判例データベース
K保育園保母公務外認定処分取消請求控訴事件
- 事件の分類
- 職業性疾病
- 事件名
- K保育園保母公務外認定処分取消請求控訴事件
- 事件番号
- 大阪高裁 - 平成3年(行コ)第9号
- 当事者
- 控訴人 個人1名
被控訴人 地方公務員災害補償基金大阪府支部長 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1994年02月09日
- 判決決定区分
- 原判決取消
- 事件の概要
- 控訴人(第1審原告)は、昭和47年8月、S市に正式に保母として採用され保育園で勤務していたところ、同48年11月頃から肩や腰にだるさを感じるようになり、同49年4月には頸肩腕症候群と診断された。同51年頃に一時症状が回復したが、同52年
5月頃には首、肩の凝りがひどくなり、K保育園に転勤した同53年4月以降更に症状が悪化し、同年5月19日「頸肩腕症候群、背腰痛症」(本件疾病)との診断を受け、翌日から8月16日まで病気で欠勤した後、同56年8月1日まで休職した。
控訴人は、本件疾病は保母の業務に起因して発症したとして、地方公務員災害補償法に基づき被控訴人(第1審被告)に公務災害認定の請求をしたところ、被控訴人は本件疾病を公務外とする決定をした。控訴人はこの決定を不服として、審査請求、さらには再審査請求を行ったが、いずれも棄却の裁決を受けたため、被控訴人が行った処分の取消しを求めて提訴した。
第1審では、控訴人が従事した保育業務は本件疾病と無関係であるとはいえないとしながら、本件疾病発症の高度の危険性は認められず、また控訴人の症状の経過は必ずしも控訴人の業務の軽重と連動、整合するものではないとして、原告の業務と本件疾病との間の相当因果関係を否定し、請求を棄却したことから、控訴人はこれを不服として控訴した。 - 主文
- 1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が地方公務員災害補償法に基づき昭和56年12月25日付けで控訴人に対してなした公務外認定処分を取り消す。
3 訴訟費用は第1、2審とも被控訴人の負担とする。 - 判決要旨
- 1 地方公務員災害補償法26条にいう「公務上の疾病」の意義
地方公務員災害補償法26条にいう「職員が公務上疾病にかかった場合」とは、疾病が公務を原因として発症したことをいい、この場合に該当するというためには、公務と疾病との間に相当因果関係があることが必要であり、公務上の疾病の認定を請求する者は、公務と疾病との間の相当因果関係の存在を立証する責任を負うものと解すべきである。ところで、頸肩腕症候群及び腰痛症の発症の原因ないし仕組みは未だ医学的に十分解明されてはいないこと、しかしながら、現時点までに解明された範囲を集約して、頸肩腕症候群及び腰痛症の公務上外の認定について行政上の認定基準が作成されていることが認められる。
控訴人の従事していた保育所保母の業務は、食事、排泄、午睡の介助、身の回りの世話、遊びの指導、園内外の清掃その他多種多様な作業を含んでおり、他方、重量物の持ち運び等の腰に過度の負担をかける作業はなく、身体の各部位を使う混合的な業務で、特定の部位に負担を持続的に集中させる強制的な動作を伴わないから、頸肩腕認定基準や腰痛認定基準が定める業務には該当せず、保母の業務と頸肩腕症候群及び腰痛症との間には、行政上の認定基準の適用が可能な定型的な因果関係は認められないというべきである。
2 公務上外の判断
保育所保母の業務について、行政上の認定基準を直接適用することはできないけれども、頸肩腕症候群及び腰痛症の発症原因等につき定説がなく、右基準が現時点で解明された範囲を集約して作成されているところからすると、頸肩腕認定基準は公務上疾病の要件として、(1)その業務に相当期間従事していること、(2)その業務量が同種の他の労働者と比較して過重であるか、業務量に大きな波があることを定めている。この場合、同種の他の労働者とは当該勤務場所における同性の職員で、作業態様、年齢及び熟練度が同程度の者の平均的な業務量との比較をいうこと、加重であるとは右平均的な業務量の概ね10%以上業務量が増加し、その状態が発症直前に3ヶ月程度継続している場合をいうこと、業務量に大きな波がある場合とは、通常の1日の業務量の概ね20%以上業務量が増加した日が1月のうち10日程度あることが認められる状態が3ヶ月程度継続しているような場合をいうことなど一応の目安が付されている。
