人はこれを拒絶したが、債務者は63歳以上の9名に対し順次退職勧奨を行ったところ、組合から抗議がなされ、地労委の斡旋も不調に終わった。債務者と組合との間では平成7年3月下旬まで5回にわたって団交がもたれたが、両者の主張が平行線をたどる中、債務者は退職勧奨を続け、平成7年3月、これに応じなかった債権者らを解雇した。
 債権者らは、本件解雇は合理性がないこと、組合との確認に反するものであることから無効であるとして、地位保全と賃金の支払いを請求した。
主文

一 債権者Aが、平成10年4月1日までの間、債務者の従業員たる地位にあることを仮に定める。

二 債務者は、同債権者に対し、平成7年10月20日から平成10年4月1日まで、毎月末日かぎり、月38万4180円の割合による金員を仮に支払え。


一 債権者Bが、平成9年2月1日までの間、債務者の従業員たる地位にあることを仮に定める。

二 債務者は、同債権者に対し、平成7年10月20日から平成9年2月1日まで、毎月末日かぎり、月34万4030円の割合による金員を仮に支払え。


一 債権者Cが、平成10年12月21日までの間、債務者の従業員たる地位にあることを仮に定める。

二 債務者は、同債権者に対し、平成7年10月20日から平成10年12月21日まで、毎月末日かぎり、月27万1681円の割合による金員を仮に支払え。

4 債権者Dの本件申立て及びその余の債権者らのその余の申立てをいずれも却下する。

5 申立費用は、債権者Dと債務者との間においては全部同債権者の負担とし、その余の債権者らと債務者との間においては、債権者らに生じた費用の2分の1を債務者の負担とし、その余は各自の負担とする。
判決要旨
1 人員整理の必要性の有無

 人員整理の必要性があるというためには、単なる生産性向上や利潤追求というだけでは足りず、客観的に高度な経営上の必要性の存在を要するが、人員整理をしなければ企業の存続維持が危殆に瀕するという差し迫った状況までは必要でないものというべきである。本件のような債務超過や利益低迷にかんがみれば、債務者においては、少なくとも人員を整理して人件費を抑制する客観的に高度に経営上の必要性があることは明らかというべきである。ところで、債務者は本件解雇後において、部門によっては退職者よりも高給の職員を採用し、あるいは補充採用により人員増が生じていることが疎明される。その意味で本件は、単なる人員整理を目的とした整理解雇とは異なり、人件費の削減と、主として若年労働者の雇用による能率の向上や職場の活性化を併用した経営改善のための解雇の事案と理解される。しかし、事業の活性化を図り、より収益性を上げるために、整理解雇と合わせて有能な人材を高給で採用し、部門により人員を充実させる必要のあることもあり得るのであって、このような事実があるからといって、直ちに人員整理の必要性がなかたといまでいうことはできない。

2 解雇回避努力の有無

 債務者は、業務委託を解約し、職員を補充することにより、業務委託料と人件費増の差額の削減を達成し、債務弁済期限の延長の同意を取り付け、機器・材料の購入経費の削減等の対策を講じた外、金利の引下げ、診療単価の引上げを実現したことが疎明される。平成7年3月期では医業利益の面で計画を下回っているが、これらの要因がいちがいに債務者の懈怠によるということはできず、このことをもって直ちに債務者が解雇回避努力を怠ったとまでいうことはできない。また、債務者においては、非常勤職員(嘱託及びパート)に対して希望退職の募集は行っていないが、嘱託及びパートは比較的人員整理が容易であって、希望退職を「職員」のうち60歳以上の者に限ったことは、必ずしも非難されるものではない。以上によれば、債務者においては、解雇回避努力は尽くしたことが疎明されているものということができる。

3 人選の合理性の有無

 本件解雇対象者の人選は、債務者において、就業規則を遵守して、本来の人事運営の姿に戻すという方針の下に、一律に正職員で60歳を経過した者を選択したのであり、この基準自体、かなりの公平感を持つものであって、債権者Dを解雇の対象としたことは合理的なものであると疎明される。債権者Aの勤務するソーシャルワーカー部門においては、病床数からして最低2名のソーシャルワーカーの配置が義務付けられていること、同債権者の解雇後債務者は組合の指摘を受けて新たにソーシャルワーカーを1名補充採用していることが認められるところ、本件整理解雇の基準は公平感を持つものではあるが、債権者Aのように、違法な状況を作り出す結果となるような解雇については、人選の合理性は肯定し難い。債権者Bの勤務する病棟は、最低10名の看護婦の配置が義務付けられているところ、看護婦数は法定数を下回る8.25名であることが疎明され、このようなより強い違法状況を作り出すような結果となる債権者Bの解雇についても、その合理性を肯認することはできない。債務者Cは「職員」でなく嘱託であったのであるから、人選基準からは外れており、また嘱託のうちで同人のみを解雇対象とする合理性は疎明されないから、同債権者の解雇については人選の合理性を欠くものというべきである。

4 組合ないし労働者への説明及び協議

 これについては、平成6年7月の合意の意味が問題になるところ、その文書においては、「停年制並びに停年退職手続きについては、これまでの実情経緯を踏まえ、その適正化を図る。今回の退職勧奨は凍結する。」と記載されている。しかしこの記載は、退職勧奨を組合との協議を進めつつ当面凍結する趣旨ではあっても、組合との協議が調うまで絶対に退職勧奨を行わないとの趣旨とは必ずしも解されず、本件においてこの合意の成立をもって、債務者の行った退職勧奨が協定違反であると必ずしもいうことはできない。そして債務者は、数次にわたる団体交渉において、組合に対し本件解雇の必要性について説明を尽くしたものと疎明される。

5 保全の必要性の有無
 債権者Dを除く債権者らは、いずれも債務者から受ける給与のみを生活の原資としていたところ、賃金相当額の仮払いを受けなければ著しい損害が発生することが疎明される。しかし、本件解雇は、いずれも定年である60歳を経過した者のみを対象としたものであり、組合及び債権者らの主張によっても定年は65歳なのであるから、本件具体的事案においては、債権者Dを除く債権者らに対する地位保全及び賃金相当額の仮払い期間を、本決定後それぞれ満65歳に達するまでに限定するのが相当であり、その余の申立部分については、必要性を欠くものというべきである。
適用法規・条文
なし
収録文献(出典)
労働判例685号49頁
その他特記事項