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T社退職勧奨事件

事件の分類
解雇
事件名
T社退職勧奨事件
事件番号
大阪地裁 - 平成17年(ワ)第6097号
当事者
原告 個人2名 A、B
被告 株式会社
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2006年07月27日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(控訴)
事件の概要
 被告は、各種印刷等を目的とする会社であり、原告Aは被告からの勧誘を受けて平成11年8月17日にデザイナーとして被告に入社した男性であり、原告Bは、原告Aの推薦を受けて同年7月26日にデザイナーとして被告に入社した女性である。

 原告らが入社した当初の2年間は、原告らと同僚の関係は良好であったが、平成13年6月頃、被告営業社員Yと原告らとの間で意見が対立し、Yが原告Bの作成した試作品を投げつけるという事件が起きた。その後Yは原告らの所属するデザイン室へ発注せず、外注するようになり、平成14年2月以降はYからデザイン室への発注はなくなった。その後Yが謝罪し、極力外注を避けることの確認がなされたが、その後もYは外注を続け、原告らと周囲の従業員の関係が悪化していった。

 平成15年3月15日、被告社長は原告Bに対し、業績悪化を理由として退職を勧奨し(第一次退職勧奨)、同年5月の定期昇給が原告らにはなかった。同年6月に原告Aと原告Bは結婚し、平成16年に至って、被告は原告Bに対し、パートタイム勤務に替わるよう求めたが、話し合いは平行線のままであり、同年4月原告Bは抑うつ状態と診断されたことから、社長の発言によって精神的苦痛を受け、うつ病に罹患したとして、被告に対し発言の撤回、謝罪及び治療費の支払いを求めた。

 被告は、平成16年5月24日、デザイン室を閉鎖するとともに、原告らに対し、同年6月25日付けをもって退職するよう強く求めた(第二次退職勧奨)。原告らは同年5月31日、ユニオンに加入し、数回にわったて被告とユニオンの間で団交が持たれたが、原告らはユニオンと方針が合わないとして同年9月ユニオンを脱退した。一方被告は原告らに対し、同年9月25日をもって解雇する旨の通知書を送付し、解雇予告手当及び退職金を一方的に振り込んだ。
 原告らは、本件解雇を受け、雇用契約上の権利を有することの確認と賃金の支払いを求めて大阪地裁に仮処分の申立てを行い、地裁は被告に対し賃金の一部の仮払いを命じた。被告はこれを不服として異議を申し立てたが、平成17年8月22日、(1)原告らが雇用契約上の地位にあることを確認する、(2)原告らをデザイナーとして紛争発生当時の原状に復する、(3)原告らに対し未払い賃金(賞与と平成16年8月分の給与を除く)を支払うという内容で和解が成立した。原告らは同年9月1日、デザイン室に復帰し、同年12月賞与の支給を受けたが、同年8月まで就労しなかったことを理由に85%の減額がなされたことから、原告らは、(1)平成15年6月から平成16年6月までの賞与の減額分、(2)平成16年8月の給与、(3)平成16年12月分以降の賞与の支払い及び、(4)執拗な退職勧奨等に対する慰謝料の支払い、(5)謝罪文の掲示を求めて提訴した。
主文
1 原告A

(1)被告は、原告Aに対し、69万8166円及び、うち7304円に対する平成16年10月1日から、うち18万9300円に対する平成17年1月1日から、うち18万3312円に対する平成17年7月1日から、うち31万8250円に対する平成18年1月1日から、各支払済みまで年6%による金員を支払え。

(2)被告は、原告Aに対し、50万円及びこれに対する平成17年7月2日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。

2 原告B

(1)被告は、原告Bに対し、57万6310円及び、うち7304円に対する平成16年10月1日から、うち15万5700円に対する平成17年1月1日から、うち15万1056円に対する平成17年7月1日から、うち26万2250円に対する平成18年1月1日から、各支払済みまで年6%の割合による金員を支払え。

(2)被告は、原告Bに対し、80万円及びこれに対する平成17年7月2日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。

3 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

4 訴訟費用は、原告らに生じた費用のうち2分の1及び被告に生じた費用のうち2分の1を原告らの負担とし、その余の費用をいずれも被告の負担とする。

5 この判決は、1、2項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 平成16年6月賞与までの請求権

 原告らの平成15年6月以降の賞与実績は、平成13年の実績と比較すると相当程度減額となっていることが認められ、原告らはその差額が支給されるべきであると主張するが、被告の給与規定によると、賞与の支給条件は当該期間における社員の勤務成績、出勤率、貢献度を査定の上決定すると定められているところ、この査定は本来被告の裁量に委ねられており、同裁量に濫用の認められない限り、減額支給が違法であるとはいえない。被告の従業員30名中、賞与の減額をされている従業員が9名おり、原告らだけが低い査定を受けたとも言い難く、平成15年6月賞与から平成16年6月賞与までの間、原告らに対する査定において、裁量の濫用を認めることもできない。