保母の業務は、種々の作業を含む混合作業であって、直ちに頸肩腕症候群及び腰痛症を発症させる典型的な業務であるとは認められないけれども、幼児の介護等上腕を頻繁に使用する作業が多いこと、通常の1日の勤務においても、前傾立位姿勢が44%を占め、このうち腰を90度近く曲げて腰に大きな負担をかける姿勢が9.8%を占めているほか、しゃがんだり、中腰の姿勢をとるなど不自然な姿勢がかなり多く取られていること、勤務中乳幼児と接する時間は絶えず精神的緊張を強いられることなどが認められる。また、保母の頸肩腕症候群及び腰痛症の発症には、保育作業の動作、種類、精神的負担、作業の量に加えて、休憩不足、環境不良、責任の重さ及び拘束度の強さ、運動不足が関連し、睡眠や余暇の過ごし方など家庭生活の状況ないし家庭環境も影響することがあると認められる。これらの事実によれば、一般的に保育所保母の業務が原因で頸肩腕症候群や腰痛症が発症するとはいえないとしても、その業務が頸肩腕部や腰部にかなりの負担を与えることは明らかであり、これに加えて、同僚保母の欠勤等によりその仕事を引き受けて作業に切れ目がなくなるなど、上肢を反復して使用し、腰部に負担のかかる姿勢での作業を繰り返し間断なく行わざるを得ない事態が相当期間継続するような場合には、頸肩腕部や腰部に疲労が蓄積し、これが原因となって、ついには頸肩腕症候群や腰痛症に罹患することがあることは否定することができないというべきである。保母が子供を介助し保護する作業は、家庭の主婦が子供の世話をするのと違わないといえなくもないが、保母は他人の子を多数、集団的に世話をする点で量的、精神的に負担が大きく、保母の業務と主婦の育児には無視できない質的な差異があるものというべきである。
控訴人はS市に保母として勤務する以前は健康でありS市の公立保育園と比べて条件の悪い精神薄弱児収容施設において健康を損なうことなく勤務した経歴からみると、控訴人が保育所保母の業務を普通にこなすことができる体力及び精神力の持ち主であったと推認できる。昭和48年4月から12月までと、昭和53年2月から5月までの控訴人の業務は、同僚保母の欠勤、転勤、障害児の世話などのため、同僚及び他のS市公立保育園の保母と比べてもその業務は極めて過重であり、頸肩腕認定基準が目安とする業務の加重性及び波動性に匹敵する負担があったこと、とりわけ昭和48年の業務の加重に対応して同年度後半から肩、腰などに種々の症状が見られるようになり、昭和49年4月に頸肩腕障害と診断された後、業務の軽減がないまま控訴人の症状は持続し、昭和51年度に業務が軽減されるとやや健康を回復し、昭和52年度になって普通の業務寮に戻ると再び前と同様の症状が現れるようになったが、昭和53年2月から5月にかけての業務量の加重が続くうち、頸肩腕症候群、背腰痛症による休業を余儀なくされるなど、控訴人の業務量と発症との間に極めて明白な対応関係が存在することが認められる。控訴人が昭和53年5月に休業する前の年間の業務量は、控訴人よりやや若く保母の経験年数に大差のない、公務外の認定が取り消され公務上とされたS市公立保育園の保母の業務量とほぼ同じであったこと、特に注目すべきは、施設の改善その他の職業病対策により、最近ではS市の公立保育園の保母に頸肩腕症候群、腰痛症の重症患者は発生していないことなど諸事情を総合して判断すると、控訴人は、遅くとも昭和49年4月19日までに、保育所の設備に不備な点があったことも加わり、昭和48年度の業務が過重であったことが原因となって頸肩腕症候群が発症し、昭和53年2月から5月にかけての業務加重が重なって症状が増悪し、休業を余儀なくされたものというべきである。
また、控訴人は精神薄弱児収容施設に勤務していた当時何らの症状も発症していないけれども、同施設を退職後保育園に勤務するまで5年余が経過し、両施設の対象児も異なるから、両者を単純に比較することは困難である上、同一施設に勤務した場合でも業務に起因する病状が発症するまでの期間が一定しているものとはいえないから、精神薄弱児収容施設で病状の発症がなかったことをもって、本件疾病の業務起因性を否定する根拠とすることはできない。そして、控訴人が昭和47年8月S市に保母として採用された当時、2歳と4歳の女児を抱えた母子家庭で、昭和53年の休業までの間、右女児らの養育にある程度の負担があったことは推認できるけれども、保母の業務と主婦の育児には質的な差異がある上、両名とも乳児の域を脱していたから、その育児の負担が保母としての業務の負担をしのぎ、保育業務が本件疾病の原因であるとの右認定を左右するほどに重いものであったものとは認め難い。仮に右女児らの養育による負担が、本件疾病の発症の原因として競合していたとしても、その寄与の割合は格段に少なく、保育業務が相対的に有力な発症原因であるというべきである。そして、右のほか、控訴人に本件疾病が発症する素因あるいは要因が存在することを認めるに足りる証拠はないから、控訴人の保育業務と本件疾病の間に相当因果関係が存在すると認めるのが相当である。 - 適用法規・条文
- 地方公務員災害補償法26条
- 収録文献(出典)
- 労働判例655号74頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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