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H社パート手指切断事件

事件の分類
職業性疾病
事件名
H社パート手指切断事件
事件番号
横浜地裁 − 昭和53年(ワ)第1698号
当事者
原告 個人1名
被告 株式会社
業種
製造業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1981年05月15日
判決決定区分
一部認容・一部棄却
事件の概要
 被告は、電気機械器具部品のプレス加工等を業とする会社であり、原告は被告に雇用され、プレス加工の作業に従事していた女性パートタイマーである。
 昭和51年4月14日、下降するはずのないプレス機械の上型が下降して原告の右手指を押圧し、右手第2、第3指を第二関節から切断する事故が発生した。そこで原告は、被告は労働契約に基づく安全配慮義務を負担しているところ、同義務違反によって本件事故を発生させたとして、被告に対し債務不履行を理由に、後遺障害による逸失利益、慰藉料等1157万2000円を請求した。
主文
1 被告は原告に対し金954万7225円及びこれに対する昭和53年9月15日以降右完済に至るまで年5分の割合による金員を支払え。

2 原告のその余の請求を棄却する。

3 訴訟費用は10分し、その9を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
4 この判決は、主文第1項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
 被告は雇用契約に基づき原告を本件機械による作業に従事させていた以上、右作業から生ずる危険が原告に及ぼすことのないようにその安全を配慮する義務があり、具体的な義務として、少なくとも本件プレス機械に安全装置を取り付けると共に、その装置が常に正常に機能するよう整備しておく義務があるものというべきである。ところが、被告は安全装置のうち、押しボタン式のものは取り付けてはいたものの、手払い式のものは当初取り付けられていたが、これが取り外されていたのにそのままの状態で放置して作業を継続させていたものであり、本件機械とその安全装置の構造、機能及び原告の作業形態からすれば、もし手払い式の安全装置が取り付けられていてこれが正常に機能していたならば、何らかの原因で作業員の予期に反して上型が下降してきたとしても、上型の下降に伴ってこれに連動する手払い棒が作動し、上型のスライドする危険限界内に挿入された手指を払いのけることができ、本件事故の発生する余地はなかったものと考えられる。したがって原告主張のその余の債務不履行の点につき検討するまでもなく、被告が安全配慮義務に違反したものであることが明らかであるから、被告は債務不履行に基づく損害賠償責任を免れない。

 原告は、本件事故当時44歳の女性で、被告でパートタイマーのプレス工として勤務するかたわら、夫と子供4人の家庭の主婦として家事労働に従事していた事実が認められる。ところでこのような立場にある原告の逸失利益を算定するに当たっては、女子の平均賃金を斟酌してその収入額を定めるのが相当と解するところ、昭和50年における全女子労働者の平均収入額は年額金135万1500円であることが認められる。また、原告は右手第2、第3指を第二関節から切断、亡失したもので、後遺症として労働者災害補償保険法施行規則別表第1の第9級に該当するものと認められるので、その後遺症の程度、内容、原告の年齢、職種等を考慮すれば、原告は少なくとも本件事故時から67歳まで23年間にわたり、35パーセント程度の労働能力の低下をきたし、そのため得べかりし利益を喪失したものと認めるのが相当である。以上によりホフマン式計算による中間利息を控除して逸失利益の原価を算定すれば、金711万6661円となる。
 原告は、本件事故による受傷のため、昭和51年4月14日から同年5月7日まで毎日通院して治療を受けたこと、原告の傷害、後遺症の程度・内容その他本件に顕れた諸般の事情を考慮すれば、原告の精神的苦痛に対する慰藉料は金250万円が相当であり、弁護士費用は80万円が相当であるところ、原告は労災保険金として86万9436円を受領しているので、これを差し引いた額である954万7225円を被告は支払う必要がある。
適用法規・条文
民法415条、労働者災害補償保険法15条
収録文献(出典)
労働判例365号39頁
その他特記事項