2 平成16年8月分の給与請求権

 原告らは、平成16年7月1日から本件解雇日である同年9月25日までの間休職したことが認められ、ユニオンから原告の無給休職を認める旨の合意書の作成を要求されたが、原告らの反対で作成に至らなかった。原告らが合意書の作成に反対したのは、ユニオンが原告らの退職を前提に退職金等について交渉したことが原因であることが窺われる。そうすると、合意書の作成には至らなかったものの、原告らと被告との間で、紛争解決までの間、無給休職についての合意があったと認めるのが相当であるから、原告らは平成16年8月分の給与請求権を有していないというべきである。

3 平成16年12月以降の賞与請求権

 平成16年7月初めから同年9月25日までは、合意の上で無給休職であったのであるから、その期間を算定期間とする賞与請求権は発生しないと解するのが相当である。しかし本件解雇時である同年9月25日から復職する平成17年8月末までの期間については、原告らは勤務することができなかったのであり、本件解雇が無効である場合は、その間勤務することにより得られた給与だけでなく、賞与についても、勤務することにより得られたと認められる限度で、その請求権を有すると解すべきである。本件では解雇は無効と解すべきであるから、平成16年9月25日から平成17年8月末までを算定期間とする賞与について、原告らに支給されるべきであると考える。

4 不法行為の成否

 原告らが被告社長に対し、結婚することを直接報告したのは、第一次退職勧奨後の平成15年4月であったが、原告らは同年2月には次長らに結婚を報告しており、その情報が社長に入っていたことは十分推測することができ、その他の事情も考え合わせると、デザイン室の合理化だけが第一次退職勧奨の理由であったとは考えにくく、原告らの結婚もその1つの理由であったことは否定できないと考える。そして、その当時の勧奨の態様やその後の経緯をみると、退職強要があったとまではいえない。また、デザイン室の合理化の必要がある等の経緯に照らすと、原告らに営業活動をさせたことをもって、直ちに不法行為を構成するとまではいえない。

 第二次退職勧奨は、デザイン室の閉鎖を宣言し、しかも営業からデザイン室への発注を停止するというものであり、単に退職を勧奨したというものではなく、原告らの仕事を取り上げてしまうものである。デザイン室を閉鎖し、しかも他への配転を検討することもなく、退職を勧奨することは、退職の強要ともいうべき行為であり、その手段が著しく不相当というべきである。また、社長にこのような強硬な退職勧奨を行わせたのは、原告Bが社長に対し、治療費と謝罪を要求する内容の通知書を送付したことに激高したことが理由であると推認され、デザイン室の閉鎖の必要があったとまではいえなかったことを総合すると、第二次退職勧奨の違法性は明らかである。第二次退職勧奨により、原告らが精神的な苦痛を受けたことは容易に推認することができ、またその程度は軽いものであったとはいえず、不法行為を構成するというべきである。

 被告は、原告らの前任デザイナーが退職した際に、デザイン室の閉鎖を検討することなく、原告Aを勧誘し、デザイナーとして期間の定めのない雇用契約を締結している。また原告らを採用する前後において、急激な受注の減少など、デザイン室を閉鎖しなければならない客観的の状況の変化が存したことを認めるに足りる証拠はない。更に、デザイン室は独立採算部門であったわけではないから、仮にデザイン室の収支が赤字になったとしても、直ちにデザイン室を閉鎖し、原告らを解雇する必要性があったとは認められない。

 被告は、営業社員がデザインを外注することを放置し、デザイン室における営業努力についても原告らに任せきりにするなど、デザイン室の存続に向けた努力をしたと認めるに足りる証拠はない。被告は第二次退職勧奨においていきなりデザイン室の閉鎖を通告し、それに引き続いて本件解雇に至ったものであり、第二次退職勧奨と本件解雇との間には交渉の機会はあったものの、既にデザイン室の閉鎖の方針を打ち出した後であり、その存続の可能性を前提とした検討がなされた形跡は窺えない。以上によると、本件解雇は無効といわなくてはならない。そして社長は、原告らが結婚し、同じデザイン室で勤務することについて、当初から嫌悪していたことが窺われ、そのことが第一次、第二次の退職勧奨、本件解雇の原因、遠因となっていたということができる。このような経緯でなされた本件解雇自体違法であり、原告らがこれにより精神的苦痛を受けたことは容易に推認することができる。

 以上を総合すると、被告社長の行為はいずれも違法というべきであり、これらにより原告らが精神的苦痛を受けたことが認められる。またこの間、社長から原告らに対し、原告らが結婚後も同じデザイン室に勤務することに対する嫌悪感に基づき、原告らを誹謗する言動が度々あったことが認められ、これらによっても同様の精神的苦痛を受けたことが認められる。被告は、原告らに対し、上記精神的苦痛に対する慰謝料を支払うべき義務があり、その慰謝料の額としては、原告Aにおいて50万円、原告Bにおいて80万円が相当である。

5 謝罪文の要否
 原告らは、社長の行った第二次退職勧奨やこれに続く本件解雇により、精神的苦痛を受けたことが認められ、その際、被告の中における名誉や信用を一定程度毀損したというべきである。しかし、その毀損の程度を考えると、原告らが求める内容の謝罪文の必要を認めることはできない。
適用法規・条文
民法44条、709条
収録文献(出典)
労働判例924号59頁
その他特記事項
本件は控訴された。