判例データベース
H社薬剤師雇止め事件
- 事件の分類
- 雇止め
- 事件名
- H社薬剤師雇止め事件
- 事件番号
- 横浜地裁 − 平成10年(ワ)第4131号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 有限会社 - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1999年09月30日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部却下・一部棄却(控訴)
- 事件の概要
- 被告は、医薬品の調剤に関する業務等を目的とする有限会社であり、薬局等を経営している。一方原告は、平成4年7月から、被告薬局の薬剤師として稼働してきた女性である。原告と被告との間の雇用契約は、平成4年7月16日から1年間として締結され、その後平成5年7月、同6年7月、同7年7月、同8年7月において、いずれも期間を1年間として更新されてきた。原告と被告との雇用契約は、平成9年7月の更新時においては期間を6ヶ月、同10年1月の更新時においては期間を3ヶ月と定められ、被告は同年4月15日に原告を雇止めとした。
これについて原告は、勤務時間が正社員より30分短いほかは正社員と同一の約束であり、雇用契約の更新により原告と被告との雇用契約は期間の定めのないものに転化しているところ、解雇理由である「世の中の厳しい状況」は正当な解雇事由とはならず無効であるとして、雇用契約上の地位にあることの確認と賃金の支払いを請求した。
一方被告は、原告との雇用契約は期間の満了によって終了したものであって原告を解雇したものでないこと、仮に雇用契約満了について解雇権の濫用の法理の類推適用があるとしても正社員との間には自ずから合理的差異があること、被告の業務である調剤薬局の経営環境は厳しくなる一方であり、薬剤師に余剰人員が生じていたが、正社員に退職を求めることは困難であり、唯一の契約社員である原告を雇止めにすることに正当な理由があることから、本件雇止めの正当性を主張した。 - 主文
- 1 原告が、被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 原告の被告に対する支払請求のうち、この判決の確定する日の翌日以降の賃金請求にかかる部分につき、訴えを却下する。
3 被告は、原告に対し、金365万4746円及び平成11年8月28日限り金9万8204円、同年9月以降この判決が確定する日まで、毎月28日限り、1ヶ月金27万6757円の割合による金員を支払え。
4 原告のその余の支払請求を棄却する。
5 訴訟費用は、これを5分し、その1を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。 - 判決要旨
- 1 解雇権の濫用に当たるか
被告は原告との間で、契約期間満了時に「特別職員雇用契約書」という標目の契約書をもってその都度雇用契約を更新してきたこと、雇用期間が当初は1年であったものが、平成9年7月の更新時においては6ヶ月、平成10年1月の更新時においては3ヶ月と定められ、期間が漸次短縮されたこと、原告は右期間の短縮による更新時においても契約書に署名押印したことが認められる。これらの事実に、原告が期間短縮の点について異議を述べていなかったことを総合すると、雇用契約における期間の定めが形骸化しているわけではなく、契約の更新が繰り返されたからといって、右契約が期間の定めのないものに転化したということはできない。したがって、原告の解雇権の濫用の主張は理由がない。
2 本件雇用契約は期間満了により終了したか
平成10年1月の契約更新に先立ち、被告は原告に対し契約期間を3ヶ月とし、これをもって終わりとするから、その間に新しい職場を見つけるように告げ、原告はその際直接異議を述べなかったこと、平成9年中の賃金据え置きの状況を見れば、原告は契約期間が終了する平成10年4月15日には契約更新がされない可能性の高いことを認識していたことは明らかである。しかし、被告は原告を平成4年7月に雇用して以来、平成9年7月の更新時まで数度に亘って1年間の契約を更新してきたこと、他の契約社員を被告から雇止めをしたことは1度もなかったことを斟酌すれば、その後に契約期間が6ヶ月、3ヶ月と短縮されたこと、原告が契約社員をなくする被告の戦略を認識したことを考え併せても、原告にとって平成10年4月16日以降もある程度雇用契約が継続することが期待される状況にあるものというべきである。