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札幌労働基準監督署レイノー症候群業務外処分取消請求事件

事件の分類
職業性疾病
事件名
札幌労働基準監督署レイノー症候群業務外処分取消請求事件
事件番号
札幌地裁 − 昭和46年(行ウ)第1号
当事者
原告個人1名

被告札幌労働基準監督署長
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
1972年03月31日
判決決定区分
認容(確定)
事件の概要
 原告は昭和28年7月に千歳渉外管理事務所に採用された後、在日米軍各部署において専ら英文タイプライターの業務に従事していた女性である。原告は昭和33年7月に陸軍契約課に転属してからは、ミスが許されないだけでなく、作業量が非常に増大し、残業が連日続くこともしばしばあり、腰部及び背部に痛みを覚え、次いで昭和35年に入ってからは手指が腫れて握れなくなるようになった。その後右手首の膨張や右腕のだるさ、痛み、肩凝り、指の痛みを感ずるようになり、左手にも同様な症状が現れた。昭和37年にはそれらの症状がチアノーゼに変わり、レイノー現象の発症に襲われ、タイプライター作業もおぼつかなくなり、若年性高血圧症並びに胃炎と診断された。その後足首関節に膨張を生じたことなどから精密検査を受けたところ、レイノー氏病と診断され入院加療した。その後一応の回復をみたため職場に復帰して再びタイプライター作業に従事したところ、レイノー症状が再発し、再度入院した。また原告は、昭和39年5月には手足の関節痛に襲われて入院し、レイノー氏病並びにリウマチ性関節炎との診断を受け、手足の関節炎は間もなく治癒したが、レイノー現象は昭和40年6月頃まで継続して発症した。
 原告は、上記レイノー現象は、タイプライター作業に起因するものであるとして、札幌労働基準監督署長に対し、療養補償給付の申請を行ったところ、同署長は昭和41年5月10日、原告の障害は業務上のものではないとして同給付を支給しない旨の処分を行ったため、原告はこの処分の取消しを求めた。
主文
 被告が昭和41年5月10日原告に対してした労働者災害補償保険法による療養補償給付を支給しない旨の処分を取り消す。
 訴訟費用は被告の負担とする。
判決要旨
 レイノー現象を伴うある種の疾患では高血圧症や胃腸障害が二次的あるいは本態的に起こりやすくなることが十分考えられ、原告の同障害は職業性頸肩腕症候群の背景要因とも随伴症状とも考えられる自律神経機能異常(原告の場合、頭痛、頭重、不眠、いらいら、発汗し易いなどの症状)の範疇に入ると解されること、二次性レイノー現象が足に起こったことをもって直ちにレイノー氏病と断定することはできないこと、またレイノー現象はリウマチス性関節炎には稀にしかみられず、リウマチス性関節炎の診断基準にはレイノー症候群は含まれていないこと、一方レイノー現象以前に原告にみられた各種症状は職業性頸肩腕症候群と解せられるところ、右職業性頸肩腕症候群はキーパンチャーやタイピストの職業病として近時明らかにされてきたものであり、レイノー現象を伴うことがあること、リウマチス性関節炎はタイプライター作業と無関係に成立する疾患であるが、原告の場合タイプライター作業に従事しなくてもリウマチス性関節炎が発症したかどうかは医学的に証明できないにせよ、原告の同作業の内容、程度からすれば原告にリウマチス性素因がなくとも職業性頸肩腕症候群が起こったであろうと判断することは労働衛生学的に充分根拠があること、そしてリウマチス性疾患がレイノー症状を伴う頸肩腕症候群の素因になっているとする客観的事実はなく、素因になっているということを医学的常識から推定する根拠はそれを職業的要因に起因するものと判断する根拠よりかなり薄弱であること、逆にリウマチス性疾患が頸肩腕症候群とくにレイノー現象を頻発するような自律神経機能異常によって発症あるいは増悪されたかもしれないと考えることは医学常識に必ずしも反しないことがそれぞれ認められる。
 そして、以上の各事実に、レイノー現象が起こる以前の原告の諸症状は、タイプライター作業による肉体的、精神的負担が著しく増大した後に現われ、その後負担の増加に伴って増悪してゆき、やがてレイノー現象の発現に至ったこと、原告のレイノー現象はタイプライター作業を中断して入院加療に努めた結果一応回復したものの、その後職場に復帰して間もなく再発したこと、一方原告のリウマチス性関節炎は原告にレイノー現象が発症した後に現われ、関節症状が治癒又は寛解してもレイノー現象は殆ど改善されなかったこと、また原告の治療に当たった医師は、原告のリウマチス性関節炎とレイノー現象とは別個のものである旨診断を下していること、原告の右小指末節はやや変形していてタイプ動作がうまくないため、本来小指で打つべきキーを薬指で打つくせがあり、チアノーゼなどの症状がこの右薬指で最もひどいことが認められることを総合して判断すると、原告は過重なタイプライター作業という職業要因に基づいてまず職業性頸肩腕症候群が生じ、その増悪によってレイノー現象を伴うに至ったと解するのが相当である。そうすると、原告のレイノー現象を伴う頸肩腕症候群と原告のタイプライター作業との間には相当因果関係があるというべきであるから、原告のレイノー現象を伴う頸肩腕症候群は業務上の疾病であると解するべきである。そうだとすれば、被告の不支給処分は事実の認定を誤った違法なものであるというべきであるから、その取消しを求める原告の本訴請求は理由がある。
適用法規・条文
労働基準法75条2項、労働者災害補償保険法13条
収録文献(出典)
判例時報670号96頁
その他特記事項