また、原告は契約期間3ヶ月の契約書に署名押印してから2日後には組合に救済を求め、組合が交渉を求めていることから、被告としても期間が満了する同日に原告との間の雇用契約関係が終了することを期待し得ない状況にあったことは明らかである。よって、当事者双方とも、期間は一応3ヶ月と定められているが、いずれかから格別の意思表示がなければ当然更新されるべき雇用契約を締結する意思であったものであり、原被告間の雇用契約は、期間終了ごとに当然更新を重ねてあたかも期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態で存在していたものといわなければならない。したがって、本件雇止めは、実質的に解雇と同視されるから、解雇の法理が類推適用されるものというべきである。
被告の経営状態は悪化の傾向にあったことが認められるが、平成9年度の定期昇給は見合わせたが役員報酬、賞与については何ら削減が行われていないこと、正社員薬剤師の退職直後に正社員薬剤師を補充しているところ、その時期は原告の雇止めと近接した時期であること、平成9年初め頃原告は被告に対して正社員の希望を打診しており、被告はこれを断っていることが認められ、平成10年3月には契約社員1名の退職が決まっていたことからすると、更に原告を雇止めにする必要があったかどうかは大いに疑問のあること、本件薬局における赤字が平成8年から9年にかけて増加しており、十分な経営努力がされていたとは認められないことが認められ、このような事実に照らせば、被告の経営状態は、人員整理を行わなければ倒産必至という状態とはおよそいうことができず、危機的状況にあったとは認められない。正社員を解雇する場合と、原告のような期間雇用者を雇止めする場合とでは、自ずから合理的な差異があるとしても、本件薬局の経営悪化を理由として、今直ちに人員削減の必要性があるものとは認められないから、結局原告を雇止めすべき合理的な事由の存在が認められないといわなければならない。
原告が職場から好ましく思われていないとしても、本件薬局における薬品の管理、調剤方法がその原因の一端となっているものとも考えられること、原告の一つ一つの言動の内容自体を見れば、被告が雇止めを正当化するため、それまで注意すらしていなかった些細な事由をことさら取り上げたものと考えられることを参酌すると、原告に被告主張の言動があったとしても、雇止めを正当化するものではない。以上によれば、被告が平成10年4月15日に原告を雇止めしたことは合理性に欠け、更新拒絶権の濫用というべきであるから、本件雇止めは無効である。
3 原告が雇止め期間中に受けるべき賃金
本件仮処分においては、原告の被保全権利としては、27万6757円が認定されながら、なお、保全の必要性から月額15万円の仮払いが認容されていることは明らかであり、被告の原告に対する就労命令は、労働基準法24条1項本文の趣旨からしても適法なものとは認めがたい。そうすると、被告は、右就労命令にもかかわらず、依然として原告による労働の提供に対する受領を拒否しているものというべきであって、原告の賃金請求権は消滅するものではない。
次に、使用者が労働者に対して有する雇止め期間中の賃金支払い債務のうち平均賃金の6割を超える部分から当該賃金の支給対象期間と時期的に対応する期間内に得た中間利益の額を控除することは許されるものと解すべきである。これを本件についてみると、原告の月額収入は通勤手当を除くと27万6757円であり、平成10年10月16日から本件口頭弁論終結日までの中間収入である月額7万円はその4割に満たない額である。よって、右期間内に得た中間収入の全部について被告が支払うべき金員から控除することが許される。したがって、本件雇止めの日の翌日である平成10年4月16日から同年10月15日までは月額27万6757円を、同月16日以降、本件口頭弁論終結日である平成11年8月4日までは、7万円を控除した月額20万6757円を支払うべきである。同月5日以降については、将来の給付として、原告が被告に復職するまでの間に得べき中間収入の金額自体が確定していない以上、右中間収入については別個被告から原告に対する損益相殺の抗弁の主張又は償還請求によるべきであって、本判決においては中間収入を控除しない額(毎月28日限り月額27万6757円)の支払いを認めるべきである。 - 適用法規・条文
- 民法1条3項
- 収録文献(出典)
- 労働判例779号61頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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